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〈信仰体験〉 創業150年余の老舗 生和菓子の伝統守る 2026年4月19日

  • 気取らず 飾らず つくろわず
「たくさんのお客さまからのお声が、菓子作りに彩りと潤いを与えてくれるんです」と北川さん
「たくさんのお客さまからのお声が、菓子作りに彩りと潤いを与えてくれるんです」と北川さん

 【京都市左京区】四季折々に移ろう情景。その見目麗しい花鳥風月を投影する京生和菓子の世界は、ひそかな誇りを胸にたたえた職人の手で、歴史が紡がれてきた。その繊細な技が冴え渡る、北川清治さん(72)=副本部長(地区部長兼任)=も、伝統ある京の食文化を支えてきた一人だ。

京の味がする

 京の菓子文化は江戸中期に始まる。こと生和菓子においては、明治初期に産声を上げた。

 その黎明期に、北川さんの曽祖父は屋号を掲げ、しばらくして生和菓子専門店へ。4代目の北川さんに至るまで、「北川双鳩堂」は150年余の歴史を刻んできた。

 名物の「はともち」に、「丁稚羊羹」「よもぎ団子」が店の“御三家”。
 毎月、季節を先取りした旬の菓子を創作するのが京生和菓子の習い。
 日本列島が春うららから新緑の芽吹きに包まれる今の時季、提供するのは「柏もち」。

 風情や奥ゆかしさを表現しようとする職人たちの鋭意が、多彩な食文化を育んできた。

 「生和菓子は、複雑な作り方ではありません。でも、どの工程でも丁寧にやらんと味がぶれてしまう。“よどみ”が出てしまうから気が抜けません」

 仕込みに抜かりなし。あんこは毎日6時間ほどかけて作り、一晩寝かせて、いいあんばいに。
 赤飯一つとっても、小豆を炊いた赤い汁(シブ)で米にしっかり味と香りを移して、蒸し上げる。

舌が小躍りするような生和菓子
舌が小躍りするような生和菓子

 「毎日、同じものを作っても、微妙に出来栄えが違う。それだから作る側の面白みがあるんです」

 手間暇かけて素材の味を引き出すからこそ、「ここのよもぎ団子は格別や」「おたくは、京の味がする」と、お客の心がくすぐられる。

 郷愁をかき立てる思い出の品、大切な人への手土産、謝意を添える贈り物……。菓子といえども、ただの菓子にはあらず。
 人々の思い出を彩り、心をつなぐ「橋渡し」をするもの。だからこそ、北川さんは虚心坦懐に、真心を込めて作りたいと言う。

 気取らず、飾らず、つくろわず。
 「まんじゅう作りが趣味の、ただのおっちゃんです(笑)」と照れ隠し。その胸中には、伝統を守り抜こうとする気概があふれている。

自衛官からの転身

 店は、父の代で終わるはずだった。
 中学時代に母を亡くし、職人以外の道を模索する。大学受験に失敗し、父の勧めで北川さんは海上自衛官に。

 入隊から4年目のある日、祖母から電話が入った。
 「店をつぶしとうない。助けてほしい」。聞けば、祖父や父は職人仕事に身が入らず、遊びほうけて経営は火の車。
 祖母の嘆願から、北川さんは家業に入った。

 この頃、創価学会員の姉から、よく信心の話を聞いた。
 “何の職をやるにせよ、結局は生き方が大事だ”。祖父や父を見て、肌身に感じていた。1975年(昭和50年)、北川さんは入会した。

 修業に出る余裕はない。おまけに、父は「見て覚えろ」の一点張り。専門書をひもといたり、他店の品を食べたりと、研究を重ねた。

 探究心の源となったのは、学会活動だった。
 過酷な現実に食らいつき、今日より明日へと顔を上げる同志の姿に、勇気をもらった。“1ミリでも2ミリでも”と、前進の日々を自身に課した。

 この世界に飛び込んで5年後、父が亡くなった。まだ、駆け出し同然の腕。修練が必須だった。
 「お客さまと、うちの奥さんがいなかったら、立ち行きませんでした」

 舌の肥えたひいき筋からの厳しい指摘に鍛えられた。
 「もっと、こうした方がええんちゃうかな」。女性目線に立った妻・さかえさん(70)=支部副女性部長=の助言も創作の追い風となった。

 「味がようなったけど、職人、変わった?」。そんなお客の声を聞くたびに、成長の手応えを感じた。

 師との出会いが、職人魂に火を付けた。
 89年(平成元年)10月、京都平和講堂の落成記念の会合で、池田先生は「苦しいときに自己を鼓舞し、勇気づけるものは、いつも強い『自負』であり、『責任感』である」と呼びかけた。

 不断の努力で腕を磨き続け、生和菓子の魅力を次世代へとつなげていく――職人としての実証こそが、弟子の誠と定め、創作に励んでいった。

12年間、府の協同組合理事長として奔走
青年時代から一緒に広布に走ってきた友がいるからこそ、北川さん㊧は今もなお精進に励める
青年時代から一緒に広布に走ってきた友がいるからこそ、北川さん㊧は今もなお精進に励める
まんじゅう作りのおっちゃん

 2000年頃から月替わりで、季節を先取りする生和菓子を提供できるようになった。

 一方、生和菓子の世界にも斜陽の気配が漂い始める。ピーク時に京都府内に三百軒ほどあった店が、後継者不足などで減少していく。

 そんな状況下の11年、北川さんは府の「生菓子協同組合」理事長に就任した。
 京の菓子は和洋いずれも注目の的。4年に1度開催される祭典「全国菓子大博覧会」の運営に携わるほか、生和菓子のブランディングや情報発信などに奔走した。

 大切にしたのは、“一人のために尽くし抜く”との池田先生の姿から学んだ人生哲学。少しでも菓子職人たちの役に立てればと各店に足を運び、意見を聞いて回った。
 「行き詰まっていれば相談に乗ったり、埋もれた才能を発掘して、新風を送る店や職人を周知することを心がけました。理事長といっても、学会活動で培った“膝詰めの対話”を実践したまでです」

 一昨年までの12年間は理事長を務め上げ、その後、再び菓子作りに没頭した。
 レシピの数は80品目を数え、構想・試作段階のものを含めれば、百数十にも上る。

家族が力を合わせて、老舗の味を守り抜く(右から三男・孝大さん、妻・さかえさん、北川さん、四男・幸志郎さん)
家族が力を合わせて、老舗の味を守り抜く(右から三男・孝大さん、妻・さかえさん、北川さん、四男・幸志郎さん)

 「“客席の反応があるから舞台は止められない”とある俳優が言ってましたが、それがよう分かります。お客さまの声を聞きたいばかりに、“まんじゅう作りのおっちゃん”は、やめられへんのです」

 後継者の頼もしい成長をそばで見守ることができるのも、北川さん夫妻の喜びだ。
 三男・孝大さん(38)=男子部本部長、四男・幸志郎さん(31)=男子部員=と共に、毎朝、家族4人で真心込めて菓子作りに励む。

 「心の師とはなるとも、心を師とせざれ」(新1481・全1088)。北川さんが心に刻む一節の通り、惰性を排し、「おいしい」の一言のために、これからも京を彩る一灯として、伝統文化を支えていく。

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