〈平和を希求する〉 核兵器廃絶を実現するために対立を乗り越える議論を
〈平和を希求する〉 核兵器廃絶を実現するために対立を乗り越える議論を
2025年2月10日
- 核兵器使用のリスクが高まる昨今――
- 廃絶への取り組みの現状と課題について話を聞いた。
- 明治大学法学部兼任講師 山田寿則(「第三文明」1月号から)
- 核兵器使用のリスクが高まる昨今――
- 廃絶への取り組みの現状と課題について話を聞いた。
- 明治大学法学部兼任講師 山田寿則(「第三文明」1月号から)
やまだ・としのり 1965年、富山県生まれ。明治大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。国際反核法律家協会理事、日本反核法律家協会理事も務める。訳書に『原発と核抑止の犯罪性 国際法・憲法・刑事法を読み解く』(日本評論社)、共著に『核兵器のない世界のために──TPNW第3回締約国会合に向けた議論』(長崎大学核兵器廃絶研究センターポリシーペーパー20)などがある
やまだ・としのり 1965年、富山県生まれ。明治大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。国際反核法律家協会理事、日本反核法律家協会理事も務める。訳書に『原発と核抑止の犯罪性 国際法・憲法・刑事法を読み解く』(日本評論社)、共著に『核兵器のない世界のために──TPNW第3回締約国会合に向けた議論』(長崎大学核兵器廃絶研究センターポリシーペーパー20)などがある
冷戦期よりも厳しい新たな核の時代
冷戦期よりも厳しい新たな核の時代
国際社会では今、核兵器使用のリスクが高まっています。
2024年8月、アメリカのバイデン大統領が3月に核兵器の使用指針の変更を承認していたことが明らかになりました。これはロシア・中国・北朝鮮の核態勢に対応するための施策です。また、翌9月には、ウクライナ侵攻とのかかわりにおいてロシアのプーチン大統領が核兵器を使用するための条件を示した「核抑止力の国家政策指針」の改定を発表しました。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)をはじめとする複数の専門機関は、現下の世界では核軍拡が進んでいるという見解を示しています。
現在、地球上に存在する核弾頭の総数は1万2000発強。この数はピーク時の約7万発から減少傾向にあるものの、実戦配備された核弾頭の数は増加傾向にあるのです。
今や専門家のあいだでは“新たな核の時代”に突入したという認識が共有されています。国連や日本政府も言及しているように“冷戦期よりも厳しい状況”にある世界なのです。かつてアメリカのオバマ大統領が語った「核兵器のない世界」の実現は、むしろ遠のいてしまっています。
国際社会では今、核兵器使用のリスクが高まっています。
2024年8月、アメリカのバイデン大統領が3月に核兵器の使用指針の変更を承認していたことが明らかになりました。これはロシア・中国・北朝鮮の核態勢に対応するための施策です。また、翌9月には、ウクライナ侵攻とのかかわりにおいてロシアのプーチン大統領が核兵器を使用するための条件を示した「核抑止力の国家政策指針」の改定を発表しました。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)をはじめとする複数の専門機関は、現下の世界では核軍拡が進んでいるという見解を示しています。
現在、地球上に存在する核弾頭の総数は1万2000発強。この数はピーク時の約7万発から減少傾向にあるものの、実戦配備された核弾頭の数は増加傾向にあるのです。
今や専門家のあいだでは“新たな核の時代”に突入したという認識が共有されています。国連や日本政府も言及しているように“冷戦期よりも厳しい状況”にある世界なのです。かつてアメリカのオバマ大統領が語った「核兵器のない世界」の実現は、むしろ遠のいてしまっています。
核兵器のタブーを広げていく
核兵器のタブーを広げていく
そうした厳しい状況において、核兵器廃絶の道筋をどのようにつけていけばよいのでしょうか。これは極めて難しい課題です。
26年にはNPT(核不拡散条約)再検討会議が開催されます。同会議に向けた準備委員会が24年7月から8月にかけて行われ、そこでは核リスクの低減措置を推進することで各国の意見が一致しているように見えます。
ところが、措置の内容については、核兵器国と非核兵器国とで、かなりの温度差があります。核兵器国はホットラインの設置などコミュニケーションの強化による偶発的な核戦争の回避をリスク低減と考える一方で、非核兵器国は核の先制不使用や核兵器の削減などの核軍縮措置こそがリスク低減だと考えているのです。
明確な温度差があるなかで、現実的に核兵器のリスクを低減させるためには、主に2つのことが重要だと私は考えています。それは、「核兵器国同士の橋渡し」と「核兵器国と非核兵器国の橋渡し」です。
特に重要なのは「核兵器国同士の橋渡し」です。現時点ではアメリカとロシア・中国の溝が埋まる気配がありません。アメリカは新戦略兵器削減条約(新START)に続く条約交渉にロシアと中国が応じないと主張しています。ロシアと中国は、NATOの東方拡大や核兵器を各国に配備するアメリカの前進配備体制を非難しています。この対立状況を改善することが喫緊の課題です。
そうした厳しい状況において、核兵器廃絶の道筋をどのようにつけていけばよいのでしょうか。これは極めて難しい課題です。
26年にはNPT(核不拡散条約)再検討会議が開催されます。同会議に向けた準備委員会が24年7月から8月にかけて行われ、そこでは核リスクの低減措置を推進することで各国の意見が一致しているように見えます。
ところが、措置の内容については、核兵器国と非核兵器国とで、かなりの温度差があります。核兵器国はホットラインの設置などコミュニケーションの強化による偶発的な核戦争の回避をリスク低減と考える一方で、非核兵器国は核の先制不使用や核兵器の削減などの核軍縮措置こそがリスク低減だと考えているのです。
明確な温度差があるなかで、現実的に核兵器のリスクを低減させるためには、主に2つのことが重要だと私は考えています。それは、「核兵器国同士の橋渡し」と「核兵器国と非核兵器国の橋渡し」です。
特に重要なのは「核兵器国同士の橋渡し」です。現時点ではアメリカとロシア・中国の溝が埋まる気配がありません。アメリカは新戦略兵器削減条約(新START)に続く条約交渉にロシアと中国が応じないと主張しています。ロシアと中国は、NATOの東方拡大や核兵器を各国に配備するアメリカの前進配備体制を非難しています。この対立状況を改善することが喫緊の課題です。
「核兵器国と非核兵器国の橋渡し」については、核兵器禁止条約(TPNW)における“核兵器のタブー”が重要です。これは、核兵器の使用は道徳的に受け入れがたいという規範です。
国の指導者が核兵器のボタンを押すか否かの局面で、思いとどまる要因は何か――。「押せば敵国からの核攻撃を受けてしまう……」というのが“核抑止”の効用であり、「数億人が死んでしまう……」というのが“核兵器のタブー”の効用と言えます。いかにして核兵器国側に後者の規範を広げていくかが課題でしょう。
24年、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞に選ばれました。これは大変に喜ばしいことです。核兵器は80年近く戦争で使用されておらず、日本被団協と被爆者の努力が“核兵器のタブー”の確立に貢献してきたとノーベル委員会は述べています。核兵器のない世界を実現するための草の根の運動が評価されたものだと思います。今般の受賞を経て、①核兵器のタブーのさらなる強化②若い世代への訴求力の向上③被爆者への関心の高まり――の3点で影響があるのではないでしょうか。
一方で「被爆者」とは、広島・長崎における被害者だけを指す言葉ではありません。日本の第五福竜丸を含むマーシャル諸島における水爆実験や、カザフスタンの核実験などで被ばくした方々がいます。そうした人々を含めた「グローバル・ヒバクシャ」という言葉が注目され始めています。被ばく者への関心が高まることで、被害者救済や環境修復の議論がより一層進むことを期待しています。
「核兵器国と非核兵器国の橋渡し」については、核兵器禁止条約(TPNW)における“核兵器のタブー”が重要です。これは、核兵器の使用は道徳的に受け入れがたいという規範です。
国の指導者が核兵器のボタンを押すか否かの局面で、思いとどまる要因は何か――。「押せば敵国からの核攻撃を受けてしまう……」というのが“核抑止”の効用であり、「数億人が死んでしまう……」というのが“核兵器のタブー”の効用と言えます。いかにして核兵器国側に後者の規範を広げていくかが課題でしょう。
24年、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)がノーベル平和賞に選ばれました。これは大変に喜ばしいことです。核兵器は80年近く戦争で使用されておらず、日本被団協と被爆者の努力が“核兵器のタブー”の確立に貢献してきたとノーベル委員会は述べています。核兵器のない世界を実現するための草の根の運動が評価されたものだと思います。今般の受賞を経て、①核兵器のタブーのさらなる強化②若い世代への訴求力の向上③被爆者への関心の高まり――の3点で影響があるのではないでしょうか。
一方で「被爆者」とは、広島・長崎における被害者だけを指す言葉ではありません。日本の第五福竜丸を含むマーシャル諸島における水爆実験や、カザフスタンの核実験などで被ばくした方々がいます。そうした人々を含めた「グローバル・ヒバクシャ」という言葉が注目され始めています。被ばく者への関心が高まることで、被害者救済や環境修復の議論がより一層進むことを期待しています。
党派性に左右されない
党派性に左右されない
日本政府はかねて、「核兵器国と非核兵器国の橋渡し」を模索してきました。しかし、現下において最も重要なのは「核兵器国同士の橋渡し」です。ここに日本がどこまで貢献できるかが課題です。
日本政府は厳しい安全保障環境においては抑止を強化せざるを得ないという姿勢ですが、安全保障環境は所与のものではなく、人為的なものです。安全保障環境そのものを変えていく議論を活発化しなければなりません。現状では核抑止に依存しているものの、将来的には核兵器のない世界を実現する――。現在と未来をつなぐ具体的な議論が、政治には求められています。
日本の反核運動を見ると、党派性に左右されてきた歴史があります。仮に政局が変化しても、核軍縮・核兵器廃絶を目指す方針は変わってはいけません。党派性を超えて、継続的に議論を行う必要があるのです。
日本政府はかねて、「核兵器国と非核兵器国の橋渡し」を模索してきました。しかし、現下において最も重要なのは「核兵器国同士の橋渡し」です。ここに日本がどこまで貢献できるかが課題です。
日本政府は厳しい安全保障環境においては抑止を強化せざるを得ないという姿勢ですが、安全保障環境は所与のものではなく、人為的なものです。安全保障環境そのものを変えていく議論を活発化しなければなりません。現状では核抑止に依存しているものの、将来的には核兵器のない世界を実現する――。現在と未来をつなぐ具体的な議論が、政治には求められています。
日本の反核運動を見ると、党派性に左右されてきた歴史があります。仮に政局が変化しても、核軍縮・核兵器廃絶を目指す方針は変わってはいけません。党派性を超えて、継続的に議論を行う必要があるのです。
日本政府は25年3月に開催されるTPNWの第3回締約国会議にオブザーバー参加し、条約参加国と真摯な対話をするべきでしょう。第2回締約国会議にはドイツやオーストラリアといった“核の傘国”も参加しましたし、日本は特に被害者救済の面で貢献できるはずです。オブザーバー参加でも会議の費用を負担する必要がありますが、それは議論の場を物理的に支えるという1つの貢献にもなります。
公明党は、TPNWに参加するための条件を整えることを目指していると聞きました。これは自民党とは異なるスタンスであり、とても重要です。先般の総選挙における重点政策では「締約国会議へのオブザーバー参加」と「核兵器の役割低減に関する首脳級会合の開催」を掲げていたようですが、実現するための方策について、より具体的な議論を進めていただきたいと思います。
核抑止では国家間対立を深める一方です。国家間の相互不信を深め合う状況は、果たして人類の将来にとって有益なのか。今そうした観点からの議論が求められます。特に若い世代にそのことを考えていただきたいと思います。
日本政府は25年3月に開催されるTPNWの第3回締約国会議にオブザーバー参加し、条約参加国と真摯な対話をするべきでしょう。第2回締約国会議にはドイツやオーストラリアといった“核の傘国”も参加しましたし、日本は特に被害者救済の面で貢献できるはずです。オブザーバー参加でも会議の費用を負担する必要がありますが、それは議論の場を物理的に支えるという1つの貢献にもなります。
公明党は、TPNWに参加するための条件を整えることを目指していると聞きました。これは自民党とは異なるスタンスであり、とても重要です。先般の総選挙における重点政策では「締約国会議へのオブザーバー参加」と「核兵器の役割低減に関する首脳級会合の開催」を掲げていたようですが、実現するための方策について、より具体的な議論を進めていただきたいと思います。
核抑止では国家間対立を深める一方です。国家間の相互不信を深め合う状況は、果たして人類の将来にとって有益なのか。今そうした観点からの議論が求められます。特に若い世代にそのことを考えていただきたいと思います。