〈文化〉 AI時代における「言葉の力」とは 今井むつみさん(認知科学者)
〈文化〉 AI時代における「言葉の力」とは 今井むつみさん(認知科学者)
2026年4月20日
「唯一無二」の表現を生み出す
「唯一無二」の表現を生み出す
「生きた知識」を次世代へ伝える
「生きた知識」を次世代へ伝える
今、AI(人工知能)が飛躍的に進化し、急速に普及しています。膨大なテキストデータの学習により、文章などを生成する大規模言語モデルが開発され、私たちはそれをスマートフォンで手軽に活用できます。日常生活にAIが浸透する時代にあって、AIにはない「人間の言葉の力」とは何か。人間が「言葉」を持つ意義とは何か。言葉や教育、人間とAIの思考など、多岐にわたって研究を続けてきた、認知科学者の今井むつみさんに話を聞きました。
今、AI(人工知能)が飛躍的に進化し、急速に普及しています。膨大なテキストデータの学習により、文章などを生成する大規模言語モデルが開発され、私たちはそれをスマートフォンで手軽に活用できます。日常生活にAIが浸透する時代にあって、AIにはない「人間の言葉の力」とは何か。人間が「言葉」を持つ意義とは何か。言葉や教育、人間とAIの思考など、多岐にわたって研究を続けてきた、認知科学者の今井むつみさんに話を聞きました。
●「記号接地」できるか
●「記号接地」できるか
――「人間の言葉」と「AIの言葉」には、どんな違いがあるのでしょうか。
大きな違いの一つに「記号接地」という点が挙げられます。「記号接地」とは、言葉が身体的な感覚や経験と結び付いていることを言います。
人間は「記号接地」の学びを通じて、言葉の意味を深く理解することができます。一方、AIは「記号接地」をすることができません。
例えば、AIは「イチゴ」が果物であること、「甘酸っぱい」味を持つことなどを、言葉で返すことはできます。しかし「甘酸っぱい」味が、どういう味なのかはAIには分かりません。また、他の「甘酸っぱい」食べ物と区別することも、少なくとも今のAIにはできません。
AIは、言葉を別の言葉に置き換えるだけで、その言葉の本来の意味や理解にたどりつくことはできないのです。
――「人間の言葉」と「AIの言葉」には、どんな違いがあるのでしょうか。
大きな違いの一つに「記号接地」という点が挙げられます。「記号接地」とは、言葉が身体的な感覚や経験と結び付いていることを言います。
人間は「記号接地」の学びを通じて、言葉の意味を深く理解することができます。一方、AIは「記号接地」をすることができません。
例えば、AIは「イチゴ」が果物であること、「甘酸っぱい」味を持つことなどを、言葉で返すことはできます。しかし「甘酸っぱい」味が、どういう味なのかはAIには分かりません。また、他の「甘酸っぱい」食べ物と区別することも、少なくとも今のAIにはできません。
AIは、言葉を別の言葉に置き換えるだけで、その言葉の本来の意味や理解にたどりつくことはできないのです。
●「直観」を磨いていく
●「直観」を磨いていく
――「記号接地」によって、人間が得られるものとは?
必要な時にすぐに取り出して使うことができる知識、また、他の知識と組み合わせて新たな知識を生むことができる知識を、認知科学では「生きた知識」と呼びます。逆に、頭の中にあっても必要な時に使うことのできない断片的な知識を「死んだ知識」と呼びます。
「生きた知識」を得るためには、「記号接地」が必要です。また「直観」も身体感覚を伴う「記号接地」から生まれ、磨かれていきます。
例えば、人間の赤ちゃんは、言葉を学ぶ時に、未知の音を外界の対象に結び付けて意味を探し、身体に落とし込みます。そこから推論し、自分の力で知識の体系をつくり上げていきます。
また、赤ちゃんは間違いを繰り返しながら、言葉の枠や知識を修正し、試行錯誤を繰り返す。それによって、言葉や知識が直観的に分かるようになり、「生きた知識」を得ていくのです。
一方で「記号接地」ができないAIに「生きた知識」や「直観」を得ることはできません。AIは、既に存在している知識を再生産していくことしかできないのです。といっても“AIを使ってはいけない”ということではありません。AIも間違える可能性があるのを前提として、人間が試行錯誤しながら上手に使うことが大事なのではないでしょうか。
――「記号接地」によって、人間が得られるものとは?
必要な時にすぐに取り出して使うことができる知識、また、他の知識と組み合わせて新たな知識を生むことができる知識を、認知科学では「生きた知識」と呼びます。逆に、頭の中にあっても必要な時に使うことのできない断片的な知識を「死んだ知識」と呼びます。
「生きた知識」を得るためには、「記号接地」が必要です。また「直観」も身体感覚を伴う「記号接地」から生まれ、磨かれていきます。
例えば、人間の赤ちゃんは、言葉を学ぶ時に、未知の音を外界の対象に結び付けて意味を探し、身体に落とし込みます。そこから推論し、自分の力で知識の体系をつくり上げていきます。
また、赤ちゃんは間違いを繰り返しながら、言葉の枠や知識を修正し、試行錯誤を繰り返す。それによって、言葉や知識が直観的に分かるようになり、「生きた知識」を得ていくのです。
一方で「記号接地」ができないAIに「生きた知識」や「直観」を得ることはできません。AIは、既に存在している知識を再生産していくことしかできないのです。といっても“AIを使ってはいけない”ということではありません。AIも間違える可能性があるのを前提として、人間が試行錯誤しながら上手に使うことが大事なのではないでしょうか。
●仮説を立てて推論する
●仮説を立てて推論する
――AIにはない「人間の強み」として、他にどのようなものがありますか。
人間独自の思考スタイルと言えるものに「アブダクション推論」(仮説形成推論)が挙げられます。現象の原因について仮説を立てたり、違う分野の知識を組み合わせたりして、現象を推論することです。
例えば、相手に送ったSNSのメッセージが「既読」なのに、返信がない。「何か怒らせちゃったかな?」「今は忙しいのかな?」「もう寝ているのかな?」などと心配するのはよくあることです。このように、目に見えない相手の気持ちや行動を想像することも「アブダクション推論」です。
特に科学の進歩は、「アブダクション推論」から生まれてきたとも言えます。例えば「高い山の頂上から貝殻が見つかった。山のある場所は、昔は海で、海底が隆起して山ができたのだろう」ということもそうです。
もちろん、論理の飛躍があるため、時に間違った推論を生むこともあります。それでも、人間が文明を進化させてくることができたのは、自らの間違いに対して、再び推論で仮説を立て、修正してきたからです。人間は失敗から多くを学ぶことができる生き物なのです。
――AIにはない「人間の強み」として、他にどのようなものがありますか。
人間独自の思考スタイルと言えるものに「アブダクション推論」(仮説形成推論)が挙げられます。現象の原因について仮説を立てたり、違う分野の知識を組み合わせたりして、現象を推論することです。
例えば、相手に送ったSNSのメッセージが「既読」なのに、返信がない。「何か怒らせちゃったかな?」「今は忙しいのかな?」「もう寝ているのかな?」などと心配するのはよくあることです。このように、目に見えない相手の気持ちや行動を想像することも「アブダクション推論」です。
特に科学の進歩は、「アブダクション推論」から生まれてきたとも言えます。例えば「高い山の頂上から貝殻が見つかった。山のある場所は、昔は海で、海底が隆起して山ができたのだろう」ということもそうです。
もちろん、論理の飛躍があるため、時に間違った推論を生むこともあります。それでも、人間が文明を進化させてくることができたのは、自らの間違いに対して、再び推論で仮説を立て、修正してきたからです。人間は失敗から多くを学ぶことができる生き物なのです。
●「感情価」をまとう
●「感情価」をまとう
――「感情」という点でも、人間とAIの違いはありますね。
人間の言葉には、「感情価」という感情的な意味合いが伴います。同じような意味の言葉であっても、言葉の使い方によって、良いか悪いか、好きか嫌いかなど、表すものが違ってきます。例えば、「○○が多くある」と言いたい時に、「○○が豊富にある」と「○○だらけ」では、印象が大きく異なります。
「感情価」をまとう「人間の言葉」の意味の根っこは、その言葉を使う個人、社会、コミュニティー(共同体)がポジティブな意味で使うか、ネガティブな意味で使うかどうかで変わってくるのです。
AIには、好き嫌いといった感情がありません。AIは効率性を図ることができたとしても、何かが好きで突き詰めていくということはないでしょう。人間の役割を代替していくために、機械やAIを用いて効率性を図ることは必要だと思いますが、ただ「なぜ効率化する必要があるのか」といった議論が大切です。
ある意味で、人間という生き物は、効率性と反対の軸にあるようにも思います。AIによる効率性と人間のウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態)という二つのベクトルが共存できるように考えていくべきです。
――「感情」という点でも、人間とAIの違いはありますね。
人間の言葉には、「感情価」という感情的な意味合いが伴います。同じような意味の言葉であっても、言葉の使い方によって、良いか悪いか、好きか嫌いかなど、表すものが違ってきます。例えば、「○○が多くある」と言いたい時に、「○○が豊富にある」と「○○だらけ」では、印象が大きく異なります。
「感情価」をまとう「人間の言葉」の意味の根っこは、その言葉を使う個人、社会、コミュニティー(共同体)がポジティブな意味で使うか、ネガティブな意味で使うかどうかで変わってくるのです。
AIには、好き嫌いといった感情がありません。AIは効率性を図ることができたとしても、何かが好きで突き詰めていくということはないでしょう。人間の役割を代替していくために、機械やAIを用いて効率性を図ることは必要だと思いますが、ただ「なぜ効率化する必要があるのか」といった議論が大切です。
ある意味で、人間という生き物は、効率性と反対の軸にあるようにも思います。AIによる効率性と人間のウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好な状態)という二つのベクトルが共存できるように考えていくべきです。
●芸術の背後にある人生
●芸術の背後にある人生
――芸術家による「独自のスタイル」「意味のある逸脱」などは、AIにまねできないと語られていますね。
私にとって、芸術はなくてはならないものです。特に作品の背後にある、芸術家の人間としての軌跡、作品から垣間見える人間的な部分に、私は引かれます。芸術家の評伝を読み、「こういう歩みや人生経験をしてきたから、こういう作品が生まれたのか」と感動するのです。
芸術の背後にある芸術家の人生や感情、とりわけ、芸術家が一流の高みに至ろうとする過程、葛藤や挫折をする姿に引かれるし、それが最も心に響きます。ある意味で、熟達した一流の芸術家たちは、効率性とは逆のことをしているのかもしれません。
音楽においても、楽譜通りにミスなく演奏しなければいけないと思われがちです。しかし、技術的に上手に演奏することだけが大事なのではないはずです。自分にしかできない音楽、自由に自分の心を開いていくような音楽、その人の人生が透けて見えるような音楽こそ、本当に聴衆の心に響くのではないでしょうか。
AIは、一流の人間の技術的な平均値を生み出すことはできるかもしれない。あるいは、耳当たりのいい、上手に思える音楽をつくることはできるかもしれない。しかし、「唯一無二」の表現を生み出すことができるのは人間です。それは、芸術に限らず、全ての分野において言えることではないでしょうか。
AIに頼り、効率性を求め、単純な思考ばかりを続けると、「人間の強み」を失っていく。それは、人間にとって大きな後退をもたらすかもしれないのです。
――芸術家による「独自のスタイル」「意味のある逸脱」などは、AIにまねできないと語られていますね。
私にとって、芸術はなくてはならないものです。特に作品の背後にある、芸術家の人間としての軌跡、作品から垣間見える人間的な部分に、私は引かれます。芸術家の評伝を読み、「こういう歩みや人生経験をしてきたから、こういう作品が生まれたのか」と感動するのです。
芸術の背後にある芸術家の人生や感情、とりわけ、芸術家が一流の高みに至ろうとする過程、葛藤や挫折をする姿に引かれるし、それが最も心に響きます。ある意味で、熟達した一流の芸術家たちは、効率性とは逆のことをしているのかもしれません。
音楽においても、楽譜通りにミスなく演奏しなければいけないと思われがちです。しかし、技術的に上手に演奏することだけが大事なのではないはずです。自分にしかできない音楽、自由に自分の心を開いていくような音楽、その人の人生が透けて見えるような音楽こそ、本当に聴衆の心に響くのではないでしょうか。
AIは、一流の人間の技術的な平均値を生み出すことはできるかもしれない。あるいは、耳当たりのいい、上手に思える音楽をつくることはできるかもしれない。しかし、「唯一無二」の表現を生み出すことができるのは人間です。それは、芸術に限らず、全ての分野において言えることではないでしょうか。
AIに頼り、効率性を求め、単純な思考ばかりを続けると、「人間の強み」を失っていく。それは、人間にとって大きな後退をもたらすかもしれないのです。
●人類が持つ「宝」
●人類が持つ「宝」
――最後に、人間が言葉を持つ意義についてお聞かせください。
言葉は、私たちが思考するためにも、他者と関わり、社会で生活していくためにも、なくてはならない「日常の必需品」です。
そして、言葉は、芸術や科学などの発展のためになくてはならない、私たち人類が持つ「宝」です。
広大な宇宙と同じように、人間の心にもまた、宇宙大の広がりがあります。であるなら言葉にも、宇宙大の豊かな広がりがあるはずです。
これまで培われてきた知識から、さらに「生きた知識」を生み出し、次世代に伝えていく。この人類の知のサイクルをつないでいくのが、言葉なのではないでしょうか。
――最後に、人間が言葉を持つ意義についてお聞かせください。
言葉は、私たちが思考するためにも、他者と関わり、社会で生活していくためにも、なくてはならない「日常の必需品」です。
そして、言葉は、芸術や科学などの発展のためになくてはならない、私たち人類が持つ「宝」です。
広大な宇宙と同じように、人間の心にもまた、宇宙大の広がりがあります。であるなら言葉にも、宇宙大の豊かな広がりがあるはずです。
これまで培われてきた知識から、さらに「生きた知識」を生み出し、次世代に伝えていく。この人類の知のサイクルをつないでいくのが、言葉なのではないでしょうか。
近著『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』
近著『人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学』
近著『アブダクション英語学習法 認知科学者がAI時代に伝えたい独学の技法』
近著『アブダクション英語学習法 認知科学者がAI時代に伝えたい独学の技法』
いまい・むつみ 慶應義塾大学名誉教授、今井むつみ教育研究所所長。1989年、慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。94年、米ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得。慶應義塾大学環境情報学部教授を経て2025年4月から現職。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。著書に『言語の本質』(中公新書/「新書大賞2024」大賞受賞)、『学力喪失』『英語独習法』(ともに岩波新書)など多数。国際認知科学会、日本認知科学会フェロー。
いまい・むつみ 慶應義塾大学名誉教授、今井むつみ教育研究所所長。1989年、慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。94年、米ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得。慶應義塾大学環境情報学部教授を経て2025年4月から現職。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。著書に『言語の本質』(中公新書/「新書大賞2024」大賞受賞)、『学力喪失』『英語独習法』(ともに岩波新書)など多数。国際認知科学会、日本認知科学会フェロー。