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〈ファインダー 信仰体験〉 パーキンソン病20年の今 2026年4月28日

グラウンド・ゴルフの渾身の1打目。50メートル先のホールポストを狙う高垣さん
グラウンド・ゴルフの渾身の1打目。50メートル先のホールポストを狙う高垣さん

 【横浜市泉区】奇跡の人――そう呼びたくなる歩みだ。パーキンソン病。脳内のドーパミンが減少し、体の動きに障がいが出る指定難病だ。発症から20年余り。それでも高垣照雄さん(75)=副本部長=は毎週、グラウンド・ゴルフに汗を流す。

 愛用のクラブを携え、自ら三輪自転車をこいで公園へ向かう。「ホールインワンを取るぞー!」。病の影響で体が揺れる。その揺れに合わせて打つ。「自分の意思とは関係なく体が動いたり、動かなかったりするんだよね」。そうした体で1日5000歩を超える日もある。

 発症当初は、玄関から一歩も出られない日もあった。仕事は、会社役員の運転手だったが、断念。55歳の時、医師からパーキンソン病と告げられた。人生が終わった気がした。
 妻・敏子さん(71)=地区副女性部長(白ゆり長兼任)=の明るい一言に救われた。「病気は仕方ないでしょ」。勤め先で出会った二人。池田先生の「楽観主義」が信条である。“病気でも、気持ちまで病人にはならない!”。そう決めた。

車いすで妻・敏子さん㊨の手を借りることも。夫婦で前を向く
車いすで妻・敏子さん㊨の手を借りることも。夫婦で前を向く

 人間の可能性を開くのが、信心だ。御本尊の前で、震える手を合わせた。
 「一念無明の迷心は磨かざる鏡なり。これを磨かば、必ず法性真如の明鏡と成るべし」(新317・全384)

 薬は1日4回。効く時間を逃さず、卓球やグラウンド・ゴルフ、模型のログハウス作りに挑み、通信制大学を6年で卒業した。「病気になって人生が充実した」と語れるほど、歩みを止めなかった。

亡き娘と写る思い出の家族写真
亡き娘と写る思い出の家族写真

 胸には2人の亡き娘がいる。次女は生後1週間、三女は12歳で旅立った。「懸命に生きた娘たちに、胸を張って生きたい」。その一念が力となる。

「畑仕事の楽しみは、収穫と人との交流」と。五体に力がみなぎる
「畑仕事の楽しみは、収穫と人との交流」と。五体に力がみなぎる

 畑仕事を再開した。転んでも、鍬を振るう。取れた野菜で、妻に手料理を振る舞う。食事中、不意に手が動き、茶碗が飛んだ。「病気も個性だよ」と笑い合える。揺れる体、不動の心。誇らしく「僕はダンサーだから」と踊る姿に、明るい輪が広がった。

 全国パーキンソン病友の会。先輩の闘病に勇気が湧いた。今度は自分が希望を送る番。「夢中になれることが見つかれば治ったようなもの。自分を信じて生きていくんだよ」

自分と同じ病で悩む友に、エールを送る活動も
自分と同じ病で悩む友に、エールを送る活動も

 要介護度は「5」から「4」に改善した。グラウンド・ゴルフ大会で優勝し、ホールインワンも2回達成した。池田先生の言葉は、本当だった。
 〈たくましき楽観主義の人生に敗北はない〉

 長年診てきた横浜パーキンソン病クリニックの山田人志院長は「高垣さんは、意欲の低下が見られず素晴らしい。創価学会の人は希望を持つ人が多く、信仰が生きる支えになっているのかも」と。
 奇跡の人とは、いかなる状況でも人を元気にする“希望の人”。高垣さんは自らを叱咤激励し、明日に向かって突っ走る。

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