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〈Seikyo Gift〉 新型コロナに挑む ドクター部の友②〈信仰体験〉 2021年5月2日

  • 大学病院の救命ICU部門で救急専門医

 【愛知県名古屋市】「増え続ける感染者に、医療崩壊の危機を感じたのは、昨年12月から今年の1月末にかけて。第3波は本当に危なかった」。中部女性医学者会議の山際暁子さん=華陽リーダー=は振り返る。県内の大学病院の救命ICU(集中治療室)部門で救急専門医・集中治療医を務める。新型コロナウイルス感染症の重症患者も多く担当してきた。内科、外科を問わず、全身を診ることのできる広範な知識と高い専門性が求められる。一方で、この1年は、医師としての覚悟を問われる期間となった。(3月25日付)

「医師になるまで遠回りをした分、自分の使命をはっきり自覚できました」と語る山際さん
「医師になるまで遠回りをした分、自分の使命をはっきり自覚できました」と語る山際さん
「私にできることを全力で」

 愛知県内の第3波の感染者数は、昨年11月中旬から連日のように100人を超え、200人以上を記録する日も。
 年が明けても、拡大の勢いは止まらず、本年1月7日と8日には2日連続して400人を突破した。
 
 勤務する病院にも連日、多くの患者が運ばれてきた。
 1月中旬。当直医として詰めていた山際さんは、コロナウイルス肺炎で入院中の一人の高齢男性を気に掛けていた。その日、鼻からの酸素吸入は、夜までに酸素マスクに変わっていた。
 
 時計の針が午前0時を回った頃、呼吸レベルの悪化を伝えるアラーム音が響いた。緊迫感に包まれる病室。

切迫した事態の時こそ、心を落ち着かせて最善の手を尽くす(写真は全て本人提供)
切迫した事態の時こそ、心を落ち着かせて最善の手を尽くす(写真は全て本人提供)

 人工呼吸器を装着しなければ命に関わる。看護師と共に手早く、薬や機材の準備を始める。同時並行で、本人への説明と、家族への電話連絡。はやる気持ちを抑えながら、丁寧にと心掛ける。
 
 顔面を覆うフェイスシールドが体の熱気でくもっても、構っている余裕はない。気管挿管を終えた時には、午前2時近くになっていた。
 
 その後、人工呼吸器で24時間管理を続けながら、肺を保護する腹臥位(うつぶせ)療法や、厚労省が推奨する薬の投与など懸命の治療が行われた。だが、回復はかなわず約1カ月半後、息を引き取る。
 
 発症前まで、元気に仕事をしていたという。陽性判明時も自ら来院。会話も食事もでき、早期に退院できると考えられていた。コロナの特徴とはいえ、あまりに唐突な男性の死は、残された家族にとって受け入れがたい。その心痛を思うと、悔しさとむなしさが襲う。
 
 「新型コロナの残酷さと医療の限界を感じました」
 どんなに手を尽くしても救えない命がある。分かっていても割り切れるものではない。自宅で題目を唱える。祈りがしんしんと深まる中で思う。
 
 “それでも、やるしかない。前に進むしかない。生死の最前線に立つ私たちが全力を尽くし、一人でも多くの患者さんを救うんだ”

母のように患者の“心”に寄り添う

 元々、医師になるつもりはなかった。私大の農学部を卒業したものの、将来の展望もなく、母・加代さん(72)=県副婦人部長、中部副総合ドクター部長=のクリニックで医療事務として働き始めた。
 地域の皆が皆、母を頼りに病院を訪れる。
 
 うつむきがちな患者が、母の一言で表情を明るくする瞬間を何度も見た。山際さんの中で、ある思いが膨らむ。“医師になって、多くの人に尽くそう”
 
 25歳で医学部への挑戦を始める。とはいえ、受験勉強は苦しかった。支えとなったのは、両親が何度も教えてくれた池田先生の言葉。
 
 “たくましき楽観主義でいくんだ。人生は強気でいくんだよ”
 浪人生活を経て、27歳で金沢医科大学に合格。10歳近く年齢の離れた同期生と共に勉強に励んだ。講義は常に教室の前方で受け、成績は上位をキープし続けた。

37年にわたりクリニックを営み地域医療に貢献してきた母・加代さん㊨と
37年にわたりクリニックを営み地域医療に貢献してきた母・加代さん㊨と

 医師国家試験に合格し、研修医を終えた山際さんは幅広い医療を学ぶため、まず救急医の道へ進んだ。
 
 救急外来は常に“戦場”であり、一刻一秒を争う。新人医師の時から今に至るまで「恐怖心は常にある」。何より重要なのが初期対応。広範な知識と冷静な心が不可欠だ。
 
 たとえ凄惨な状況でも“絶対に救う!”との思いで全力で治療に当たる。そうした患者が回復し、笑顔で退院していく姿は何よりの活力になる。
 
 だからこそ、心掛けるのはチームの団結だ。同僚医師をはじめ、看護師、看護助手、薬剤師やリハビリを担う理学療法士など、共に働く仲間とこまやかなコミュニケーションを取る。
 
 「笑顔で『ありがとう』って感謝を伝えれば、院内の雰囲気も良くなる。それが、全て患者さんのためにつながります」
 
 池田先生は、ドクター部に対して「“病気の医師”ではなく“人間の医師”であっていただきたい」と期待を寄せてきた。
 
 今、山際さんが決意していることがある。
 「病だけを診るのではなく、患者さんの心までケアできる医師になりたい。母がそうであったように、患者さんの背後にいるご家族も含めて、心に寄り添える医師になろうって。そのためには、自分の心を磨き続けるしかないと思っています」
 
 険しい道も、つらいと感じたことはない。「私が自分で選び取った道ですから!」

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