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〈BOSAI(防災)アクション――東北大学災害研の知見〉第1回 栗山進一所長に聞く㊤ 2024年3月11日

  • 能登半島地震から2カ月余 寄り添い合う関係を

 2011年3月11日の東日本大震災の発生から13年。この震災の翌年に設立された「東北大学災害科学国際研究所(災害研)」では、災害の経験や教訓を踏まえつつ、自然災害から人々の命を守るための、さまざまな研究を行ってきた。新企画「BOSAI(防災)アクション――東北大学災害研の知見」では、災害研に所属する研究者に、それぞれの専門分野の立場から、今後、求められる災害への備えや心構えについて語ってもらう。第1回は、同研究所の所長で、災害公衆衛生学を専門とする医師の栗山進一氏。㊤では、令和6年能登半島地震の被災地で今後、懸念されることなどを語ってもらった。(聞き手=水呉裕一、村上進)

一人の声に応える

 ――災害研は、令和6年能登半島地震の発災当初から、被災地の支援や現地の調査などを行ってきました。東日本大震災の教訓なども踏まえ、今後、懸念されることを教えてください。
  
 令和6年能登半島地震の発生から2カ月あまりがたちます。東日本大震災を振り返ると、被災者の心身に新たな変化が起きたのは、ちょうどその頃でした。
 
 心理的な面では、自分の置かれた状況や将来について、少しずつ考えられるようになる時期かもしれません。発災直後は、それこそ日々を生き抜くことに精いっぱいで、目の前の課題に追われていますが、そうしたものの先が見え始め、ふと我に返って「自分はなぜ被害に遭わなければならなかったのか」「これからの仕事はどうなってしまうのだろう」などと考える時間が増え、将来に不安を感じる人が多くなるということです。これは、東北の被災者や自治体関係者も語っていたことです。
 
 能登では今、農業や漁業、輪島漆器生産等の地場産業や、観光業を営む人が、仕事を続けていけるのか不安に感じているとの報道もあります。まさに一人の声に応えていかなければならないのが、これからの支援の課題だと思います。
 
 こうした生活の再建に、行政も力を尽くしていますが、一人一人の置かれた状況も乗り越えるべき課題も異なります。ここに手当てをすれば、全て解決というものではありません。中には、周囲に遠慮してものを言えない人もいるので、私たち研究者や支援に当たる人々が、被災した一人一人の声に耳を傾け、どういった支援が必要なのかをつかんでいくことが大切だと感じます。これを専門用語では、「災害ケースマネジメント」と呼んでいます。
 
 また、肉体的な面での変化が出てくるのも、この時期です。それは、避難生活の中で服薬を続けられなかったことによる持病の悪化や、精神的な疲労、運動不足といった影響が出てくるからです。
 
 今や高齢者のほとんどが、何らかのお薬を飲んでいるため、高齢者が多い能登は、持病の悪化が懸念されます。
 
 一般的には、2040年に日本の人口の35%が65歳以上の高齢者になるといわれる中、能登は既に2人に1人が65歳以上です。そうした方々には、生活習慣に留意していただくのはもちろん、一日も早く服薬できる環境を整え、服薬を再開していただくことが大切です。

中長期的な支援を

 ――持病の悪化や生活習慣の乱れなどは、災害関連死につながるものです。ますます注意しなければならないということですね。
  
 その通りです。今回の能登半島での発災以降、聖教新聞をはじめ、さまざまなメディアが、災害関連死への注意喚起をしてくださったおかげで、被災地では関連死を起こさせまいと、気が配られていることを実感します。このまま今後数年は、災害関連死に留意が必要です。
 
 災害関連死といっても、その要因は多様です。これまでは低体温症やエコノミークラス症候群などへの注意が求められてきましたが、今後は、持病の悪化や精神的なストレスなどを原因とする脳卒中や心筋梗塞等へとシフトしていきます。時間の経過とともに被災者の置かれる状況も多様化していくので、潜在的な関連死のリスクに対して、これまで以上に細かなケアが求められていくと思います。過去の災害を見ても、関連死の危険性は、少なくとも3年は続きますので、粘り強く対策を進めていくことが必要です。
 
 また、東北では震災から1年半、沿岸部の自殺率が減少し、国の平均以下でしたが、その後、ボランティアをはじめとする支援の手が引いてからは増加傾向に転じました。さまざまな調査結果を踏まえると、精神的な支援をしてくれていた人がいなくなったことで、苦しみに耐えられなくなったことが大きな要因の一つだと考えられています。
 
 このような東日本大震災の教訓から考えても、災害支援は中長期的な視点をもって進めていくべきです。

自然災害における最先端の研究を行う東北大学災害科学国際研究所
自然災害における最先端の研究を行う東北大学災害科学国際研究所

 ――栗山所長は災害研の中で、震災後にどのような健康被害が出るのかを研究してこられました。その研究からは、どのようなことが分かっているのでしょうか。
  
 例えば、4~5歳の時点で震災を経験した子どもでは、震災から約半年後に過体重となっていた子どもの割合が多く、男児では特にアトピー性皮膚炎の増加、女児では特に喘息の増加が被災と関連する傾向にあることが分かりました。震災の影響は、高齢者だけでなく、子どもたちを含む、全ての人に及ぶということです。
 
 また、震災によるストレスや生活習慣の乱れの影響は、子や孫の代にまで及んでしまう可能性があることも分かってきました。これは、7万人以上にご参加いただいている「三世代コホート」という調査で明らかになったものです。コホートとは健康状態などを観察し続ける人の集団のことで、親から子、そして孫へと、3世代にわたって一つ一つの家族を追い、生活習慣や遺伝情報、疾患歴などを踏まえつつ、震災の影響がどう次の世代に残っていくのかを調査したものです。
 
 その中で、震災で自宅が被害を受けた妊婦は、被害のなかった妊婦に比べて喫煙の割合が高い傾向にあり、母親が妊娠中にたばこを吸うことで子どもが低出生体重で生まれる割合が高いことが分かりました。また、これまでの医学では低出生体重で生まれた女の子が大きくなって出産した時、妊娠高血圧症候群になりやすく、生まれた子どもは2歳ごろに自閉傾向が出やすくなることも分かっています。

孤立しない、させない

 ――そうした健康被害を未来に残さないために、能登の被災地では、どのような対策が必要だとお考えですか。
  
 「前を向けるまで一緒にいますよ」と、そばで寄り添ってくれる人の存在や、そうした人たちとのコミュニケーションがますます重要になってくると思います。さらに、被災した方々が自分の思いを素直に伝えられる、コミュニティーの存在が必要になると感じます。特に能登では今後、仮設住宅などでの生活が始まりますが、避難生活を送ってきたコミュニティーがバラバラになり、一人一人が孤立してしまう可能性があります。
 
 また仮設住宅に入る人の多くは、“これ以上迷惑をかけられない”と、周囲に助けを求めなくなりますし、周囲も“そっとしておいてあげよう”という思いが働くことが予想されます。その中で、孤立が進んでしまえば、被災者はますます、つらい気持ちを胸にしまい込んでしまいますし、周囲と話さなければ、前を向いて生きようとする気持ちにもなりにくくなってしまうでしょう。その上で、私は「コミュニティー」「コミュニケーション」においては、“寄り添う側”と“寄り添われる側”といった関係ではなく、互いに“寄り添い合う”という関係を築くことが大切だと思っています。
 
 そもそも、それらの言葉は、「分かち合う」という意味のラテン語「コミュニス」を語源とします。決して簡単なことではありませんが、“苦しさ”や“寂しさ”も分かち合うような関係を築くことが、今後の復興のみならず、被災した方々の力になると思います。

置き去りにしない

 ――そうした関係性を築くことができれば、支援する方々にとっても、復興のためには何が必要なことなのかが見えてくると思います。
  
 実は、そうした関係性を築くことこそ、災害研が目指すあり方です。
 
 私たちは、被災された方はもちろん、「南海トラフ巨大地震」や「首都直下地震」といった近未来に想定される災害に備えるために、「知の泉を汲み、実の森を育む」ということを大切にしてきました。
 
 これは、「知の泉」、つまり過去の教訓や災害科学の“知識の泉”を活用しながら、「実の森」、つまり人の命を守るための“防災実践の森”を育む挑戦です。
 
 災害から命を守る上では、過去にどのような行動を取り、どんな結果になったのかという教訓や、これから発生する災害には、どのような事態が予想されるのかといった科学的な探究が欠かせません。そうした科学的根拠から防災のあり方を考え、実践に生かしていくことは大切ですが、いざ実践に移してみると、その方法に当てはまらない人が必ず出てくるものです。
 
 その時に、「漏れる人が悪い」といって切り捨てるのではなく、「漏れ出てしまう人がいるならば再考すべきだ」と、もう一度、知の泉を汲み直す。その往復の中で、“誰も置き去りにしない防災”というものが、実効性のあるものになると考えていますし、そうした流れも、互いに寄り添い合い、互いに学び合うという関係性から始まっていくと思うのです。

互いに寄り添い、苦しみを分かち合ってきた東北の同志たち(2011年4月、福島・郡山市内で)
互いに寄り添い、苦しみを分かち合ってきた東北の同志たち(2011年4月、福島・郡山市内で)

 ――創価学会でも「同情」ではなく、「同苦」する気持ちを大切にし、まさに地域の共助に不可欠である寄り添い合う心を大切にしながら、今日まで歩んできました。
  
 東日本大震災の時を振り返っても、学会の皆さんは粘り強く、“寄り添い合おう”“一緒に乗り越えよう”というメッセージを、聖教新聞をはじめとするメディアや、地域社会での対話など、あらゆる手段を使って発信し続けてくださいました。それが大きな復興の力になったと確信しますし、特定の宗教団体の枠を超えた、普遍的な復興支援のあり方だと感じています。
 
 一人一人の復興への道筋はあまりにも多様で、一律に、こうすればよいという“特効薬”はありません。だからこそ、幅広いネットワークを持つ皆さんには、今回の能登半島地震をはじめ、これから起こる災害においても、一人一人の声に耳を傾け、被災した人々の気持ちを分かち合っていただきたいと願っています。
 (㊦は明日付に掲載予定)

【プロフィル】

 くりやま・しんいち 1962年生まれ。医学博士。専門は分子疫学、災害公衆衛生学。東北大学理学部物理学科、大阪市立大学医学部医学科を卒業。大阪市立大学医学部附属病院第3内科医師、民間企業医師、東北大学大学院医学系研究科環境遺伝医学総合研究センター分子疫学分野教授などを経て、2012年に東北大学災害科学国際研究所災害公衆衛生学分野教授に就任。2023年から同研究所所長。

  
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