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変わりゆく「家族」のかたち 現役世代への力強い支援を――インタビュー 放送大学・千葉大学名誉教授 宮本みち子さん 2025年5月9日

〈危機の時代を生きる 希望の哲学〉

 今、日本の「家族」のかたちが大きく変わろうとしています。国立社会保障・人口問題研究所が昨年発表した将来推計によれば、2050年には全世帯の実に44%が「1人暮らし」になると見込まれています。私たちが直面する変化と課題について、社会学者の宮本みち子さんに話を伺いました。(聞き手=小野顕一、村上進)

■「一人で生きる」が当たり前に

 ――近著『東京ミドル期シングルの衝撃』では、単身で暮らす35歳から64歳までの「ミドル期」に焦点を当て、東京23区に住む約2600人を対象にした調査結果がまとめられています。そこから見えてきた特徴は何でしょうか。
   
 まず印象的だったのは、ミドル期シングルが予想以上に増加している点です。
 
 調査では、経済状況や生活意識、将来への不安など、さまざまな視点から実態を見てきましたが、「一人で生きる」というライフスタイルが、今やマイノリティーとはいえなくなっていることを実感しました。
 
 東京23区では、2020年時点でミドル期シングルが人口の3割弱を占めています。その約半数が地方出身で、仕事を求めて東京に出てきた人たちが、そのまま単身で中年期を迎えている姿が浮かび上がりました。シングルの比率は、男性が女性より多いのですが、社会的なつながりが希薄な点が特徴です。また、女性の方が、将来に向けた準備を着実に進めている傾向も明らかになりました。
 
 かつて当たり前だった「家族の支え」が失われ、病気や貧困といった困難に対して、十分なセーフティーネットを持たない人が増えることは懸念点です。こうした状況は、やがて地方にも波及し、社会のあり方そのものに影響を及ぼす可能性があります。
 
 特に顕著なのが40代から50代前半にかけての「就職氷河期世代」で、バブル崩壊後の厳しい雇用環境の中で社会に出たため、今なお安定した職に就けていない方も多く見られます。
 
 一方で、その世代より上のバブル期に社会人となった世代も、高齢期を前に仕事や収入が先細りとなり、老後生活に不安を抱えている例が少なくありません。シングルゆえに困った時に頼る人がいない人も目立ちました。
 

■家族形態の急激な変容

 ――日本社会全体に影響が及んでいるんですね。
   
 35歳未満の若年層も約3分の1は生活基盤が不安定で、先行きに展望をもてないままです。このように、世代ごとに状況は異なるものの、「失われた30年」と呼ばれる経済低迷の影響を、それぞれの形で背負っているのが実情です。
 
 高齢者(65歳以上)の貧困も深刻です。特に高齢女性の単身世帯では、半数近くが相対的貧困ラインを下回る暮らしを余儀なくされています。
 以前は、三世代で同居していれば、国民年金は「孫へのお小遣い」といわれた時代もありました。しかし、その前提であった家族形態は急激に変容し、50年前には高齢者世帯の半数以上を占めていた三世代同居の割合が、今では1割を下回っています。
 
 こうした人口動態や世帯構造の変化は、以前から予測されてはいたものの、想定以上の速度で進行し、長期的な経済停滞とも重なって深刻化しています。
 
 そして、同時期に進んだのが「非婚化」です。日本はもともと婚姻率の高い国でしたが、20世紀後半からその数字は下がり始め、就職氷河期を境にさらに下降しました。「いずれ持ち直すだろう」との見通しは外れ、少子化にも歯止めがかかっていません。
 

■人生モデルの多様化

 ――就職氷河期世代は非正規雇用が増えたことで、非婚化も一気に進んだ印象があります。どこに分岐点があったのでしょうか。
  
 1995年、日経連(現・経団連)が労働者を「長期蓄積能力活用型(正社員)」「高度専門能力活用型(専門社員)」「雇用柔軟型(非正規)」に分類する提言を行ったことは、大きな転機でした。
 当初は多様な働き方への後押しを意図したものでしたが、バブル崩壊後は企業がコスト削減を優先し、非正規雇用が拡大。就職氷河期世代は特に深刻な影響を受けました。
 
 「結婚して家庭を築く」という人生モデルは当たり前でなくなり、心と暮らしのよりどころであるはずの「家庭」を、誰もが当然のように手に入れることができなくなっています。極めて重い問題です。
 
 結婚することが人として当然の道だと言うつもりはありません。人生を選択できる自由度が高まったことは、人々のウェルビーイングを高めていると思います。
 では何が問題かといえば、一つは、結婚して家庭を持ちたいと思っても出会う機会がない状態にあることや、仕事や経済的条件が整わないために早々に結婚を諦めている男性が少なくないことです。
 「経済力が十分でなければ家庭を持つべきでない」といった男性の思い込みも根強いです。共に暮らす人を持てないままシングルになってしまう人が多い現状は良いこととはいえません。
 
 もう一つは、現行の結婚制度が、人々の感覚に合致しなくなっていて、家庭を持とうという意欲をそいでいることです。
 
 

■現役世代の可能性を最大限に引き出す

 そうした状況の中で、希望ある未来を実現する鍵は、まず何より「若者」の支援にあります。
 
 欧州では2000年代初頭から、社会政策決定への若者の参画を積極的に推進してきました。
 隣国・韓国においても、日本以上に低迷する出生率への危機感のもと、2020年に「青年基本法」が制定され、若者の声を政策に反映する仕組みを迅速に整えています。
 
 ところが日本では、一昨年に施行された「こども基本法」が、その名称から誤解を招きやすく、実際には青年期(18歳から30歳未満)、場合によっては青年期以降の人々をも支える法律になっていることが、十分に理解されていません。
 
 同時に発足した「こども家庭庁」の活動も、若者への取り組みが遅れています。その結果、地方自治体の多くで若者支援が優先課題に位置づけられていない。
 
 今こそ、現役世代(主に20代から50代)の可能性を最大限に引き出す包括的な支援を、政策の中核に据えるべきです。
 社会の担い手である現役世代が生き生きと活躍し、未来に希望を抱ける社会を築くために、その自立と成長を後押しする政策推進を強く期待します。
 

■「きっかけ」がないだけ

 ――従来の標準的な家族像が変化しつつある中で、どういった問題に備えるべきでしょうか。
   
 日本は世界的に見てもシングル化が顕著で、孤立や孤独と背中合わせです。
 結婚や家族のあり方をもっと柔軟で多様にすれば、「結婚する」か「未婚のまま」かという二者択一から脱することができ、シングル化に歯止めがかかるのではないでしょうか。また、結婚以外の共同生活を広げ、親密な暮らしの場を持てることも必要です。
 
 シングル化に伴って、とりわけ深刻なのが孤立と孤独です。
 シングルに共通するのは、事故や病気、災害時に、頼る相手がいないという不安です。今は健康で経済的に自立して見えるシングルも、やがて地域に知り合いが一人もいないまま高齢期を迎える可能性があります。
 
 孤独・孤立は心身に重大な影響を及ぼします。孤独死の大半は男性で、中年期から続く孤立状態が背景にあるといわれ、平均寿命が約10年短いという調査結果も報告されています。
 
 アメリカの社会学者ロバート・パットナムは、多様化する都市で、人々が「ハンカーダウン」――その場にしゃがみ込み、外部との関わりを避けようとする傾向があると指摘しました。
 
 しかし、彼らは地域とのつながりを拒んでいるわけではなく、多くは参加の「きっかけ」がないだけです。
 だからこそ、「ちょっと関わってみようかな」と思えるような自然な交流の場を地域につくることが大切です。それが未来の孤立を防ぎ、安心して暮らせる社会の礎になります。
 

■求められる「寄り添い型支援」

 ――お互いに無理のない関係を地域で育んでいくために、何が必要でしょうか。
   
 今、求められているのは、“ゆるやかなつながり”を紡ぐ「つなぎ手」の存在だと思います。
 
 この点で注目されるのがイギリスの「リンクワーカー」という概念です。
 これは医療だけでは支えきれない心の不調を抱える人を、地域のコミュニティーやサポートにつなぐ“社会的処方”――例えば、「薬の代わりに人とのつながりを処方する」ような存在です。
 
 じっくりと話を聴き、その人に寄り添いながら、一緒に選択肢を探る。必要に応じて同行し、支援や制度への橋渡しを行う。
 
 特に日本では、困難な状況にある人ほど、支援や制度の情報が届きにくく、「どこに行けばいいのか分からない」ケースが多く見受けられます。
 だからこそ、支援や制度との間に立ち、手を差し伸べる「寄り添い型支援」が、これからの社会で一層重要になっていくと私は考えています。
 
 ――創価学会の日々の活動においても、助けを必要としている方に出会うことがあります。直接できることは限られているかもしれませんが、例えば、自分の知人や関係をたどって、解決の手がかりになりそうな人につなげていく。そうした形で寄り添う場面も、少なからず見受けられます。
   
 創価学会の活動はリンクワーカー的な役割を果たしているといえるでしょう。
 
 本来、宗教は「人と人とを結ぶ」役割を担い、個人と社会の間に橋を架けながら、人々が安心して共に生きられる関係を築くための働きを持ってきました。
 
   

壮年部の活動の一こま。地域の絆を大切に(福岡県筑後市で)
壮年部の活動の一こま。地域の絆を大切に(福岡県筑後市で)

 そうした活動が、これからは家族や共同体のような「強い紐帯」を育むだけでなく、多様な「弱い紐帯」――つまり、ゆるやかな結び付きも生み出し得る点に期待したいです。このような多層的なネットワークは、現代の孤独や孤立に向き合う上で、重要な意味を持つでしょう。
 
 家族のあり方や地域社会の姿が変わりゆく今、その変化にしっかりと応じながら活動に取り組むことで、社会への貢献はさらに深く、いっそう意義のあるものとなるはずです。
 

■「ものすごく感謝された」

 私が若者支援の現場で実感するのは、人は「助けられている」ばかりの状態では、生きがいを見いだしにくいという点です。もちろん支援は不可欠ですが、それだけでは自尊感情は高まりません。
 
 例えば、ある若者が地域の高齢者施設や農家のお手伝いに出掛け、最初は気乗りしない様子だったのが、帰ってきた時には「ものすごく感謝された」と目を輝かせて話してくれる。そんな経験が、「自分はここにいていいんだ」という気持ちにつながっていく。
 裏を返せば、そうした感覚を持てずに、「自分はここにいる価値はないのだ」と感じている若者が、それだけ多いともいえます。
 
 私の中高年の男性知人に、かつて典型的な“仕事人間”だったのが、ふと始めたボランティア活動に思いがけず充実感や面白さを見いだし、新たな生きがいを感じるようになった方がいます。こういった変化は決して特別なことではなく、人間の本質に根差した感情かもしれません。
 
 人間関係が希薄になりがちな現代社会において、大切なのは「役割のない個人」が「役割を担う個人」へと変わっていくプロセスではないでしょうか。その転換を後押しする鍵は、生きがいを見いだし、他者と分かち合う中にあると思います。
 
   

■橋を架ける生き方

 ――生きがいは、人と関わり、社会とつながる中で形になっていくといえるかもしれません。
   
 今、話題の「リスキリング」も、単なるスキル習得にとどまらず、人との関わりの中で自らの存在意義を感じられる“学び”であってこそ、本質的な意味を持つはずです。
 
 私は大学教員の後半13年間を放送大学に勤務しましたが、そこで出会った社会人学生たちは「学ぶこと」自体を喜びとしていました。
 
 最初はスキルアップを目指していた人も、次第に学ぶことが生きがいに変わり、中には20年、30年と学び続ける方も少なくありませんでした。
 
 副学長として、私はよく、「学びは社会に返してこそ意味がある」と話していました。得た知識を社会に役立て、人との輪が広がっていくと、喜びが倍になって返ってくるからです。
 
 地域における活動も、互いに支え合い、寄り添い合う水平的なつながりの中でこそ、深い意味や喜びが見いだされると感じます。
 
 お互いを思いやり、それぞれが無理なく関わり合える自然でしなやかな関係性が、これからますます重要になるでしょう。
 
 もちろん、国や行政による制度や政策は欠かせませんが、それを本当に生かすためには、人と人とを結ぶ「つなぎ手」の存在もまた不可欠です。特に「まだ役割を見つけられていない」シングルの方々がその輪に参加でき、自らの行動に価値を感じられれば、なお理想的です。次世代のモデルとなります。
 
 誰かの役に立つことで自らの心も満たされる。そんな実感が社会に広がれば、私たちはより豊かな未来を築いていけるはずです。
 

 みやもと・みちこ 1947年生まれ。社会学博士。専門は生活保障論、若者政策論、社会政策論。内閣府子どもの貧困対策検討会座長など、国及び地方自治体の子ども・若者政策の立案や全国の若者支援団体の活動に関与。著書に『アンダークラス化する若者たち』(編著・明石書店)、『若者の権利と若者政策』(編著・明石書店)、『東京ミドル期シングルの衝撃』(編著・東洋経済新報社)ほか多数。

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 kansou@seikyo-np.jp
 ファクス 03-5360-9613
  
こちらから、「危機の時代を生きる」識者インタビューの過去の連載の一部をご覧いただけます。

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