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〈Seikyo Gift〉 片手で作るオンライン料理教室 何があっても心は自由〈信仰体験〉 2023年11月5日

  • 左半身まひ・高次脳機能障害を越え
「できないことを嘆くより、できる方法を考えるのが料理の楽しさ。人生も同じよね」と伊藤さん。太陽のような笑顔が、周囲をいつも明るく照らす
「できないことを嘆くより、できる方法を考えるのが料理の楽しさ。人生も同じよね」と伊藤さん。太陽のような笑顔が、周囲をいつも明るく照らす

 【福岡県直方市】「こんにちは!」。モニター越しに、明るい声で呼びかける伊藤恵理子さん(59)=白ゆり長。オンラインで開催する料理教室で、講師を務める。教室名は「下町キッチン」。先日は、九州から関東まで各地から約20人が参加した。お手製の料理グッズを使い、右手だけで作業を難なくこなす。その姿に、「おおー」と画面の向こうから歓声が上がった。(9月17日付)

剣山を接着剤で付けた木製まな板
剣山を接着剤で付けた木製まな板
ブックエンドにS字フックを付けた特製ピーラー
ブックエンドにS字フックを付けた特製ピーラー

 オンライン料理教室の会場は、所属するNPO法人の副理事長宅のキッチン。
 この日のメニューは「野菜たっぷりサンドイッチ」。材料がダイニングテーブルに所狭しと並んでいく。

 「それでは始めますね」と、伊藤さんの明るい声でスタート。
 まずは机一面に滑り止めのゴムマットを敷き、その上に、剣山を接着剤でくっつけた手作りの木製まな板。お世話になった理学療法士のお手製という。
 「これは、片手でも本当に使いやすくて」。トマトの端を剣山に刺して動かないようにすると、右手で包丁を持ち、スッと輪状に切っていく。

 キュウリをむく時は金属製のブックエンドを倒し、机の端で固定。下向きに置き、そこに磁石が付いたS字フックをぺたんと貼る。フックに、刃を上に向けたピーラーを掛ければ、キュウリを手前に引くだけで皮がむける、特製ピーラーだ。そのピーラーでキュウリをスライス。

 ツナ缶もS字フックを使って開ける。すべての具材を重ね合わせ、つまようじで刺すと、サンドイッチの完成。
 「あっという間でしょ?」。てきぱきとした調理の様子に、皆が驚いた。

 「私のモットーは『人生を楽しむこと』。半身まひになっても変わりません。おいしい料理を作って食べる。そこに自然と笑顔と幸福が生まれます」

とっさのアイデアで挑戦
とっさのアイデアで挑戦

  ◇◆◇
 2005年(平成17年)、40歳の時だった。罹患したインフルエンザが平熱に戻り、治ったと思ったが、夜中になると発熱する。診察を受けると緊急入院。3日後、意識不明に陥った。

 インフルエンザウイルスが脳に侵入し、脳膿瘍を引き起こしたことによる脳出血だった。
 その後、症状が悪化し生死の境をさまよう中、手術を3度行い、幸い一命を取り留めることができた。だが左半身まひと、高次脳機能障害が残った。

 目を覚ますと、体の左側の感覚がない。物事の記憶が乏しく、時系列の把握にも難が残った。

 “どうして……”。2人の息子の顔が頭をよぎる。離婚後、懸命に育ててきたわが子。“障がいがある体で、これからどうすればいいの……”。未来を悲観した。

 婦人部(当時)の先輩たちが何度も激励に駆け付けてくれた。ある先輩は、「あなたにしかない大切な使命があるのよ」と。

 “そうだ。嘆いている時じゃない。一日も早く元気にならなければ!”
 目標を掲げた。「もう一度、自分自身で日常の生活が送れるようになる」。そう決めてリハビリを始めた。だが想像を超える過酷さ。記憶も曖昧なまま。諦めかけるたび、病床で題目を唱え、リハビリを重ねた。

 ある日、初めて左の人さし指をわずかに動かすことができた。その時の感動。以来、心の中で何かが吹っ切れたように、リハビリに食らいついた。

 胸に置いたのは師の励まし。
 「信心ある限り、人生の不遇も、失敗も、すべて生かし切っていくことができる。ゆえに仏法者に行き詰まりはない。『ただ唱題』『ただ、ただ広布』――その炎のごとき一念と実践が、暗夜を開いていくのだ」

 入院から半年後、回復期リハビリ病院への転院を果たした。

伊藤さん㊥と女性部の友との談笑はいつもにぎやか
伊藤さん㊥と女性部の友との談笑はいつもにぎやか

  ◇◆◇
 一時退院で初めて自宅に戻った。真っ先に御本尊の前に座った。
 帰ってくることができた安堵感。と同時に、ハンディを抱えて生きる今後を思うと、不安に心が覆われる。

 止めどなく涙があふれてくる。“なんで、こんな苦しい思いを……”。弱い自分が情けなくて、仕方がなかった。

 声にならない声で祈り続けた。不意に、入会した38歳の時、友人にかけられた言葉がよみがえる。「この信心でどんな悩みも必ず乗り越えていけるよ」

 初めは信じられなかった。当時は離婚を経験し、悩みの渦中。それが、信心を始めてから希望を見いだした。
 “宿命を乗り越えたい。いや、ここで乗り越えないといけないんだ”。祈り方が変わると、涙が止まった。
 「泣くのは今日で最後にしよう。ありのままの私で生きるんだ」

 心が前を向いた。半年間のリハビリを経て退院。障害者就労支援作業所に就労した。
 また、「心の支えになるつながりを」と2009年(平成21年)、かつて入院したリハビリ病院で患者会を設立する。病院に通い、同じ境遇にいる人の声を聞くようになった。
 「『一緒に頑張っていきましょう』と励ますうち、自分が元気になっているんです」

 発症から7年後の12年、47歳にして、大手ディスカウントストアに、地域として初の「障害者枠での採用」を勝ち取り、社会復帰を果たした。

勤務先のディスカウントストアで
勤務先のディスカウントストアで
気付いたことやレシピを記したノートは何冊も
気付いたことやレシピを記したノートは何冊も

  ◇◆◇
 仕事の効率化のアイデアなど、職場で実証を示す中、“この経験を社会のために使いたい”と強く思うように。
 16年、同じ障がいがある友人らとNPO法人を設立。自身の体験を、病院や学校などで講演するようになった。

 また、料理好きが高じて、病院や作業所で料理を振る舞い、教えることも。その中で、「料理の楽しさを知る機会が欲しい」との声を数多く聞いた。
 料理を教えるなんて考えたこともなかったが、“これも私の使命なのかも”と挑戦。
 どうにか教室を開くと、「料理をすることが身近に感じた」「体が不自由でも、やればできると自信がついた」とのうれしい声が。

 「たとえ片手でも、気持ちがあればできるんです。人のために行動するって、こんなにも楽しいと気付かせてもらいました」

 18年からは九州各地で開講するように。片手でも簡単に調理ができるようなアイデアを出し、料理グッズも自作した。
 20年(令和2年)のコロナ禍では、オンライン配信を開始。参加者は九州から関東まで広がる。今年2月には地元紙で紹介された。

 広布の舞台でも、地区女性部長と共に訪問・激励に励んでいる。病気や介護に悩む友には特に声をかける。
 「胸の奥にある心の思いを深く聞こう、と祈って友のもとへ歩いています」

 病を通し、生き方が百八十度変わった。
 「できないことだってあります。でも自分を諦めない。できなくても『まいっか』と、くよくよしない。その心が大切だと思うんです」
 舞台はキッチンから日本へ、世界へ。とびきりの笑顔で、きょうも挑戦の心を届ける。
  (九州支社)

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