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音も声も聞こえる。ただ言葉が聞き取れない――聴覚情報処理障がい(APD)のクレソン農家 2023年7月1日

  • 【電子版連載】〈WITH あなたと〉 #大人の発達障がい

 APD(Auditory Processing Disorder、聴覚情報処理障がい)を知っていますか?

 声は聞こえるものの言葉として理解できない症状を指します。単純に音声を聞き取る聴力に「異常がない」のに、聞こえた音声を適切に処理して理解すること(聴覚情報処理)ができない。

 社会的な認知も進んでおらず、周りから理解されない以上に、自分がAPDとも知らず、生きづらさを抱えたままの当事者も多いといいます。

 金城達次さん(42)=沖縄県、男子部副本部長(部長兼任)=はそんな状況を変えたいと、当事者の一人として発信を続けています。(取材=宮本勇介、山路伸明)

■山奥でクレソン農家に

 沖縄本島の北部・国頭郡本部町。やんばるの海から山へ車を走らせること20分。金城さんの畑は、静寂に包まれた山の中にある。1000坪の土地を開拓し、山奥から流れてくる湧き水を利用した水田で、クレソンを育てている。

 「このせせらぎを聞きながら、農作業していると落ち着くんですよね」

 農家になるとは思ってもいなかった。夢も希望も見いだせない、そんな青春時代だった。

 小さい頃から人とコミュニケーションを取るのが苦手だった。一対一で話しているのはいいのだが、複数の人が同時に話すと何を言っているのかが理解できない。

 学校の教室は苦痛でしかなかった。教師の話も、周りの雑音で聞き取れない。教師から「ねえ、私の話、聞いてる?」と尋ねられても、理解ができない。小さな本部の町の学校では、ずっと劣等生のままだった。

 高校時代は野球部で白球を追いかけた。

 威勢のいい選手たちの声がグラウンドに響き渡る。監督の指示が飛ぶ。しかし、この言葉が聞き取れない。「達次」と呼ばれたことだけは分かり、監督のもとへ走る。「なんで、お前はいつも言った通りにできないんだ」と、怒りをぶつけられ、ただただ頭を下げた。

 地獄だった。苦しかった。学校に向かう朝になると、手の震えが止まらない。大学受験も失敗。人生なんてどうでもいい。この現実からとにかく逃げたい、と地元を離れることがやっとだった。

 大阪に出て、ホテルの仕事に就いた。そこで知り合った沖縄の人から創価学会の話を聞いた。連れられ参加した大阪・八尾市の座談会。いきなり登場した男女青年部の二人が漫才を始めた。
 「これが宗教なのか……」。不思議で仕方がなかった。

 終了後、大勢に囲まれ、仏法の話を聞いた。当然、いつもの通り、何を言っているかが分からない。「ただ、漫才をした二人のキラキラした顔だけが忘れられなくて……」。2001年11月17日に入会した。

 題目をあげ、学会活動に励んだ。しかし、日常生活はそう簡単に変わらない。仕事では失敗の連続。皆の前で上司から叱られても、その言葉が聞き取れない。苦しくなって職場から逃げ出し、そのまま解雇に。また就職しても同じことの繰り返し。

 「いろんな人から見放されてきましたが、学会の人だけは諦めてくれませんでした。連絡をブッチ(無視)して、家にこもっていても何度も家に来て、放っておいてくれない(笑)」

 一緒に題目をあげ、一緒に履歴書を書き、一緒にハローワークにも行った。それでも無理だった。夜一人になると、急に泣いたり怒ったりと情緒不安定に。男子部の先輩に連れて行かれた精神科で、広汎性発達障がいの二次障がいとして、うつになっていると診断された。医師からは「農業か漁業に携わるといいかもしれない」とアドバイスされ、26歳で地元・沖縄に戻ることにした。

■書店で目に留まり、「これだと思った」

 沖縄・南城市の農業法人で修業し、2016年、地元・本部町に戻って、クレソン栽培を始めた。自然を相手に、静かな場所で働くようになって、少しずつ体調は回復していった。

 そんな2021年のある日、金城さんは書店で「聴覚情報処理障がい(APD)」という言葉に目が留まった(近年は「聞き取り困難(LiD)」とも称される)。

 聴力に異常はないが、複数人での会話や、にぎやかな場所での聞き取りが難しい。耳から入った音の情報を脳で処理して理解する際に、なんらかの障がいが生じる――。「これだと思いました」

 「APD」かもしれないと思ったら、まずは耳鼻科で聴力検査を受けるのが第一段階となる。その後で、詳しい聴覚検査や発達検査、脳波検査に進む。

 しかし、APDの検査が受けられる病院はまだ限られており、耳鼻科の医師でさえ知らない人もいる。金城さんが琉球大学で診断された結果も、「APDの傾向がある」というもの。まだまだ、APDは診断や治療、支援の基準も定まっておらず、今後の研究・調査が急がれている。

■周囲が知っておきたい配慮とは

 金城さんも書籍やインターネットで情報を収集し、他の当事者と積極的に交流して、APDについて調べてきた。なかでも、『マンガAPD/LiDって何⁉――聞こえているのに聞き取れない私たち』(合同出版)は当事者でない人にも分かりやすいという。

 何よりも、金城さん自身がInstagramやTwitter、noteでも、当事者としてAPDの情報を発信している。「発達障害の人が働きやすくなる仕事術」や「発達障害の人がうつ状態から抜け出す3つの方法」など、自身の体験をもとにした具体的なアドバイスもつづっている。

 近年、APDの認知度は少しずつ広がり、学校でも補聴援助システム(送信機を通じた話し声が、当事者の耳に装着した受信機で鮮明に聞こえる。それぞれ10万円前後)を導入する動きも起きている。

 APDの当事者への配慮として、周囲はどんなことができるのか――。金城さんにいくつか聞いてみた。

・話しかける際には、名前をまず呼んで注意を喚起する
・大きな声でゆっくり話す
・静かな場所で話す
・聞き間違いや聞き返しがあることを想定する
・メールやメモなど、文字にして伝える

雑音が気になる場合は、イヤホンを着けて生活することも
雑音が気になる場合は、イヤホンを着けて生活することも
■「大勢が集まって話す会合は正直、“地獄”ですよ(笑)」

 金城さんは今、ようやく生きづらさの理由が分かり、「自分の人生を一歩ずつ歩み始めている感じです。結婚もまだまだこれからですしね(笑)」。

 学会に入会し、祈って、会合に参加し、母と姉も折伏した。男子部の先輩にくっつき戦った。牙城会となり、会館運営も担った。しかし、どんなに祈っても、状況は変わらなかった。それでも、学会から離れようとは思わなかった。なぜか――。

 「大勢の人が集まって話す会合なんて、正直、“地獄”ですよ(笑)。なのに行ってしまう。体調が悪くなる可能性があるのに、また参加してしまう。結論を言えば、“体調が崩れても生命力は湧く”。そんな感じでやってきました(笑)」

 「蒼蠅、驥尾に附して万里を渡り、碧蘿、松頭に懸かって千尋を延ぶ」(立正安国論、新36・全26)――入会した頃、当時の男子部の部長が教えてくれたこの御文を握り締め、歩んできたからこそ、苦しみ抜いたAPDを伝えることが自分の使命になった。

 今は学会の人たちにも、APDのことをしっかり話している。大勢の会合では会場の最後方・中央の扉付近が落ち着くことが分かった。会合の運営や司会や研究発表は控えているし、休む時もある。

 「それでも、『若い人が来てるから、一言お願い』と求められる座談会も多いですけど(笑)。そんな垣根や遠慮がないのも、学会の魅力ですね」

 生きづらさを経験することで、他者の生きづらさに共感しやすくなる。

 人よりも多くの痛みを味わってきたからこそ、「精神疾患や性的マイノリティーなど、社会で苦しんでいる人の気持ちを敏感に感じられるようになりました」と金城さん。

 今の目標は、沖縄でAPDの当事者の集まりをつくること。「ポスターを作って、琉球大学の病院内にも掲示しているんですが、まだ一人も連絡がなくて……。気力を失いかけていましたが、この取材を機にもう一回頑張ろうと思います。自分らしくやっていきますよ」



 ●最後までお読みいただき、ありがとうございます。ご感想をお寄せください。
 メール youth@seikyo-np.jp
 ファクス 03―5360―9470

聴覚情報処理障害(APD)マーク。症状を自覚し、利用規約に同意した人であれば、誰でも自由に利用できる。【HP】https://apd-mark.com/index.html
聴覚情報処理障害(APD)マーク。症状を自覚し、利用規約に同意した人であれば、誰でも自由に利用できる。【HP】https://apd-mark.com/index.html

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