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「主人公」は“特別”じゃなく“姿勢”〈尊し。サブカルVol.12〉 2021年10月15日

  • 漫画「この音とまれ!」の定義

 いつの時代も、名作と呼ばれる作品には魅力的な主人公がいる。石(ONE MINUTE編集部員)もまた、困難を乗り越えていく主人公の姿に一人でよく落涙している。“あんなふうになれたら……”

 誰しも好きな役者やキャラクターを自分と重ね、こうした思いを抱いたことがあるかもしれない。全国大会を目指す箏曲部の高校生を描いた部活漫画「この音とまれ!」。石が本作の主人公に抱いた思いは、“あんなふうに頑張れるかも”だった。

主人公が移り変わる物語

 人間関係、挫折、失敗……メインキャラクターが所属する時瀬高校箏曲部のメンバーたちは、それぞれ過去に傷を抱えており、箏や仲間との出会いを通してそれと向き合う勇気を得ていく。

 一人の登場人物の言動に別の一人が感化され、成長していくキャラクターにフォーカスが移り変わる演出が鮮やかだ。それぞれのストーリーに厚みがあり、心情のうつろいが丹念に描かれているので、誰にも共感できるキャラクターが一人はいるはずだ。

 本作の「主人公」の移り変わりは、キャラクターの優しさにあふれた台詞がきっかけとなって起こることが多い。例えば、中学時代にケンカに明け暮れ「不良」のレッテルを貼られた久遠愛が、誤解から箏曲部の部室にいることを教員にとがめられた時、部長の倉田武蔵は「久遠君は箏曲部の新入部員なんです 部室にいて当たり前でしょう⁉」とかばう。

 自分が受け入れられたという実感が、愛をはじめとするキャラクターそれぞれの過去と向き合う勇気を呼び覚ましていく描写は、本作の泣けるポイントでもある。

“主人公感”という言葉を考える

 最近、“主人公感がある”という言葉を時々聞く。多くの人に慕われている人に対してや、逆境を乗り越えて大きな成果を挙げた人に対してなど、使われる場面はさまざまだ。なんとなく、特定の人への「選ばれし者」というようなニュアンスにも取れるように思う。

 確かに物語の主人公には、“補正”と呼ばれるような特殊な潜在能力などを持っている場合もあって、“それがあるから頑張れる”など、どこか特別な存在として据え置かれてしまうこともある。

 「この音」のメインキャラクターにも、箏曲にアドバンテージがある登場人物もいるが、それぞれが向き合う課題は、前述のように実にパーソナルな部分に向けられている。自分の過去を成長の糧に変えるという“姿勢”が、本作の「主人公」の定義づけなのかもしれない。

自分の“音”を見つける

 本作のメインキャラクターの一人に、箏の名家に生まれ“天才”と呼ばれる鳳月さとわが登場する。合奏をすることになった時瀬高校箏曲部だが、ほとんどのメンバーが初心者であるために、当初はさとわとの技術差に苦心する。そんな時、「不良」のレッテルを貼られたことで悩む愛がこんな台詞を発する。

 「俺らは俺らとして あいつ(さとわ)の隣に並ばねーとダメな気する」。“特別”とされる人に“近づこう”とするよりも、自分の課題に取り組み、自分だからこそ出せる箏の“音”を見つけようとする真摯な姿勢が伺える。

 悩みや課題に本来、優劣はない。誠意を持って、自分と向き合う姿勢こそ「主人公」として生きることだと、本作に教えられた。ほんの少しの勇気が、自分を「主人公」にし、ほんの少しの優しさが身近な「主人公」を支える力になるのではないだろうか。

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