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〈SDGs✕SEIKYO〉 気候危機から自然遺産の都市を守る 2024年5月16日

  • ブルーマウンテンズ市議会CEO ローズマリー・ディロンさん
  • 「ブルーマウンテンズ・プラネタリーヘルス構想」シニアリード リズ・バスティアンさん
世界自然遺産に登録されている「ブルーマウンテンズ国立公園」
世界自然遺産に登録されている「ブルーマウンテンズ国立公園」

 オーストラリア・シドニー近郊で随一の景勝地として知られる「ブルーマウンテンズ国立公園」。世界自然遺産に登録されたこの地も、気候変動による影響を大きく受けています。ブルーマウンテンズ市議会CEO(最高執行官)のローズマリー・ディロンさんと、同市議会が運営するプログラム「ブルーマウンテンズ・プラネタリーヘルス構想」でシニアリードを務めるリズ・バスティアンさんに、同市議会庁舎でインタビューしました。(記事=樹下智、写真=木戸口大地)

ディロンさん㊧とバスティアンさん(昨年11月、ブルーマウンテンズ市議会庁舎で)
ディロンさん㊧とバスティアンさん(昨年11月、ブルーマウンテンズ市議会庁舎で)

 ――ブルーマウンテンズ市は、世界自然遺産である国立公園の中に位置しています。その特徴を教えてください。
  
 ローズマリー・ディロンさん 低木林に覆われた山々が約100キロも延びる国立公園内に、27の町や村があり、約8万人が暮らしています。雄大な自然が多くの人を引きつけ、国内外から1日に約9000人が訪れています。
  
 1万ヘクタールの低木林地、総計300キロに及ぶ河川、そして生態系が危機にさらされている500ヘクタールの地域を、市議会として管理しています。ユーカリの木が最も多く生い茂る場所の一つであり、数多くの種類の動物が生息しています。生物多様性にあふれた、まさに人類が守るべき世界自然遺産といえます。
  
 ――2023年、国連のグテーレス事務総長が「地球沸騰化の時代が到来した」と表現したように、気候危機が深刻の度を増しています。オーストラリアでも19年から20年にかけて、過去最大級の森林火災「ブラックサマー」が発生しました。
  
 ディロンさん ブルーマウンテンズ市は毎年、山火事に直面していますが、「ブラックサマー」の規模と影響の大きさは前例のないものでした。幸いなことに人的被害は免れましたが、自然環境と私たちの生活インフラに与えたインパクトは大きかった。
  
 調査によって異なりますが、国立公園の70%が山火事の影響を受け、おびただしい数の動植物が命を失い、生物多様性が損なわれました。ブルーマウンテンズ市も3方向から山火事に囲まれましたが、風の向きに救われました。もし違う方向に吹いていたら、被害はさらに甚大だったでしょう。市議会として、地域や政府の消防団と協力し最善を尽くしました。
  
 しかし、問題はそれだけでは終わりませんでした。森林火災の後、4度の大規模水害に襲われたのです。大雨による土砂災害で道路や鉄道の線路が破壊され、被害総額は4億豪ドル(約400億円)に上りました。市内で76カ所も地滑りが起きたのです。こうした異常気象のため、極端な熱や水量に慣れない木々が非常に大きな影響を受けました。

ブルーマウンテンズ国立公園で猛威を振るう森林火災 ©Andrew Merry/Getty Images
ブルーマウンテンズ国立公園で猛威を振るう森林火災 ©Andrew Merry/Getty Images
水循環の変動

 ――大規模火災の後は、土砂災害のリスクが高まるのですね。
  
 リズ・バスティアンさん ええ。干ばつが数年間も続いた後に、大規模な山火事が起きました。動植物は既に長い間、過度なストレスにさらされていたのです。そして、森林火災によって植物が焼かれ、動物たちの居場所がなくなり、豪雨によって表土まで流失してしまいました。
  
 表土の流失は、動植物が新たな病原体に直面するリスクを高めます。気候変動による自然システムの崩壊は、新たな人獣共通感染症のパンデミック(世界的大流行)につながる可能性をはらんでいるのです。したがって、いかに自然システムを回復させ、干ばつ、火災、水害という負の連鎖を止めることができるかが重要になります。
  
 全てが水循環(※)の変動につながっています。地球温暖化によって、海上や地表面の水分の蒸発量が増え、それに伴い降水量も増えているといわれています。さらに、干ばつや火災で森林が失われると、地表面で水が貯留される時間が短くなります。つまり、水循環の周期が早まり、その結果、これまでにない豪雨災害が起きていると考えられるのです。
  
 また、あらゆる生命体の大部分は水でできています。木々は「緑の水」であり、人間を含む動植物も、地上で水を“貯留”しているといえます。だからこそ、生物多様性を守ることが重要なのです。
  
 国連はSDGsを掲げ、2030年までを環境回復の時代にしなければいけないと訴えています。もっと多くの生命を繁栄させ、水循環の変動を抑え、自然システムの健康を取り戻す取り組みに、一人でも多くの人が参画すべきです。一人一人が、新たな生命創造の物語を描く時なのです。
  
 ※ 海上や地表面の水が蒸発し、上空で雲となり、雨や雪となって地表面に降り、また川や海へ返るように、地球上の水が絶えず循環していることを指す。
  
 ディロンさん 地球環境と人間の健康が互いに影響を及ぼすという概念を「プラネタリーヘルス(地球の健康)」といいます。全てが相互に連関しているのです。ですから、私たちが環境に適応したり、レジリエンス(耐久力)を向上させたりするのも重要ですが、それだけでは不十分です。あらゆるレベルで、自然環境を回復させていかなければなりません。
  
 具体的な行動が大切です。例えば、植林活動を通して、森林をはじめ動植物が、水資源を地上に貯留する機能を高めなければ、異常気象による負の連鎖は止まらないでしょう。そのためには、市民と直接関わり、協働していける地方自治体の役割が極めて重要であると考えます。地球環境と人間の健康、他の生命と人間が密接に関わっていることを理解し、全てが健康であることを目指す「プラネタリーヘルス」のため、共に行動を起こしていけるからです。

ブルーマウンテンズ市を襲う豪雨(同市議会提供)
ブルーマウンテンズ市を襲う豪雨(同市議会提供)
持続可能な観光

 ――これまでブルーマウンテンズ市議会として、自然環境のためにどのような取り組みを行ってきたのでしょうか。
  
 ディロンさん 私たちは持続可能な未来に向けて、2000年から25年までの行動計画を決めて、具体的な施策を行ってきました。例えば、自動車の運転を減らし、自転車や公共交通機関をもっと利用できる環境を整えてきました。行動計画にも記しましたが、良い行動とは、環境にも、社会にも、そして経済にも利益があるものでなければなりません。
  
 ブルーマウンテンズ市には毎日、大勢の観光客が訪れています。それによって経済は潤うわけですが、環境を破壊してはいけません。私たちは常に、「持続可能な観光」を模索してきました。社会、経済、環境の正しいバランスを常に考慮し、持続可能で健康な経済を実現できるかが重要だからです。
  
 無限の成長を前提とした大量生産・大量消費という既存の経済システムを変えていかなくてはいけません。そうした問題意識をもとに、ブルーマウンテンズ市議会は数年前、「プラネタリーヘルス構想」を立ち上げました。合言葉は……
  
 ディロンさん・バスティアンさん 「システムの変革のために協力しよう」です!
  
 バスティアンさん 市議会、コミュニティーの各グループ、教育機関、ビジネス関係者、またアーティストなど、あらゆる人を巻き込んで、この「システムの変革」のために行動を起こそうと活動を進めています。
  
 長期的には、プラネタリーヘルスを回復し、災害の原因を止めることを目指して、短期的には、異常気象による災害に備えた防災知識の普及のため、ワークショップなどの各種プログラムを行っています。
  
 例えば、もともとゴルフ場だった土地を利用し、水循環の改善がいかに災害のリスクを軽減するかの実証実験を行っています。現在、試そうとしているのは、豪雨の際、17万リットルの水を地下に貯蔵できるようにし、干ばつや森林火災のために利用できないかというものです。
  
 ディロンさん まだ構想段階ですが、森の中へと続いていく道の行き止まりに、貯水タンクを設置することも考えています。街の道路を建設する際も、いかに多くの植物を植え、水害に備え、干ばつのために水を蓄えられるかを考慮しています。
  
 バスティアンさん また、市民による環境のための行動を特集するウェブ上のニュースサイトを、地域ごとに立ち上げました。現在、六つのサイトがあります。近隣でどのような取り組みが行われているのか、そのストーリーを共有することで、多くの人々が“自分ももっと行動してみよう”と思い始めています。
  
 ディロンさん こうした取り組みには時間がかかり、一歩ずつしか進みません。しかし、このボトムアップ(下から上)の変革こそ、“地球の健康を回復させるための行動は可能である”と、人々に示すことにつながると確信しています。「シンク・グローバリー、アクト・ローカリー(地球規模で考え、地域で行動する)」の実践こそ肝要です。
  
 いつも正解にたどり着くとは限りません。ですが、常に新しい知識を吸収しながら、自然環境を回復させるための行動を続けていくこと自体が、未来への希望をつむぐ旅であると、私は考えます。気候変動に対して、座して、耐えようとするだけではだめです。自然環境の回復へ行動を起こさなければなりません。

ブルーマウンテンズ市議会の庁舎
ブルーマウンテンズ市議会の庁舎

  
 ――2024年9月には、国連で「未来サミット」が開催されます。一人一人が、具体的な行動を起こすための鍵は何でしょうか。とりわけ、未来を担う若者世代へのメッセージをお願いします。
  
 ディロンさん 自然や生命を守り、回復させていこうという「慈悲」を持つには、精神的な側面が非常に重要になってくるのではないでしょうか。それは、自分自身を愛し、他者を愛し、そして自然を愛していく力です。私たちの心が“冷たい”ままでは、システムの変革などできるわけがありません。
  
 バスティアンさん 戦争も、破壊も、汚染も、もうたくさんです。子どもたちのために、そんなものを残したくない。生命を破壊するのではなく、回復させていくことに集中する時代を築くべきです。もっと希望にあふれた、誰もが望む未来へと進むために。
  
 ディロンさん 人間の人生は、長いようで短い。一人一人が、この世界に何か「変化」をもたらす使命を持って生まれてきました。特に若者には、自分たちにはその力があると信じ、行動を起こす勇気を持ってほしい。
  
 その「変化」は、大きなことである必要はありません。自分や他者を愛するという、小さなことでもいいのです。どのような立場であっても、周囲に影響力があろうがなかろうが関係ありません。大切な人々や地球を守る大樹は、その小さな“愛の種”からしか育たないからです。

Rosemary Dillon ニューイングランド大学卒。オーストラリア国立大学で博士号(人文地理学)を取得。30年以上、地方政府での勤務経験を持ち、2018年より現職。
Rosemary Dillon ニューイングランド大学卒。オーストラリア国立大学で博士号(人文地理学)を取得。30年以上、地方政府での勤務経験を持ち、2018年より現職。
Lis Bastian ニューサウスウェールズ大学卒。生活者と一緒に社会問題の解決に取り組む「ソリューションジャーナリズム」に長年携わり、2021年より現職。
Lis Bastian ニューサウスウェールズ大学卒。生活者と一緒に社会問題の解決に取り組む「ソリューションジャーナリズム」に長年携わり、2021年より現職。

  
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sdgs@seikyo-np.jp
  
●聖教電子版の「SDGs」特集ページが、以下のリンクから閲覧できます。
https://www.seikyoonline.com/summarize/sdgs_seikyo.html
  
●海外識者のインタビューの英語版が「創価学会グローバルサイト」に掲載されています。
https://www.sokaglobal.org/resources/expert-perspectives.html

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