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〈Seikyo Gift〉 ロシア語講師として歩む今〈信仰体験〉 2023年5月7日

  • 傷つけ合う武器でなく
  • つながるための言葉で

 【横浜市鶴見区】都内の語学学校で、ロシア語講師を務める杉原藍香さん(34)=副白ゆり長。省庁や商社など、現地と重要な交流のある社会人らを相手に、会話、読み書きを教えている。「ロシア語は私を形づくっている大切な一部」。高校まで不登校に悩んだ時期を支えてくれたのが、語学だった。今なお揺れる国際情勢の中で、言葉が果たし得る役割と向き合い続ける。

 とある会議室。

 「Здравствуйте(こんにちは)」「Спасибо(ありがとう)」

 ビデオ通話を介し、マンツーマンで生徒と向かい合う杉原さん。現在の職場に勤めて9年目。コロナ禍前を思うと、対面による授業が減ってしまったことが少し寂しい。

 昨年2月24日。
 テレビで流れたニュースに、目を疑った。

 あまりに受け入れがたい光景が、静かなリビングで不気味に映し出されていた。
 公道を進む戦車、爆撃を受けた建物……画面の向こうで、戦火は広がっていく。「親愛な存在が目の前で暴力に溺れていくのを、何もできずに見せられている気持ち」。ウクライナの人々が浮かべる苦悶の表情。有無を言わせぬ現実に、やるせなさが募った。

 都内の駅にあったロシア語の案内表示が、「不快だ」という利用者の声で隠されたとニュースで報じていた。「自分自身を否定されている気がしました」。長引く戦火で、日本企業が相次いでロシアから撤退。杉原さんの勤め先でも、生徒が激減した。
 ロシア語を必要とする人がゼロになったわけではない。逆風の中で、日ロの間に立つ目の前の生徒に、あすを託すような思いで授業に臨んだ。

 何のために自分はいるのか――教材を前に、思い悩む日が続く。杉原さんを支えていたのは、高校時代の原点と、言葉が今を紡いでくれたという実感だった。

大好きな家族と(左から父・英治さん、杉原さん、兄・裕樹さん=副広宣長〈副ブロック長〉、母・理恵子さん)
大好きな家族と(左から父・英治さん、杉原さん、兄・裕樹さん=副広宣長〈副ブロック長〉、母・理恵子さん)

 
 小学2年の時、いじめがもとで不登校に。教科書を見ただけで、気分が悪くなる。家でふさぎ込む毎日だった。
 「これ、一緒にやってみよっか」。ある日、父・英治さん(66)=支部長=が手作りの計算問題を持ってきた。
 何回でも解き方を教えてくれる自分だけの“家庭教師”。“分かった”が楽しい。母・理恵子さん(67)=支部副女性部長=も、国語や理科を受け持ってくれた。

 “いじめは、いじめた側が100%悪い”
 母がくれた『希望対話』。池田先生が、自分に語りかけくれているような気がした。
 通信制高校に入って2年。テレビでロシア語講座の番組が。日本語にはない独特な響きが、杉原さんの鼓膜をくすぐった。

 “きれい……”

 もっと知りたくて、買ったテキストを夢中で読んだ。進路を考える時期。創価大学のパンフレットの、あるページに手が止まる。
 “文学部・ロシア語専攻(当時)”
 一度だけ、父に連れられてキャンパスを訪れたことがあった。“こんな場所で、勉強してみたいな……”。おぼろげな気持ちに、くっきりと輪郭が生まれた。

 周囲は心配したが、初めての夢を諦めたくなかった。
 “創大に行きたい”
 思いの丈を題目に込める。受験勉強を進めながら、行き詰まった時はロシア語のテキストを開き、気持ちを奮い立たせた。
 そうして臨んだ2005年(平成17年)12月、合格の通知が。「よく頑張ったね!」。涙ながらに母が抱き締めてくれた。腕のぬくもりが、受かった実感と一緒にじんわりと胸に伝う。直後に参加した本部幹部会の中継で、池田先生は同志に呼びかけた。

 “勝ったね!”

 晴れて創大の門をくぐる。創立者との出会いを、入学式で刻んだ。「見たことのないくらい、空が青い日でした」

“語学に励みなさい”という池田先生の指針を糧に歩み続けてきた
“語学に励みなさい”という池田先生の指針を糧に歩み続けてきた

 
 大学3年次、モスクワ大学の交換留学を勝ち取る。初めての海外に、寮生活。言葉の壁にも苦心した。戸惑う杉原さんを支えてくれたのは、現地の人々だった。
 ゆっくりと話しながら、会話のコツを教えてくれた学食の女性。友達として悩みに耳を傾け、いろいろな場所にも連れていってくれた同年代の姉妹。果てしなく続くロシアの地平線を、行く先々で目にした。「その広大さは、人の中にもありました」

 親愛の印に、杉原さんは池田先生の写真集を手渡した。「美しいね」。日本の桜を眺めながら、姉妹は瞳を輝かせていた。
 “ロシア語で、きっと社会に貢献する”。杉原さんの未来図が、確たるものになった。

留学したモスクワ大学でのひととき(右から4人目が杉原さん)
留学したモスクワ大学でのひととき(右から4人目が杉原さん)
幼い頃から成長を見守ってくれた女性部の同志と(中央が杉原さん)
幼い頃から成長を見守ってくれた女性部の同志と(中央が杉原さん)

 
 危機を受けて、杉原さんは現地の友人と連絡を取った。
 ロシアの原風景を見せてくれたあの姉妹は、妹がモスクワに残り、姉は結婚した相手の生まれた国に移住。会えない寂しさと怒りを語っていた。
 一方で、別の友人から攻撃を支持する真情を吐露された時は、ショックだった。

 「戦争は絶対に間違っています」。メディアで垣間見るウクライナの惨状を、看過することは決してできない。ただ留学での日々を振り返ると、「国や全ての人が悪とされてしまうことも悲しい」。憎悪に任せた、ロシアへの誹謗中傷には心がきしむ。“知らない怖さ”を、杉原さんは思った。

 揺れる思いを携えたまま、学会活動へ。「お疲れさま!」。どんな自分でも受け止めてくれる同志の声に、表情が和らぐ。思い返せば幼い頃から、学会のおじちゃんやおばちゃんの優しい言葉に、心を温められてきた。
 傷つけ合う武器でなく、つながるための言葉の力――「言語は一つのレンズ。文化を知ることで、その国の人を同じ人間として、認め合えるようになるんだと思う」。杉原さんは、再び前を向く。

 ウクライナ危機から1年。

 今年の大学志願者で、ロシア語専攻を志望する受験生が増えたというニュースを目にした。“近くて遠い”。そう表現されてきたロシアと、今の若者が向き合おうとしている機運に希望を見いだす。

 「冬は必ず春となる」(新1696・全1253)。不登校だった時から読み重ねてきた一節だ。
 「ロシア語は私の“冬の季節”を支えてくれた、きょうだいみたいなもの。だから一生、付き合っていく」。誓いを新たに歩み出す。それが、あすの“雪解け”に続くと信じて――。(3月6日付)

誇りを胸に、ロシア語と生きる
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