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周りを幸せにしてこそ自分も幸せに――伊那食品工業株式会社最高顧問 塚越寛さんに聞く㊦ 2023年12月8日

  • 〈Switch――共育のまなざし〉

  
 会社経営の目的は「みんなの幸せ」にある。そう語る経営者は、どのような社員教育、人材育成に取り組んできたのでしょうか。7日付の㊤に続き、寒天メーカーである伊那食品工業株式会社で最高顧問を務める、塚越寛さんに聞きました。
 (聞き手=掛川俊明)
  
 ※インタビューの㊤(7日付)はこちらから読めます。

■「良い会社」ではなく「いい会社」を目指す理由

  
 ――「みんなの幸せ」を目的とした「年輪経営」について、前回の㊤(7日付)で伺いました。社是には「いい会社をつくりましょう――たくましく そして やさしく――」とあります。これには、どんな思いが込められているのでしょうか。
  
 ポイントは「良い会社」ではなく「いい会社」としている点です。良い会社は、売り上げや利益など、数字で評価された表現と考えます。
 一方で、いい会社は、会社を取り巻くあらゆる人が、日常会話の中で「いい会社だね」と言ってくれる会社のこと。そこには社員・お客さま・取引先はもちろん、地域の人たち、タクシーやトラックの運転手、会社に遊びに来た人なども含まれます。
  
 大切なのは「日常会話の中で」という点です。普段の会話で話される評価は、最も客観的で厳正なものだと思うからです。業績などを知らない人からも、「いい会社だ」と感じてもらえることを目指しています。
  

  
 そう言ってもらうためには、いつ、いかなる場面でも、親切に笑顔で人と接することや、周囲への思いやりを持つことです。
 以前、あるレストランでお店の人から、うちの社員はすぐ分かると言われました。注文時などのマナーがよくて、帰る時も片づけやすいようにお皿を重ねたり、ごみを集めたりしてくれると。
 会社近くで、雪道でスリップした車を見て、社員のみんなで駆け付けて手助けしたこともあります。もちろん、仕事でも仕入れ先を大切にしたり、飛び込みで来た営業の人に笑顔で対応したり。
  
 いい会社をつくることは、人を大切にする経営、人間尊重の経営をしたいという願いからです。この社是を当社だけのものにせず、あらゆる会社が目指して実践すれば、誰もが楽しく、快適で、幸せな暮らしにつながるのではないかと思います。
  

約3万坪のアカマツ林を整備した「かんてんぱぱガーデン」(手前)には、年間40万人ほどが訪れる。さらに本社周辺には、飲食店やショップ、ギャラリーも設けられ、一般に公開されている
約3万坪のアカマツ林を整備した「かんてんぱぱガーデン」(手前)には、年間40万人ほどが訪れる。さらに本社周辺には、飲食店やショップ、ギャラリーも設けられ、一般に公開されている

  
 ――具体的には、どのような社員教育を心がけているのでしょうか。
  
 新入社員には、必ず「100年カレンダー」を見せています。100年分のカレンダーが1枚になっていますから、この中に、私を含めて全員の命日が刻まれると話します。
 地位があろうが、お金があろうが、どんな人も人生は一度。自分の一生が、1枚に収まっているカレンダーを見て、人生について考えてもらうのです。視覚的に人生の短さを感じれば、どう生きるべきかを思う、きっかけになります。
  
 経営についてのハウツー本は、無数にあります。どうやるか、という方法論も必要です。けれど「やり方(how to do)」の前に、もっと重要なのが「どうあるべきか(how to be)」です。
 教育の原点は、「人として、どうあるべきか」「どう生きていくか」を教えることだと思います。知識だけを教えても、人は育ちません。
  
 子育てで言えば、「勉強しなさい」と言わなくても、生き方を伝えていけば、その過程で必要だと気付いて、子どもは自ら勉強するようになるものです。
 社員教育でも、人としての生き方、あり方を伝えることで、人の幸せに貢献する行動ができるようになります。
  

■会社の成長とは「社員一人一人の成長の総和」

  
 ――そうした「いい会社」にとって、企業としての成長とは、どんなものでしょうか。
  
 それは、数字で表せることでなくてもよいと思います。
 私は、会社の成長とは「社員一人一人の人間的成長の総和」だと定義しています。一人一人が人間的に成長していけば、いい会社になっていくのですから。
 人間的成長を目指せば、それに連動してスキルや知識も磨かれ、より人の幸せに貢献する仕事ができるようになって、自然に業績も上がります。そう考えれば、数値目標をノルマにしなくていい。数字としての成果は、後から自然についてくるものです。利益は「出す」ものではなく、自然に「出る」ものです。
  

  
 前回の㊤で話した「年輪経営」なら、毎年ゆっくりとよくなっていくことで、社員のモチベーションも上がっていきます。一人一人のやる気の向上は、実は経営にとって最大の効率化にもつながります。これは、資金も設備もなかった創業期に実感したことです。
  
 機械には、カタログに書かれている能力しか期待できません。しかし、人間にはカタログ値はないのです。やる気が増せば、仕事に追われるのでなく、仕事を追うようになって、何倍もの力が発揮されます。
  
 人間的成長の大切な要素は、「人を思いやる」ことです。同僚、部下、上司への思いやりに加え、家族や友人、会社や世の中、さらに地球への思いやりなども含みます。
 それが発揮され、取引先や地域の人からも「いい会社になっているね」と言ってもらえる。それが会社の成長を示す指標の一つだと思います。
  

■「ナンバーワン」より「一流」でありたい

  
 ――経営では、競争に勝つことを求められる場面もあります。「幸せ」を目的とした際、競争については、どう考えるべきでしょうか。
  
 会社が目指すべきは、「ナンバーワン」よりも「一流」だろうと思います。ナンバーワンにこだわり過ぎると、急成長志向になりがちです。それに、ナンバーワンは業界で1社しかなれません。他の会社を蹴落とせば、不幸な人を生む可能性も出てくるでしょう。
  

  
 一方で、一流は何社あってもいいんです。一流の会社は、社員やお客さま、地域、社会を幸せにします。そうした企業が共存共栄する社会なら、みんなが幸せになっていくのではないでしょうか。
 また一流は、限りなく磨きをかけていくことですから、その取り組みに終わりはありません。
  
 そのために必要なのは急成長ではなく、毎年、少しずつよくなっていく「末広がり」の経営です。よく「八」という漢字でいわれるように、末広がりこそが幸せの形です。
 末広がりの経営を続けるために、「ファンづくり」も欠かせません。ファンは「この会社が好き」と言ってくれる、会社の味方のような存在です。ファンが増えれば、自然に売り上げも増え、業績も安定します。
  

本社敷地内の「かんてんぱぱショップ」。直売店は、全国15カ所でも運営されている
本社敷地内の「かんてんぱぱショップ」。直売店は、全国15カ所でも運営されている

  
 ファンをつくるには、まずは商品がよくなければなりません。加えて、サービスの対応、社員一人一人の態度も重要です。例えば当社では、価格だけを見て仕入れ先を変えることはしません。普段からの関係を大切にして、仕入れ先を本当に大事にしています。
 さらに、あらゆる場面での振る舞いも大切です。当社の社員は車で出社する際、右折で入らず、少し遠回りしてでも左折で入ります。渋滞を生んで、近隣に迷惑をかけないようにという配慮です。
  
 どんなビジネスでも、最後は一人対一人。この一人を大切にできない会社は、いずれ衰退してしまうでしょう。社員一人一人が、1日に何人のファンをつくれるか。これが会社の命運を握っていると思うのです。
  

■「忘己利他」こそ、幸せに向かう生き方

  
 ――取材する中で、社員の皆さんが会社を愛し、楽しんで働いている様子が伝わってきました。
  
 私は、最澄(伝教大師)の「忘己利他」という言葉を大切にしています。これは「自分のためということを忘れて、他の人のためになることをするのは最上の慈悲である」(勝又俊教訳『仏教文学集』筑摩書房)という教えです。
 人に喜んでもらえる行動を重ねることこそが、最も尊い。人は、誰かの喜びや幸せにつながることをして、感謝された時に、最も幸せを感じるのではないでしょうか。
  
 経営者なら、社員のため、社会のために経営を行うこと。仕入れ先や協力企業に敬意を払い、地域社会も含めて、あらゆる人の幸せが高まるように行動しようと努めてきました。こうやって利他の心を広げ、幸せが末広がりに続いていくことが、最上位の幸せだと思うのです。
  

塚越さんの主な著書。木が年輪を重ねるように、少しずつ、けれど確実に成長していく「年輪経営」の理念は、多くの経営者から注目されている
塚越さんの主な著書。木が年輪を重ねるように、少しずつ、けれど確実に成長していく「年輪経営」の理念は、多くの経営者から注目されている

  
 社員の幸せを通じて、世の中の幸せに貢献する。そうした会社は、どんな環境変化の中でも、永続していきます。会社経営の要点は、ここにあると考えます。
  
 若い社員と接していると、心の底に正義感を持っていると感じます。自分の仕事が、人のため、社会のためになっていると実感できれば、大きな力を発揮してくれます。
 これまで多くの経営者は、社員に対して二つの手段を使ってきました。恐怖によるコントロールである「処遇」と、報酬によるコントロールである「待遇」です。
 しかし私は、これで人が気持ちよくついてきてくれるのだろうかと疑問に思います。収入も地位も必要ではありますが、むしろ若い世代の多くは、和やかな人間関係、日常の人並みな幸せを求めていると感じます。
  

  
 そのために当社は「文鎮」型の組織がよいと考えています。細長い文鎮は、持ち手だけが少し飛び出て、あとは真っすぐです。会社も、役割として経営者などのトップはいますが、あとはみんなが平等に、一緒に働く仲間として一直線に並んでいる。そういう組織でありたいのです。
  
 「ありがとうと、言われるように、言うように」。これは私が若い頃、営業先の老舗を訪ねた時に学んだ言葉です。周りの人を幸せにしてこそ、自分が一番幸せになれます。
 利他こそ、人生のあるべき姿。それを実践することが、自分の人間的成長にも、会社の永続にもつながると信じています。
  

【プロフィル】
 つかこし・ひろし 1937年、長野県生まれ。伊那食品工業株式会社最高顧問。21歳で同社の社長代行に就任し、社長、会長を歴任。社員を幸せにし、社会に貢献するとの信念のもと、「年輪経営」を提唱し、48期連続の増収増益を達成。著書に『末広がりのいい会社をつくる』(文屋)、『リストラなしの「年輪経営」』(光文社)など多数。
  

  
【ご感想をお寄せください】
〈メール〉kansou@seikyo-np.jp
〈ファクス〉03-5360-9613
  
  
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