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〈Seikyo Gift〉 “自宅で家族と暮らす”を当たり前に〈One and Only~かけがえのない命~ 信仰体験〉 2023年8月6日

  • 同じ目線に立ち、親を孤立させない
  • 何も我慢しなくていい社会をつくる

 障がいがある当事者や家族の生き方を描いてきた本連載では、今後、その日常にさまざまな形で寄り添う人々の姿も届けていきます。
 医療技術の進歩、在宅用医療機器の発達により、増えている医療的ケア児(※)。大阪府枚方市の岩出るり子さん(58)=支部副女性部長=は、そうした子どもたちの家での暮らしを支えるために、訪問看護師として小児訪問看護の道を歩んできました(6月1日付)

  

 子どもの退院前、保護者との面談から、岩出さんの伴走が始まる。
 「親御さんが一番大変な時でもあり、私が特に大切にしているのが、ごあいさつする瞬間です。少しでも気持ちが軽くなるよう、まずお話に耳を傾け、『どうか頑張りすぎないでください。子育てをお手伝いさせていただきます』と伝えています」
 病院から個々の生活空間へ――親に不安は尽きない。病状や発育状況、在宅でのケア。育児については第1子であればなおさらだろう。第2子以降は、上の子との違いに戸惑うことも。
 設立した「訪問看護ステーション みらい」は、小児訪問看護に力を入れている。いつでも親の相談に乗れるよう、24時間態勢で電話を受ける。

  

 継続した看護をするために、岩出さんは病院の医師・看護師と情報の共有も行う。
 在宅看護に入る前の試験外泊の際には、まず病院から連絡をもらう。親子が福祉タクシーに乗車したことを確認すると、訪問看護師2人が自宅前で待機。子どもを抱っこする人、人工呼吸器、吸引器、酸素ボンベを持つ人など、保健師を含め4人になるよう体制を組む。
 「どんな子も急性期を越えたら、家に帰るのが当たり前です。仕事が終わったら家に帰るのと同じ。安心・安全な環境を整えるため、そばにいるのが訪問看護師です」
 初めてのことばかりの生活は、母親に負荷がかかりがち。スタッフと確認していることがある。

  

一緒に考え、時には苦しみ、悩み、命に向き合ってきたスタッフと(左から2人目が岩出さん)
一緒に考え、時には苦しみ、悩み、命に向き合ってきたスタッフと(左から2人目が岩出さん)

 「お母さんの気持ちを聴く中で、『分かります』とは絶対に言わないこと。24時間365日、気の抜けない苦労を、全て分かるはずなんてないんです。どこに苦しんでいらっしゃるのかを見つけ、一緒に苦しむ思いで、共感を心がけています。でも、それは『理解』とは違う」
 生と死が繰り返され、喜びと悲哀が交錯する――。看護師生活は大学病院の小児科から始まった。命のはかなさと向き合った。人さし指で小さな胸をトントンと押し、心臓マッサージを施したことも。手を尽くしても救えない現実。無力感にさいなまれた。

  

 「人が生まれる意味、慈悲、同苦って何だろう?と突き詰めました。池田先生の指導を学ぶ中、苦しむ人の命に寄り添い、勇気と希望を湧き立たせることが大切と感じました」
 ある時、重い病と闘う中学生がいた。高校受験のため帰宅を望んでいたが、当時の制度では在宅でのサポートはできなかった。
 「生前、最後にした処置は摘便でした。お母さんが『おなかが膨れたままで旅立たせていたら、一生後悔したと思う。すっきりして送ってあげられて良かった』とおっしゃって。抜苦与楽の看護の原点になっています」
 「家に帰りたい」。その声を聞くたび、その人らしい自宅での生活を支えたいとの思いが募る。

  

 訪問看護を志し、別の施設で勤務。その間、法改正により全年齢の在宅療養者に訪問看護が提供できるように。2004年(平成16年)、訪問看護ステーションを立ち上げた。
 「子育ては、家族、特にお母さんが担う風潮がまだまだ強いですが、家族だけで背負うのではなく、人の手を借りることも大事。お母さんと同じ生活目線を大切にしつつ、孤立させない。心身も休めていただけるよう努力してきました」
 交流の場をつくろうと、「みらいフェスティバル」を開催。施設の利用者家族がスタッフの家族も交えて一堂に集う。ある母親からは「初めて家族そろっての外出ができた」と喜ばれた。

  

 2015年には「こどもデイサービス きぼう」も併設。児童発達支援、放課後等デイサービスを行っている。
 ケア児のきょうだいの中には、“自分のことも見てほしい”という子もいる。岩出さんは訪問すると、寂しさを感じているきょうだいも抱っこするように。そうした愛情あふれる姿に信頼は厚い。
 岩出さん自身は、夫・聡さん(56)=副本部長(地区部長兼任)=と結婚後、子どもを授かることはなかった。最初に小児科で働いたのは子どもが大好きだから。“なのに”。複雑な心情に苦しんだ。

  

利用者が使う人工呼吸器。「命に関わるので、細心の注意を払って扱っています」
利用者が使う人工呼吸器。「命に関わるので、細心の注意を払って扱っています」

 「そんな時、女性部の先輩から『全てが使命だよ』と優しく言われて。以来、関わってきた子どもたちから学んだことを講演などで話すようになりました。時がたって、あの時の先輩が『子ども、いっぱいいるじゃない』って言ってくださって。ずっと、利用者のお子さんをわが子のように大切にと祈っています。すぐに『うちの子』って言っちゃうんです(笑)」
 岩出さんの職場では逝去する利用者がいると、振り返りの時間を必ず持つ。女子部時代、看護師の先輩に教わった。「どんなに短命でも、使命があって生まれてきているんだよ。身をていして、いろんなことを教えてくれている。患者さんが亡くなって看護は終わりじゃない。学んだことをこれからに生かすことが大事」と。

  

 岩出さんは「その子から何を学んだのか。命懸けで教えてもらったことを、次の看護に生かせるようにしています。生老病死という四苦は誰も避けられません。スタッフと共に向き合い、考えながら、命の重みへの実感を深めてきました」と語る。根幹にあるのは「生命こそ宝」という信念だ。
 16年7月、神奈川県相模原市の「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件に衝撃を受けた。犯人は、重度の重複障がいがある人は不幸しか生まないと決め付け、知的障がい者施設で入所者19人の命を奪った。

  

 利用者家族の気持ちを案じた岩出さんは事件直後から、母親たちに聞き取りをした。皆が傷ついていた。「うちの子は、いらん子ではない」と目に涙をためる母も。「いろんなものを与えてくれている。私も、もらってるよ」と一人一人の尊さを真剣に伝えていった。
 「子どもたちに教えてもらうことがたくさんあります。呼吸ができないから、たんが出せないから機械をつけているだけ。当たり前におうちに帰ってきて、当たり前に学校に行き、社会に行く場所があって。そんな何でも選べる世の中にしたい。障がいがあるから、迷惑がられることや、家族が何かを我慢するというのは違う。描いていたライフプランに沿って生きていけるよう、社会が支えていくべきです」

  

「すごい生命力と可能性を持った子どもたち」
「すごい生命力と可能性を持った子どもたち」

 大切にしている池田先生の言葉がある。〈生命は機械ではない。人間は、モノではない。(中略)だからこそ『看護(ケア)』の役割が大きい。言葉によるケア。笑顔によるケア。話を聞くケア。病人と身近に接し、『喜び』を引き出し、『勇気』を引き出し、『生きる力』を引き出していく〉
 大阪では3年前、医療的ケア通学支援事業が始まった。看護師が同乗する介護タクシーなどを利用し、保護者が付き添わなくても医療的ケア児が登下校できる。制度の立ち上げに当たり、訪問看護師としての意見も会議の場で伝えてきた。
 命に尽くし、学ぶ人生。岩出さんは、非常勤講師やセミナー講師のほか、在宅看護を充実させるための要職を担う。肩書が増えても、「看護師さんって呼ばれるのが、一番うれしいんです」。

  

MEMO

医療的ケア児 人工呼吸器や胃ろう等を使用し、たんの吸引や経管栄養などの医療的ケアが日常的に必要な子どものこと。多くが出生後、NICU(新生児集中治療室)等に長期入院する。新生児の救命率向上により、自宅で暮らすケア児は増え、全国で約2万人と推計され、この約10年で2倍に。家族をサポートする制度が充実してきたが、進学支援など課題も多い。

岩出るり子さん 1965年(昭和40年)生まれ、67年入会。「訪問看護ステーション みらい」の代表取締役。小児訪問看護に長年携わる。大阪府訪問看護ステーション協会理事、枚方市訪問看護ステーション連絡会顧問などを務める。全国で講演を行い、小児在宅医療の専門書も共同執筆で出版。府内の専門学校や大学の非常勤講師として小児在宅看護などを教える。先月には「大阪府看護事業功労者表彰」看護師の部で表彰を。看護に携わる女性部の集い「白樺会」の総大阪副委員長。

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