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台所は、地球とつながっている――料理研究家 土井善晴さんに聞く㊦ 2023年5月13日

  • 〈Switch――共育のまなざし〉

  
 料理することは、実は地球とつながることでもある――。料理研究家の土井善晴さんは、家庭料理における「一汁一菜」の提案を通して、料理の持つ幅広い力について発信しています。12日付の㊤に続き、料理することの奥深さを聞きました。
 (聞き手=掛川俊明、村上進)
  
 ※インタビューの㊤(12日付)はこちらから読めます。

■「細胞の一つが喜ぶおいしさ」が豊かな感性を磨く

  
 ――前回の㊤(12日付)では、一汁一菜というスタイルについて伺いました。ご飯と味噌汁は食べ飽きない、という話は印象的でした。
  
 食べ飽きるものと、そうでないものがあるのは、自然と人工の違いです。人工を優先するのは西洋的な考えによるものです。
 「脳が喜ぶ快楽的なおいしさ」と「細胞の一つが喜ぶおいしさ」をどう捉えるかという違いもありますね。肉の脂身やマグロのトロが、食べると反射的に「おいしい!」となるのは、舌先と直結した脳が喜ぶ「快楽的なおいしさ」です。
 「細胞の一つが喜ぶおいしさ」というのは、食べた後に「身体がきれいになったような気がする」ということがあるでしょう。落ち着いて静かにしていないと気が付かないことかもしれません。
  

土井さんの主な著書
土井さんの主な著書

  
 快楽的なおいしさというのは、カーニバル(お祭り)で食べるものです。静かにしていないといけないのは、野菜の風味、毎日食べる味噌や漬物といった自然が作る穏やかなおいしさです。それは心地よさとして身体が受け止めているのです。
 前者はあえていえば晴れの食べ物で、後者は毎日の料理の中にあるものです。お店で食べるラーメンや焼き肉は、前者になるでしょう。
  
 たまに食べて楽しむものと、毎日食べて心身を整える食べ物を意識して区別してください。
 快楽的な食べ物って、受け身でいられますから、楽ちんなんですね。後者の食べ物は、静かにしていなければ聞こえてこない川のせせらぎや、鳥のさえずりのような音に例えられますね。静かにしていないと聞こえてこないおいしさが、感性を磨いてくれるのです。
  

■料理も「ええかげん」でいいんです

  
 ――小さな変化に気付いて、感性を磨く。料理には、そうした力も備わっていたんですね。
  
 私は大阪生まれですが、大阪の言葉には、今でも知恵がたくさんあると感じています。大阪の言葉に限りませんが、土地の言葉は、その土地とつながった、地に足が着いた言葉なんですね。
 子どもの頃は、「ええかげんにしなさい」言うて、よう大人に叱られました。
 「ええかげん」とは、昨日と今日は違うやろということです。「アホの一つ覚え」言うて、同じことばかりしてたらいけません。ちゃんと自分で考えて、どこまでが良くて、どこからが悪いかを、状況に応じて自分で判断できなあかんと言うてるわけです。
  
 昨日と今日は違います。この世は、ものともの、人と人、ものと人、自然と人、全て関係の間で変化するのです。いつもいろんなことを感じたり、思ったりするでしょう。それが情緒です。
 自分で直観的にどうするかを感じなさい。いくら考えても分かることじゃないし、教えられることじゃない。「ドントシンク、フィール!(考えるな、感じろ!)」って、ブルース・リーが言うてたやつです。料理もそうですね。自分を信じて料理できたらいい。
  

  
 レシピいうのは他人の感性に依存するということですから、それこそ「ええかげん」にしたらいいのです。レシピ通り調味料を正確に計量するだけでは、なんにも楽しくないでしょう。クリエーション(創造)である料理がただの計量作業になってしまう。それではもったいない。
  
 大阪の言葉には「知らんけど」というのもあります。何でも分かっているのかなと思いきや、最後に「知らんけど」って言うのです。それが正しいか、間違いかはきちんと自分で考えて答えを出しなさいよ、っていう意味です。無責任に聞こえますけど、相手の考えを尊重するということです。
 今よく聞く「自己責任」とは違います。自分で信じたことが間違ってたら、自分で責任を取ればいいだけのことなんです。そんなん当たり前のことでしょう。自己責任は人に対していう言葉じゃない。「自己責任」という人がいちばん無責任な人じゃないでしょうか。
  

■「進化」と「深化」は違うものです

  
 私たちは、新しいことをやらんとあかん、誰もやっていないことをやりなさいと、「進化」しろとずっと言われてきたんです。
 和食には「何もしないことを最善とする」という考えが根本にあります。それが素材を生かすこと。今あるもの(旬)を食べることです。だから、和食は工夫しないことが大事なんですね。それが和食の真価です。そこに「道」があることが分かるでしょう。
  

  
 では、「進化」とは何か? 西洋の自然観から生まれた人間の存在価値です。
 和食における、人間存在の創造は「深化」です。西洋の人間存在の創造である「進化」とは、まるっきり違うのです。でも、日本の私たちは半分西洋人のつもりですから、話がややこしい。
 「進化」には、そう生きるべきという宗教や哲学が土台にあります。その土台なしに「進化」しようとするから薄っぺらいのです。ちょっと難しくなりました。私たち日本人が得意なことは「深化」です。
  
 ある時、高校で講演をしたら、生徒から「家庭料理のない家もあるんだから、そんな話をしないでください」と言われたことがあります。1人暮らしでも自分で作って自分で食べることが大事だと言ってきましたので、彼にも自分で作って食べなさいと言いました。
 料理とは人間を人間たらしめる行為だからです。人間は料理する動物だからです。人間は料理することで人間になりました。料理は文化です。文化とは、人間が自らの命を守る術なのです。
  

■自然と人間の間に「料理」があります

  
 ――著書では、地球と人間の間に料理があると書かれています。自然や地球は、日常とは離れた大きなもののように感じますが、料理とはどのように関係するのでしょうか?
  
 料理しようと思えば、自然を思う。自然を思えば自然を大切にしようと思うでしょう。
 翻って、食べる家族を見れば、家族を思って料理するでしょう。すなわち、料理する人は、地球(自然)と人間の間にあるのです。それぞれの家の台所は、地球とつながっていることが分かるでしょう。
  

  
 今、世界の大問題は環境危機でしょう。このままでは30年先には、人間の力で自然を制御できる限界を超えてしまうといいます。自分のことならどうでもいいと言えますが、子どもたちや、まだ生まれてこない孫を思うと、ちゃんと考えないといけません。
 全ての命は、次の世代のためにあるのです。私たちに何ができるか。それは料理することだと考えています。
  
 味噌汁の中に何でも入れて食べ切ることです。みんながそうすれば、家庭におけるフードロスはすぐにでも解決します。
 ちゃんと知ることですね。現状から目を背けないでほしい。ちゃんと地球に参加しろということです。
  

■料理をなめてはいけない――「もの喜び」できる人に

  
 ――著書では「料理をなめてはいけない」というタイトルの章もありました。
  
 そうなんです。料理をなめたらあかんのですよ。
 「食べるだけの人」は、自分勝手でしょう。おなかがすけば機嫌が悪くなるし、酒を飲めば酔っぱらう。身体と精神は平衡するのです。食べるだけの人の多くは、男の人でした。
 「人間が何を食べてきたか」という書物は何冊もあるでしょう。それって、男の権力の歴史なんですね。一方、「人間はどんな思いで料理をしてきたか」ということを、きちんと考えた学術書は、世界中どこを探してもありません。
  

  
 料理する人の思想をみんなが持つべきです。一汁一菜でいいですから、全ての人が料理できるようになると、料理する人の気持ちが分かるでしょう。そうすれば何かが変わるかもしれません。
 料理して食べるという暮らしに幸せはあるのです。いつも変わらないところに無限の気付きがあるのです。具だくさんの味噌汁の話をしましたが、一わんの中に無限の自由があります。有限の無限です。有限の世界の中に、毎日違うものができてくる。それを見つけるのです。
  
 自ら発見するところに喜びがあります。小さな発見の積み重ねが、大発見、大発明にもつながるのです。
 小さな気付きをする人を関西では「もの喜びする人」といいます。お料理をしても、自分で食材の違いに気付いて変更できる人、お料理を食べても自分で気付いて喜べる人です。そんな人は自らうれしくなって、笑顔になって、周りの人を幸せにできる人なのです。
  

  
【プロフィル】
 どい・よしはる 1957年生まれ。料理研究家。「おいしいもの研究所」代表。十文字学園女子大学特別招聘教授。東京大学先端科学技術研究センター客員研究員。日本の伝統生活文化を現代に生かす術を提案。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮文庫)、『くらしのための料理学』(NHK出版)など多数。
  

  
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〈メール〉kansou@seikyo-np.jp
〈ファクス〉03-5360-9613
  
  
 連載「Switch――共育のまなざし」のまとめ記事はこちらから。過去の記事を読むことができます(電子版の有料会員)。

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