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〈スタートライン〉 「キヤスク」代表 前田哲平さん 2024年9月8日

  • 体が不自由な人の衣服のお直しサービスを展開
  • 誰もが着たい服を選べる社会に

 体が不自由なため、着たい服を諦めなければいけない人がいる。前田哲平さんは、そうした声に耳を傾け、体に障がいがある人のための衣服のお直しサービス「キヤスク」を立ち上げた。“当事者の気持ちを大切にしたい”――前田さんの言葉から熱い思いが伝わってきた。

  
 ――体の不自由な方へ向けた衣服のお直しサービスとは、どのようなものですか。
  
  
 世の中には、生まれつきや病気、けがなどによって体に不自由があり、着たい服を自由に選べない人がたくさんいます。
 お気に入りの服を着られなくなった人。着やすいからという理由で好みでない服を着ている人。選択肢が少なく、おしゃれを諦めてしまっている人。
  
 「キヤスク」では、そういった方が着たい服を身に着けられるよう、既製の服を直します。気軽に依頼でき、着やすくお直しするという意味で、サービス名を「キヤスク」にしました。
 
 具体的には、前開き加工や、ボタンを面ファスナーにする加工、ズボンの横開き、長時間座っている方のための褥瘡対策などを行っています。
  

キヤスク提供
キヤスク提供

  
 ――“気軽に依頼できる”とは?
  
  
 当事者から話を聞く中で、いくつか分かったことがあります。そもそも、服を店舗に持ち込み、後日、受け取りに行く。それ自体、移動が大変です。また、店舗で「〇〇円~」という表示を見ますが、依頼内容が特殊なため料金が高額になる不安もあります。さらに、店員に嫌な顔をされたり、断られたりすることもあり、心理的な負担も大きいのです。
  
 そこで「キヤスク」では、全てのやり取りをオンライン化。料金も手頃で、細かく具体的に設定し、実例も掲載。受け付けもお客さまのニーズを理解できる人に担当してもらっています。
  

当事者の声を聞く

 ――大手アパレル会社を退職し、現在のサービスを立ち上げました。その理由は?
  
  
 職場で耳の不自由な同僚と話す機会がありました。「体に障がいのある友人が、着られる服がなくて困っている」と言うのです。
 日頃からいろんなお客さまと接しているのに、僕にはどういう状況なのか想像できませんでした。本当かと疑いもしました。
  
 そこで、自分の目で確かめたいと思い、その方を紹介してもらったのが始まりです。その後、障がい者支援の団体に連絡を取ったり、そのネットワークを通してアンケートを実施したりするなどして、約800人から意見を聞きました。
  
 その中で分かったのは、「着られる服がない」のではなく、着たいわけではない服を「我慢して着ている」ということです。
  
 一般に売られている衣服は健常者を想定して作られています。だから、障がいのある人には、着るのに手間がかかり、ブランドやデザインを気に入っても諦めるしかない。脱ぎ着のしやすさから「仕方なく着ている」のが実情なのです。
  
 もう一つ分かったのは、着にくさのポイントは一人一人違うということです。同じ車いすユーザーでも、右半身にまひがある人と左半身にある人で要望は異なります。また、ファスナーが楽な人もいれば、スナップボタンでないと留めづらい人もいる。共通の形というのはないのです。
  
 最初は勤めていた会社で商品を出すのがゴールだと思っていました。実際に商品化もしましたが、いくつか商品を作っても、一部の人の選択肢の一つにしかならず、根本から課題を解決できないと気付いたのです。
  
 全ての人の選択の幅を同じにしたい。体に障がいがあっても、健常者と同じように、自分が着たいデザインの服を自由に選べるようにしたい。もし僕がやらなければ、今悩んでいる人たちは、そのままになってしまう――。
  
 僕はこの問題に本腰を入れて挑戦しようと思い、退職を決断しました。
  

  
 ――スタッフには、ご家族に障がいのある方が多いそうですね。
  
  
 15人のうち半数は障がいのあるご家族がいます。お客さまが頼みやすい環境をつくりたいという思いもあって採用しました。ご家族のために身に付けた技術やノウハウを生かし、当事者だからこそ気付ける提案をしてくださいます。他の方も、縫製の技術を障がいのある方の役に立てたいという強い思いをお持ちです。皆さん、お客さまの気持ちに寄り添い、正解を示すのではなく、何が最適かを一緒に考えてくださっています。そして、お直しした洋服をお返しするとき、手書きのメッセージを書いて同梱してもらっています。だから、お客さまと同じくらい、お直しする人も大切な存在なのです。
  
 また、障がい者のご家族がいる方は、外出が難しかったり、フルタイムで働けなかったりします。うちではオンラインを活用し、空いた時間で仕事ができるようにしているので、気軽に参加しながら人の役に立つことができると、喜んでくださっています。
 

衣服のバリアフリー

 ――それは「衣服のバリアフリー」を目指すものですね。
  
  
 好きなブランドの服を着る。応援しているチームのユニホームを着る。推しのTシャツを着る。みんなと同じ制服を着る――。着たい服を着られたら、誰だってうれしいですよね。
  
 その意味で、衣服には「心を豊かにする力」があります。だからこそ、着たい服があるけど諦めるしかない、という心の壁を取り除きたいのです。
  
 衣服は全ての人に共通のものですから、障がいについて考えるには格好のツールです。
  
 「キヤスク」の取り組みを発信していくことで、障がいのある方はもちろん、社会全体に、こういう状況を知ってもらいたい。衣服を入り口にして、健常者と障がい者のバリアーをなくしていく。そういう役割を担っていきたいのです。
  
 これまでさまざまな事例を通して、ノウハウを蓄積してきました。今後はアパレル企業と連携して、障がいのある方が初めから着やすい服を世の中に増やしていきます。いろんなブランドから少しずつでも商品が出るようになれば、選択肢も認知も広がっていくはずです。
  
 私たちだけでなく、皆さんの力を借りて、この活動を広めていきたいのです。
  

シャツの前開き。腕を曲げにくい人などが着やすくなる
シャツの前開き。腕を曲げにくい人などが着やすくなる
ズボンの横開き。股関節や膝が曲がりにくくてもはきやすくなる
ズボンの横開き。股関節や膝が曲がりにくくてもはきやすくなる
肩開き。首回りに広さができ、着脱しやすくなる。写真はスエット
肩開き。首回りに広さができ、着脱しやすくなる。写真はスエット

 まえだ・てっぺい 1975年生まれ。福岡県出身。大学卒業後、銀行勤務を経て、2000年に株式会社ファーストリテイリング(ユニクロ)入社。20年12月に同社を退職し、21年1月に株式会社コワードローブを設立。22年3月、服のお直しオンラインサービス「キヤスク」を開始。

「キヤスク」の公式ウェブサイトはこちら

【記事】安孫子正樹
【写真】中野香峯子

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