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〈ターニングポイント 信仰体験〉 私が染め物作家を目指すワケ 2024年1月4日

  • 「仕事は人のため」
  • 祖父の生き方を継ぐ

 深夜0時過ぎ、職場をあとに、終電に飛び乗る。まぶたをこすり、独り、家に戻っていく。

 氏名:下平陽子
 職業:エステティシャン
 住所:埼玉

 働いて3年。地道に信頼を得て店舗の副店長になり、社内表彰も受けた。ただ、毎日が鬼のように忙しくて、ずっと追われているような感じ。仕事は好きだけど、なんだかむなしくなってくる。
 「今日はさ、会合でこんなことがあって……」
 栃木の実家から、かかってくる電話。学会活動バリバリの母だ。家族の近況や活動のことを、あれこれ話してくれる。でも「そうなんだ」としか返せない。

 これだ。モヤモヤの正体。埼玉に越してから、コロナ禍も重なり、ほとんど会合に出られなくなっていた。立ち止まるどころか、自分だけ、みんなから遠ざかっているような気がしてもどかしい。
 「祈ったら大丈夫、大丈夫!」――ふとよぎる、栃木の池田華陽会でお世話になった先輩の声。小さいことは気にしない、“アネキ”な人だった。気付けば頑張っていた2、3年前のことを、懐かしんでしまっている。

 “このままじゃいけない”。時間をこじ開けて、なんとか会合に。そこで久々に池田先生の言葉に触れた。
 “幸福とは向上の中にある。前進し続ける人生にある”
 心がふわり。そっと、背中を押された気がした。胸躍るような次のステップ。本気で考えてみようと思った。

 「実はおじいちゃん、少し前に体調崩して……」。数日後、かかってきた電話の母の声は、いつもより少し沈んでいた。陽子は休みを取って帰省した。
 祖父(清人さん=ブロック幹事)は、染め物の一つ、「型染め」の作家。模様をかたどった型紙をもとに、顔料・染料で生地に色付け。帯や着物、のれんなどに、文様や絵を自由に施していく。陽子も幼い時から、実家の工房に立つ祖父の背中を見てきた。

 この道68年。80歳を過ぎても現役で、「あと2年くらい」と言いつつ、顧客を相手に全国を飛び回っていた。だから入院していたなんて、信じられない。
 久しぶりの作業場。鮮やかな絵の具、薬品の混ざった匂い、年季の入った筆にハケ……やっぱりそこに、祖父はいた。

 「ただいま」
 「おう」

 前に会った時よりも、少し痩せたように見える。
 天井には色を付け終えて、乾くのを待つばかりの新作が。“きれい”。昔から祖父の絵が好きだった。淡くて、繊細で、優しくて……工房には陽子の知らない祖父の人生が、ぎゅっと詰まっている気がした。

 だけど、その時間は無限じゃない。祖父が命を懸けて守ってきたもの。その続きを描くのは……「私、型染めの勉強する!」。

最近染め出した猫の絵
最近染め出した猫の絵

 同じ頃、埼玉の働き先から独立し、東京で開業した同僚から相談があった。
 「うちを手伝ってくれない?」
 陽子の両サイドに、二つの道。

 “どうしよう”

 またとない話。どっちも、手放したくない。
 「家業を継ぎたいと思ってて」。同僚に胸の内を伝えた。

 「それでもいい!」
 一緒に働いていた時、学会員だと打ち明けたことがあった。実は同僚にも、近所に住むメンバーとよしみがあったという。感謝が込み上げた。思えば、「3年は同じ場所で踏ん張れ」と、埼玉に送り出してくれたのも祖父だった。

 あとは自分次第。答えは決まっていた。
 
 “両方やる!”

 不安はあるけれど、全ては池田先生に心を向けた時から動き出した。ここで前を向かなくてどうする。まずは“できる”って信じなきゃ、何も始まらない。
 昨年1月から実家に戻り、本格的に型染めの指南を受け始めた。

細緻なタッチの力作「手描水族館」
細緻なタッチの力作「手描水族館」

 「ちがう!」「何してんだ!」。祖父は基本に厳しい。でも決して、陽子の描く絵そのものを否定はしない。

 「俺を継ぐ必要はないよ」

 それは、祖父の絵をまねるんじゃなくて、自分の型を見つけろってことだ。一人の作家として見てくれている。だから応えたい。

 春に一つ、初めて作品を仕上げた。8メートルの帯。型紙じゃなくて、あえて筆で直接色を入れる手法。テーマは「水族館」。青を基調にして、世界中の海の生き物を一度に見られるワクワク感を、生地に込めた。
 応募した県の美術展で、入賞することができた。何よりうれしかったのは、前より祖父が元気になったこと。

 「あと5年は頑張るかな」

 1週間ごとに、工房と東京のエステを行き来する日々。大変だけど、楽しい。欲張ってよかったと心から思う。

 氏名:下平陽子
 職業:エステティシャン
    型染め作家(見習)
 住所:栃木と東京

 「仕事は人のため」
 日常を彩る生活用品にこだわってきた、祖父の姿勢。自分にできる全部で、その生き方を継いでいく。

母(あいさん・後列左)とおば(須田いくさん・後列右)も、祖父(前列右)と一緒に工房を守ってきた。祖母(前列左)の日だまりのような優しさが家族を包んでいる
母(あいさん・後列左)とおば(須田いくさん・後列右)も、祖父(前列右)と一緒に工房を守ってきた。祖母(前列左)の日だまりのような優しさが家族を包んでいる
陽子のルーツ

 「仕事は祖父、信心は祖母に教わりました」

 実家のリビングには、いつも御本尊に向かい、本紙や御書を読み込む祖母(芳江さん=地区副女性部長)がいた。「陽子ちゃん聞いてて!」「負けちゃいけないのよ!」。時に涙しながら、池田先生の言葉を読んで聞かせてくれる。祖母の温かい声から、その胸に根付く師匠の温度を感じ取った。

 仕事一筋の祖父もまだ止まらない。陽子が戻ったあと、海外進出を進める大手ショッピングセンターから打診を受け、作品がカンボジアの店頭に並ぶように。「下平清人は元気だって、池田先生に伝わるかな」。そんな大きい背中が、陽子の芯をつくってくれた。

 家族を貫く強さは、「私の福運は全部家族に」と願う、祖母の存在があったからだと思う。「だから私が、今度はおばあちゃんのことを祈ろうって思うんです」。祖母が学会で育み、家族に向ける心もまた、陽子が守りたい大切なものだ。

 しもだいら・ようこ 1996年(平成8年)生まれ、翌年入会。栃木県在住。実家の工房で、「型染め」(染色技法の一つ)の作家を目指しながら、東京でもエステティシャンとして働く。県池田華陽会サブキャップ。


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