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〈Switch――共育のまなざし〉 母2人 不登校のわが子に学ぶ 2024年4月5日

  • どんなふうでも
  • あなたがあなただから
  • 好きなんだ

 名古屋市中川区に、わが子の不登校を共に乗り越えた“2人の母”がいます。山崎真由美さん(47)=地区女性部長=はASD(自閉スペクトラム症)で知的障がいのある長男と、持舘清美さん(52)=区女性部長=は起立性調節障害(自律神経の不調で朝、起き上がれなくなる疾患)のある長女と、それぞれ学校に行けない日々を受け止め、励まし合ってきました。子どもたちは15歳で同い年。一緒に高校進学の春を迎えた今、2人の母は何を思うのでしょうか。(記事=大宮将之)
  

花は咲く 信じて待つ
山崎真由美さん㊧と持舘清美さん
山崎真由美さん㊧と持舘清美さん
山崎真由美さん㊨が長男・浩輝さんと楽しく語らう。好きなことをとことん追求できる浩輝さんが今、ハマっているものの一つが大人気ゲーム「マインクラフト」。自由に建築や冒険を楽しめる内容で、その話題となると話が尽きない
山崎真由美さん㊨が長男・浩輝さんと楽しく語らう。好きなことをとことん追求できる浩輝さんが今、ハマっているものの一つが大人気ゲーム「マインクラフト」。自由に建築や冒険を楽しめる内容で、その話題となると話が尽きない
持舘清美さん㊧と長女・秀美さんが愛犬“かっちゃん”と。もともとは秋田県で飼育放棄された保護犬だったという。秀美さんが不登校だった頃に迎えて以来、一家のアイドルに。秀美さんいわく「かっちゃんは、わが家で一番偉いのは“お母さん”だって分かってる」
持舘清美さん㊧と長女・秀美さんが愛犬“かっちゃん”と。もともとは秋田県で飼育放棄された保護犬だったという。秀美さんが不登校だった頃に迎えて以来、一家のアイドルに。秀美さんいわく「かっちゃんは、わが家で一番偉いのは“お母さん”だって分かってる」
“フツー”ができない

 前週末の“寒の戻り”から一転、3月31日の名古屋市は最高気温25.2度の夏日となった。JR名古屋駅から車で20分、平年より遅く咲いた桜を横目に見つつ、中川大勝区富田本部の家庭教育懇談会が行われる会場へ。語らいの花も一輪、二輪と開いていた。
  
 一人が子育て・孫育ての喜びや悩みを口にすれば、「実はわが家も……」と続く。ある女性は「孫が学校に行けていなくて」と打ち明けた。皆が耳を傾ける。その中に、深くうなずく山崎真由美さんの姿があった。隣には、単身赴任先の長野県から帰っていた夫・孝良さん(副堅塁長=副ブロック長)もいる。
  

中川大勝区富田本部の家庭教育懇談会(先月31日、名古屋市で)
中川大勝区富田本部の家庭教育懇談会(先月31日、名古屋市で)

  
 山崎さんが言葉を引き取った。「私の長男も小学2年から卒業するまで不登校だったんです」。長男・浩輝さんの発達障害が診断で分かったのは2歳の時。同年代の子であれば“普通”にできるとされることができない。小学3年で普通学級から特別支援学級に移ったものの、うまくなじめず通えない。「“フツー”に学校に行けないことに内心、引け目を感じていました」
  
 中学は「学びの多様化学校」に進学。学習指導要領に縛られず、個々の状況に応じた授業時間や学習を設ける学校である。浩輝さんは3年間、休まず登校し、第1志望の高等専修学校に合格できた。
  
 「この間、学会の皆さんにどれほど支えていただいたか……今は『不登校で良かった』とさえ思います。小学6年になる次男も不登校になっていますが、もう、動じません。『一緒に過ごせる時間を楽しもう』って決めています」
  

家庭教育懇談会で聞いたアドバイスを書きとめる
家庭教育懇談会で聞いたアドバイスを書きとめる
家庭教育懇談会に参加した友が笑顔で
家庭教育懇談会に参加した友が笑顔で
「安心感」から

 なぜ山崎さんは、そう思えるようになったのか。「子どもは安心して笑顔でいられる環境でなければ、何かを学ぶことはできないと気付いたから」だという。
  
 小学生の頃の浩輝さんはいつも悲しそうな、つらそうな顔をしていた。自閉スペクトラム症の特性ゆえか、ずっと同じ姿勢でいるのが苦手。味覚や触覚が過敏で、給食の牛乳が飲めなかったり、体操服の肌触りを不快に感じたり。体育の授業時に「体操服に着替えるのがルールだから」と大好きなサッカーをさせてもらえず、悔し涙を流しながら見学したこともある。
  
 「浩輝はジャージなら着られたので、私から担任の先生に相談すれば良かったかもしれない」と、今なら思う。学校を責めるつもりはない。ルールは全て「子どもたちのためにある」と教員が考え、実直に取り組んでいただけであろうことも想像できるから。人手が足りない中、個別の対応に当たる難しさも理解できる。一方で、毎日泣いているわが子を見ては「本当にこれでいいのだろうか」と、苦悩していたのも事実である。
  
 そんな心情をありのまま受け止めてくれたのが、学会の同志だった。女性部の友は、目を潤ませながら話を聞いてくれた。教育部の友は、「不登校は“逃げ”でも“怠け”でもありません。“戦って”いるんです。現在の学校や社会のどこに問題があるのか、何を変えなければいけないのかを、私たち大人に教えてくれているんです」と言ってくれた。創価女子短期大学時代の同期や先輩たちにも、電話やLINEでどれほど励ましてもらっただろう。
  

山崎真由美さん㊧が夫・孝良さん㊥、長男・浩輝さんと
山崎真由美さん㊧が夫・孝良さん㊥、長男・浩輝さんと

  
 山崎さんは実感した。「自分の気持ちを分かってもらえてる安心感から、頑張る力も湧いてくるんだ」。それは、大人も子どもも違わない。
  
 浩輝さんが「学びの多様化学校」への進学を志し、準備を始めていた2020年、小学校に通えなくなった同い年の未来部員がいる。中川大勝区の婦人部長(当時)を務めていた持舘清美さんの長女・秀美さんである。
  

責めなくていい

 もともと秀美さんは学校が大好きで、明るい性格。学級委員長を任され、教員や友人からの信頼も厚い。持舘さんにとって「まさに自慢の娘でした」。それが、6年生になってから様子が変わった。
  
 毎朝、なかなか起きられない。ひどく疲れて帰宅する。持舘さんは当初、「夜遅くまで起きてるからよ」と注意していたという。しかし――ある日曜の夜、秀美さんが肩を震わせながら言った。「もう学校に行きたくない……」
  
 血の気が引いた。落ち着いてから話を聞く。教員や友人との関係に、問題はないらしい。翌日、小児科へ。そこで「起立性調節障害」と診断されたのである。
  
 原因が分かってホッとしたのもつかの間、胸に込み上げたのは自責の念だった。なぜもっと早く気付けなかったのか。私の子育てに問題があったのではないか。地域活動や学会活動にいそしむあまり、わが子とちゃんと向き合えていなかったのではないか……御本尊の前に座っても、脳裏を巡る思いは、そればかり。反抗期を迎えていた秀美さんが以前、口にした“信心への反発の言葉”も去来する。
  
 女性部の先輩にありのまま打ち明けると、“自分を責めなくていい”といたわるように首を横に振り、先輩は語った。「秀美ちゃんに感謝の題目を送ろう。“今まで、こんなに頑張ってくれていたんだね。ありがとう”“お母さんに大切なことを教えてくれているんだね。ありがとう”って」。さらに「今は家族と過ごす時間を最優先で」とも。
  

にぎやかな持舘家。右から清美さん、愛犬かっちゃん、長女・秀美さん、母・吉松清子さん(※「吉」は「土」に「口」)、夫・伸一さん
にぎやかな持舘家。右から清美さん、愛犬かっちゃん、長女・秀美さん、母・吉松清子さん(※「吉」は「土」に「口」)、夫・伸一さん

  
 持舘さんはご祈念帳に「感謝」の二字を書き加えた。夫の伸一さん(地区部長)も、思いと祈りを共有した。
  
 娘の不登校と向き合う日々を“共戦”してくれた創価家族は、一人や二人ではない。同じ中川大勝区で地区婦人部長(当時)として活動する山崎真由美さんの存在は、どんなに大きかったか。持舘さんは振り返る。「“不登校の意味”をマイナスからプラスに転じようとする真由美さんの生き方に、私はとても勇気づけられたんです」
  

祈りが変わった

 区女性部長の持舘さんにとって、地区女性部長の山崎さんとの関係は「励ます側」と「励まされる側」といった一方通行のものではない。むしろ、不登校においては山崎さんのほうが“先輩”。自然と尊敬の念をもって、その姿勢に学ぼうとする。山崎さんもまた、赤裸々に胸のうちを明かしてくれる持舘さんに安心感を覚え、何でも話せるようになっていったのである。
  
 共に歩む“2人の母”の祈りも変わった。“不登校を何とかしたい”から、“わが子に笑顔でいてほしい”という願いへ。“わが子よ、生まれてきてくれてありがとう”という感謝へ――。
  
 悩み苦しむ子どもたちに、親としてどんな“心”を伝えるべきか。かつて池田先生が語った言葉がある。
 
 「私は、あなたが、どんなふうになっても、絶対に、あなたを守る。あなたを支える。あなたが『いい子』だから愛しているんじゃない。『勉強ができる』から大事にするんじゃない。『がんばっている』から好きなんじゃない。あなたがあなただから好きなんだ」
  
 そんな“心”から生まれた言葉や関わりが、家庭に満ちたからだろう。山崎家・持舘家の子どもたちに笑顔が少しずつ戻っていった。
  

浩輝さんが自らのモットーを書いた色紙を手に
浩輝さんが自らのモットーを書いた色紙を手に

  
 山崎さんの長男・浩輝さんは「学びの多様化学校」に進学し、たくさんの友人を得た。学ぶ楽しさも知った。大好きなバスに関する知識も増え、時間があれば一人で名古屋市内をバスであちこち回るほど行動範囲も広がった。
  

駅前のバス停で
駅前のバス停で

  
 一方、地元の公立中学校に進んだ秀美さんは、母の付き添いのもと、午後から学校に通うようになった。この間、小学校からの友人たちが起立性調節障害について自ら理解を深め、“絶妙な距離感”で伴走してくれたことが「本当にうれしくて」(秀美さん)。持舘さん夫妻が「秀美が喜ぶなら」と、秋田の保護犬だった柴犬“かっちゃん”を迎えてからは、家庭の雰囲気が一段と明るくなった。
  
 秀美さんは中学3年になると元気に登校できるようになり、希望にかなった通信制の高校に合格したのである。
  

愛犬かっちゃんと散歩
愛犬かっちゃんと散歩
秀美さんにとって、かっちゃんは最高の癒やし
秀美さんにとって、かっちゃんは最高の癒やし
太陽の光があれば

 春3月。「学びの多様化学校」の卒業式で、生徒を代表して先生への花束贈呈を託されたのは、浩輝さんだった。式典後、心通わせた友人たちと名残惜しそうに笑顔で語らうわが子の姿に、山崎さん夫妻は涙した。
  
 秀美さんは、学会の座談会で「門出を迎えた未来部員やお世話になった皆さんに」との思いを込め、同級生の女子中等部員と一緒に“ギター演奏と歌”を披露した。
  
 以前は信心に反発していたのがウソのよう。思えば秀美さんは昨年11月、近隣の会館で行われた池田先生の学会葬に参加した帰り道、「お母さんが学会活動を頑張っている理由が分かった気がする」と話していた。母子で苦楽を共にした日々を通し、何か感じるものもあったに違いない。自宅のリビングには、秀美さんが描いた持舘さんの横顔のイラストが、「母は強し」との言葉を添えて飾られている。
  

秀美さんが描いた母の横顔
秀美さんが描いた母の横顔

  
 先月末に行われた家庭教育懇談会の後、山崎さんと持舘さんは公園を歩いた。ついに春を迎えた桜花を見上げる。
  
 桜にもし心があったなら、開花の遅れをもどかしく思う人の世が、どう映るだろう。太陽が光を注ぎ続ける限り、花は咲くべき時に自ら咲く。それを信じて待てばいい。
  
 2人の母は口をそろえた。
 「きれいだね」
  

天に映(は)える桜の花、道ゆく人にほほ笑む雪柳――その一輪一輪がひときわまぶしい。山崎真由美さん㊧と持舘清美さんが家族と織りなす“共育の歩み”は、春夏秋冬、続いていく
天に映(は)える桜の花、道ゆく人にほほ笑む雪柳――その一輪一輪がひときわまぶしい。山崎真由美さん㊧と持舘清美さんが家族と織りなす“共育の歩み”は、春夏秋冬、続いていく

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