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笑いは「家族の勝利の証し」 スマイル自分らしく〈信仰体験〉 2020年7月30日

  • 僕の悩み……娘の先天性水頭症
03:34

 お笑い芸人「そのせん」こと、千葉県浦安市の園田高志さん(37)=県男子部長、芸術部員。
 ハイテンションな“おふざけキャラ”とは裏腹に「この人、根は、めちゃくちゃ真面目なんですよ」と、妻・実華子さん(32)=白ゆり長=は笑う。
 園田さんは関西創価高校で剣道部の主将を務め、学業成績も優秀。特待生で創価大学に進み、全日本学生剣道選手権大会に出場。中学・高校社会科の教員免許を取得した。
  
 だが幼い頃からの夢を捨てきれず、芸人の道へ。お笑いライブで度々優勝し、人気テレビ番組にも出演。
 その一方で学会活動にも奔走し、今月11日には友人への弘教も実った。
 「信心で生命力を満タンにして、日本中の人を笑わせる“最強の芸人”になりたい」
 37歳、大きな夢へ、まっしぐら。

お笑い芸人 「そのせん」

 僕は今、プロダクションHITという、誰もヒットしていない事務所に所属している。(冗談です)
  
 特技の剣道(五段)を生かし、昨年、剣道エンタメ系「ユーチューバー」としてもデビュー。
 チャンネル視聴回数は計180万回。「動画、見たよ!」って、学園・創大の同級生や、創価学会の同志の方々も連絡をくださる。(感涙)
  
 僕が芸人を目指したのは、小学6年の時。全校集会でミニコントをしたら、みんな爆笑してくれた。
 人を笑わせることって、こんなにもうれしいんだって、鳥肌が立った。
  
 でも甘くない世界。アルバイトを掛け持ちし、フル回転の毎日。
 夢を追い続けられるのは、妻の支えがあるから。朝早い現場の時も、お弁当を作ってくれる。これがまた絶品!
 僕のネタを見て、「ウケる! 面白い!」と褒めてくれる妻。お世辞じゃないと信じたい……。(苦笑)

「戦力外通告」 おかんの病

 僕の親父は明るい。でも冗談は、さえない。おかんは寡黙。でもズバッと面白いことを言う。笑いの遺伝子は母親譲りであってほしい。
  
 「題目が趣味なの?」って思うくらい、ずっと御本尊の前に座ってる親父と、聖教新聞の配達が大好きだった、おかん。
 「信心だけは、ちゃんとしなさい」。これが両親の口癖だった。親父もおかんも、右手に障がいがあった。その中でも、懸命に僕たち兄弟を育ててくれた。
  
 夢をかなえて親孝行したい。
 創大を卒業し、人気芸人の登竜門といわれる大手養成所に合格した。
 10倍の競争率を勝ち抜き、ついに大手事務所と専属契約! 新人の有望株として使ってもらい、“このまま売れる”って信じてた。
  
 でも1年半後、潮目が変わった。舞台に立てない。ネタすら見てもらえない。とうとう“戦力外通告”。
  

 こんなところで、夢を諦めるわけにはいかない。信心でもう一度! 
 そう決意した直後のことだった。突然、おかんが倒れたのは……。
 診断は「急性大動脈解離」。ドクターヘリで搬送されたけど、願い届かず、10日後、旅立ってしまった。
  
 全身の力が抜けた。何をしていても、上の空。
 おかんのことばっかり思い出してしまう。
 僕の剣道の大会。おかんは、いつもこっそり見に来てくれた。
 僕が泣きながら題目をあげていた時、おかんがそっと後ろに座り、一緒に祈ってくれた。
  
 “僕の信心が弱いから、おかんを守れなかったんだ”
 自暴自棄になって、自分を責め続けた。
 それでも芸人をやめなかったのは、親父が教えてくれたから。
 「お母さんな、芸人として頑張るおまえが、自慢だったんだぞ」  

命は三世永遠 もう一度、会いたい

 おかんの期待に応えたい。でも、何をやっても空回り。
 ライブに出ても全くウケない。「つまんない」「売れるわけない」。厳しい言葉が突き刺さる。
 “もう無理だ……”
  
 どん底にいた時、男子部の先輩が会いに来てくれた。3カ月間、祈ることさえできなかった僕を、ずっと励まし続けてくれた。
 「命は、三世永遠。お母さんは必ず、高志のそばに生まれ変わってくるよ」
 こらえていた思いが、あふれた。
 “もし、おかんに会えるなら、こんな暗い顔してちゃダメだ。笑顔で胸を張れる自分でいたい”
  
 もう一度、御本尊の前から夢への挑戦を始めた。
 祈れば祈るほど戦う気力が湧いてくる。同じネタでも、お客さんのウケが全然違う。今の事務所に移り、再スタートした。
  
 

 少しずつ、願いがかなっていく。
 大手キー局のバラエティー番組のレギュラー出演が決まったり、自分がメインになった放送回で、番組史上最高の視聴率が出たり。
 何よりうれしかったのは、収入不安定の僕が、信心強盛なお嫁さんと一緒になれたこと。妻は医療ソーシャルワーカーとして病院で働き、家計も支えてくれた。
  
 結婚の2年後(2018年)、妻のおなかに、待望の第1子を授かった。女の子だった。
 うれしくて、うれしくて。早く娘に会いたい。
 お医者さんが出産予定日を教えてくれた。「4月7日」。その瞬間、びっくりして、言葉を失った。
 その日は、亡き母の誕生日――。
 あの日の先輩の言葉を思い出す。
 “おかんに会える。僕の娘になって、わが家に帰ってくる!”
  
 妻が、娘の名前を考えてくれた。
 妻・実華子、母・和子から、1字ずつ取って「実和」。和やかに、実り多き幸せを願って――。
  
 

握り返してくれた 小さな手

 妊娠6カ月の時、実和が先天性水頭症を患っていることが分かった。
 “無事に生まれてきてくれますように”
 目を真っ赤に腫らしながら、妻と毎日毎日、祈り抜いた。
  
 帝王切開で生まれた実和。脳の髄液の流れが悪く、頭がふくらんでた。細い体で、懸命に息をしてる。
 “これから、どうなってしまうんだろう……”
 そんな不安を抱えながら、保育器の中に手を伸ばすと、実和が僕の指を強く握り返してくれた。
 “パパ、大丈夫だよ”って、励ましてくれてるようで。
 その時、思ったんだ。実和は、この病を通して、多くの人を幸せにしていくんだ。そう願って、生まれてきたんだって。
  
 妻は毎日病院に通い、実和の耳元で題目を唱えていた。
 6度の手術を勝ち越え、7カ月の入院の末、実和は晴れて、退院を果たした。
  
 

看護師の皆さんがくれた、実和ちゃんのバースデーカード
看護師の皆さんがくれた、実和ちゃんのバースデーカード

 在宅で、集中治療室の医療器具を使いながらの子育て。実和を守り抜けるか、妻を支えられるか、不安は大きかった。
 でも実和は、お医者さんも驚くほど、日に日に「できること」が増えていって、少しだけど、ほ乳瓶でミルクを飲めるようにもなった。
 ずりばいの訓練中、疲れて寝ちゃう姿がキュート。今、1歳4カ月。実和がニコニコ笑ってくれるたび、妻と顔を見合わせ、ほっこりする。
  
 どんな時も、励ましを送ってくださる池田先生。先生は言われた。
 「闊達な『笑い』こそは、不屈なる『心の勝者』の証し」
 実和の笑顔こそ、僕たち家族の勝利の証しだ。
  
 将来、僕のギャグで実和を大爆笑させちゃうよ。実和、生まれてきてくれて、ありがとう。

「見て見て、実和のまゆげ、つながってるよ」と僕㊧。「いいの。これがいいの」と笑う妻㊨。実和とじゃれ合っていて、ほっぺにチューしようとしたら、実和が僕のあごを手で押さえつけて、完全に拒否(笑)。さすが芸人の娘だ
「見て見て、実和のまゆげ、つながってるよ」と僕㊧。「いいの。これがいいの」と笑う妻㊨。実和とじゃれ合っていて、ほっぺにチューしようとしたら、実和が僕のあごを手で押さえつけて、完全に拒否(笑)。さすが芸人の娘だ

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