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〈識者が見つめるSOKAの現場〉 寄稿 「変わりゆく社会の中で」を巡って㊦ 2023年8月3日

  • 東京大学大学院 開沼博 准教授

 ※寄稿の㊤(2日付)はこちらから。

 学会員の「価値創造の挑戦」を追う連載「SOKAの現場」。2日付に続いて、社会学者の開沼博氏がルポの現場を訪れ、激変する時代の先端で奮闘する、学会員の原動力を考察した寄稿「『変わりゆく社会の中で』を巡って」の㊦を掲載する。

本当の「豊かさ」

 寄稿㊤に続き、人々の悩みが「貧・病・争」ではくくれなくなった現代における宗教の価値について、㊦では、東京・港区の赤坂で奮闘する学会員の姿を通して考察します。(赤坂を舞台とするルポは7月8日付を参照)
 
 「社長が最も多く住む街」ともいわれる赤坂は、東京の中心エリアであり、邸宅街や料亭が軒を連ねます。学会の中にも、ビジネスの世界で新しい道を開拓する人たちが、多くいました。
 最初にお会いしたのは秋山広宣さん・朋絵さん夫妻です。
 
 <秋山広宣さんは、持ち運べる充電器のシェアリング(共有)サービスで起業した経営者。世界規模で事業を展開している。朋絵さんは昨年、地区女性部長に任命され、同志の訪問・激励に歩む>
 
 社会で成功を収めている人たちが、なぜ、信仰を必要としているのか。秋山さんに聞くと、即座に、いくつもの理由を挙げられたのが印象的でした。
 まず、華やかに見えても、悩みが消えることはない、と。例えば、裕福な家庭で生まれたとしても、相続を巡って身内がぎくしゃくしたり、名門校への進学を期待されたりといった息苦しさもある。貧・病・争に無縁なように見えても、悩みは人それぞれにあるからこそ、信仰を必要とする度合いは変わらないと語っていました。
 
 また、経済的には豊かであっても、人生の目的を持てない人は多くいる。秋山さんの話には説得力がありました。「人間の胃袋は一つだし、寝る場所は1箇所です。いくらおいしいものを食べたり、別荘を所有したりしても、その満足の先にもっと大きな目的観がなければ、人生が満たされることはありません」と。
 最近も、名門大学を出て金融業で働く、客観的に見れば経済的にも人間関係にも満たされているとしか評価できない青年が、生きる哲学を求めて創価学会に入会したといいます。常に成果を求められる世界に生きる若者たちが、経済的な指標にとらわれない、本当の「豊かさ」を求めて信仰の道に入っていく。信仰と、ビジネス等の基盤をなす合理性の接点を示す、象徴的な例であると感じました。
 
 妻の朋絵さんが、「外を歩けば、いつも2、3人の知り合いに出会う」と語っていたのも印象に残っています。
 都心は人の入れ替わりも激しく、マンションの隣部屋に誰が住んでいるか知らない人も多いと聞きます。その例にもれない赤坂にあっても、日常的に声をかけ合い、悩みを分かち合うような、人と人のつながりを保っている。人を孤立させない、中間集団としての学会の価値を再確認できました。

開沼准教授㊨が秋山広宣さん㊥・朋絵さん夫妻と
開沼准教授㊨が秋山広宣さん㊥・朋絵さん夫妻と
信仰は変化の時代の“羅針盤”

 厳しい競争社会で生きる人たちにとって、仕事の波や人間関係の波はつきものです。その中で、信仰が人生の軸となり、自分を立て直す力となっていた。
 岩尾加寿美さんも、そうした経験をした一人です。
 
 <岩尾さんは、起業して20年。“人財コンサルタント”として、社員研修やブランディング(認知度向上)事業を手がける。唱題根本に、白ゆり長としても奮闘する>
 
 岩尾さんが会社を立ち上げた頃、女性の起業家はまだ珍しかったといいます。「なめられちゃいけない」と肩ひじを張り、見えやプライドの“鎧”を着込んでいた、と。自己啓発本を、数千冊読んだとも言っていました。
 それでも、一時はうまくいったように見えても、経営の課題や人間関係の問題などが次々と起こった。ならばと、さらに勉強し、人付き合いを重ねていったが、それでもまた、行き詰まる。転機となったのが、婦人部(当時)の先輩の激励でした。
 
 日々の唱題に真剣に励む中で、人生の歯車が回転し始めていった。ともすれば、祈る時間があるなら仕事をした方がいいという解釈もあるのでしょうが、岩尾さんにとって祈る時間は、自分を見つめて課題をあぶり出す時間となり、そこでの心境の変化が、仕事にもプラスに生かされていった。取材した学会員が、共通して語っていた点でもあります。
 変化の連続の時代にあっては、行き先を安易に示してくれるような“地図”ではなく、変化をチャンスに変える人生の“羅針盤”が必要――彼女の言葉は、「人生の軸」としての信仰の価値を物語っています。
 
 岩尾さんは、経営者が多く集う団体などにも所属してきました。表面的には交流が深いようでも、そこに集う人たちは利害関係で結ばれ、心の内を本音で語れるような人と出会うことは珍しい。実際、岩尾さんも、かつては“自分が一番に”と考えていたと語っていました。
 しかし、学会活動に励む中で、ものの考え方や、人への接し方など、「すべてが変わっていった」と。人の幸せのために行動することが、自らの喜びになった。以前は仕事の利益目標ばかり書いていた御祈念帳は、今では、「〇〇さんが元気になるように」と、多くが友人たちのことだといいます。
 
 私自身、学術の世界で生きる人間として感じているのは、“自分が関わってもらったように、人に関わっていくようになる”ということです。例えば、学生に対する私の指導の仕方が、知らぬうちに、私の学生時代の、指導教員のそれに似てきているのを感じます。でもそれは、時を超えても再現可能な教え方や精神性を、私の師匠が教えてくれ、私の体がそれを“思い出した”のだといえるかもしれません。
 同じようなことが、創価学会のコミュニティーにもあると感じています。岩尾さんが、自分を見守り、寄り添い続けてくれた先輩たちのように、今、人の幸せに心から尽くしている。こうした行動規範を全国の津々浦々で確立して、それを伝播し、強化させていった点に、学会の強さがあるのでしょう。

岩尾加寿美さん㊥と、岩尾さんを励まし続けた飯島玲子さん㊧
岩尾加寿美さん㊥と、岩尾さんを励まし続けた飯島玲子さん㊧
他者への想像力

 「クリスさん」の愛称で親しまれる、弁護士のクリストファー・ダヴィコさん。以前は、信仰の必要性を感じていなかったといいます。
 
 <クリスさんは結婚後の2004年に、港区で入会。11年に渡米し、昨年、ニューヨークから赤坂に移った>
 
 カトリックの家庭に生まれ育ったものの、思春期になり信仰から離れていったという話は、社会学の視点では近代の世俗化を象徴していますし、日本でも近頃、話題になっている「信仰の継承」の問題に通ずる点だといえます。
 そんなクリスさんですが、入会後は、座談会や地区協議会で聞く信仰体験に触発を受けるようになり、仕事においても、信仰の意義を見いだしていきます。弁護士といっても華やかな面ばかりではなく、仕事の大半は、事務所での書類作成などです。しかし、クリスさんは、書類で目にする個々人の名前の先に、その人の顔を思い浮かべ、置かれた状況に思いをはせるようになっていった。
 
 一般的に、信仰には、他者に対する想像力を育む側面はあるでしょう。とりわけ、192カ国・地域にネットワークを持つ学会員は、世界のほぼどの地にも、“同じ目的を共有する同志がいる”という感覚を持っているはず。グローバルな視点を持つクリスさんもその一例ですが、信仰を通して育む想像力は、学会において、とても深く豊かであることを再確認しました。
 
 クリスさんと一緒にお会いしたのが小野貴宏さんです。
 
 <小野さんは、父の仕事の関係で、海外で育ち、高校卒業後、創価大学で学ぶために日本へ。現在は不動産関連の企業で取締役を務める>
 
 会社の重役であり地区部長という、意志と忍耐がなくては務まらないであろう“二足のわらじ”を履く小野さんですが、その原動力には「師弟」がありました。創価大学の学生時代に刻んだ、創立者である池田SGI会長との絆があるから、どんな事態にも動じずにいられる、と。
 強い信仰の根っこがあるからこそ、多様な人間模様の地域における活動でも、的確かつ時宜を得た励ましを送れるのだと思います。「相手のことをよく知って、信仰で立ち直る手助けをしています」と。自然体で活動に励んでいる様子が、印象的でした。

クリストファー・ダヴィコさん㊥、小野貴宏さん㊨の取材
クリストファー・ダヴィコさん㊥、小野貴宏さん㊨の取材
人々の拠り所に

 人の入れ替わりが激しい赤坂の地に、50年以上、住んでいるのが、坂本威雄さん・きよ子さん夫妻。多くの人たちから慕われる、地域の大先輩です。
 
 <坂本さん夫妻は、1972年から赤坂に住む。当時、威雄さんはテーラーの仕事を。経済難も乗り越えながらこの地に根を張り続け、街の発展を見つめてきた>
 
 “庶民”を地でゆく夫妻でした。決して裕福ではなく、いつまで赤坂にいられるかを話し合いながら、必死にやりくりを重ねてきた。引っ越しは6回を数えたといいます。それでも赤坂に住み続けてきたのは、「広布の思い出を刻んできた地だから」と。
 夫妻は、「環境がどんなに変わっても、目の前の一人のために変わらない信心を貫くのが学会員です」とも語っていました。終戦後にはバラック小屋が並ぶ地域もあったという赤坂が、現在のような一等地に変貌を遂げた。街が変わり、人が入れ替われど、二人は変わらずに、地に足を着けた信仰を貫いてきた。
 
 若く、裕福で、社会で重責を担う人がどんどん増えていく地域にあって、窮屈さを感じたとしても、不思議ではありません。しかし、坂本さん夫妻が取材の際、地域の発展と学会員の活躍を、ひたすらに「うれしい、うれしい」と口をそろえていたのには、胸が熱くなりました。
 
 また、夫妻は、老人会やゴミ拾いといった地域活動にも率先しています。野菜のおすそ分けやガーデニングなどを通した隣人付き合いも大切にし、自分から心を開くことを意識している、とも。競争の厳しい赤坂の地にも、人間味を残してきたのが、坂本さん夫妻をはじめとする、地域に根差した学会員の実践であるのだと思います。
 
 ドイツの社会学者であるテンニエスは、「ゲマインシャフト」「ゲゼルシャフト」という対立する社会集団のあり方があると指摘しました。地縁や血縁といった地域の共同体を指すゲマインシャフトは、近代化とともに衰退し、企業組織など利害関係によって結ばれたゲゼルシャフトの重要度が高まるという、社会学の基本的な理論です。
 しかし、あらゆる集団が組織化され、合理性を追求するようになると、人間は自分自身を見つめ直し、心で結ばれ支え合う人間のつながりを探して、再び、ゲマインシャフトのようなものを求めるようになる。その受け皿としての機能を創価学会が果たしてきた面がある。
 
 今回取材した、つくば市や赤坂は、一人一人が強い「個」を発揮させ、ゲゼルシャフトが優位に働くことの多い地域です。ゆえに、ゲマインシャフトの価値は際立つ。
 心身をすり減らすような厳しい変化と競争の中で、学会員が地域を静かに支え、人々の拠り所となっている様子を見ることができました。

坂本威雄さん㊧・きよ子さん㊥夫妻と
坂本威雄さん㊧・きよ子さん㊥夫妻と

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