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能登の友よ 不屈の絆強く――池田先生が北陸の友に贈った書とエッセー(抜粋) 2024年2月11日

 きょう2月11日は、戸田城聖先生の生誕日。生まれ故郷の石川県は今年1月の能登半島地震で甚大な被害を受け、被災地では今も懸命な復旧・復興作業が続いている。月刊誌「パンプキン」誌上で連載された池田大作先生のエッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」を紹介する本企画では今回、「石川(2)――城継ぐ人の誓いは強し」〈2023年11月号〉の抜粋とともに、池田先生が折に触れて北陸の友に贈ってきた書を掲載する。

北陸魂で福光の春へ

 墨痕鮮やかな「師 生誕ノ地」の書は、池田先生が1982年9月に戸田先生の故郷・石川でしたためたもの。この時、第1次宗門事件に苦しんだ同志を励ますため、「誓」の文字をはじめ、数多くの揮毫を残している。
  

 「北陸の日」の淵源となった84年8月26日の北陸平和文化祭に当たり、池田先生が扇に記した「北陸魂」の文字。この文化祭に出席した先生は、後継の誓いあふれる友の熱演に喝采を送った。
  

 愛する同志に福光の春よ来たれ!――82年9月に「福光」と揮毫した扇。池田先生はこの月、石川文化会館での勤行会で友の健康・安穏を深く祈念し、北陸に「広布の王者」にと指針を贈った。
  

〈忘れ得ぬ旅 太陽の心で――池田先生の誌上エッセーから〉
石川(2)――城継ぐ人の誓いは強し(抜粋)

 師の恩に
  応え報いん
    誓いをば
   共に果たせる
     故郷の宝友よ
  
 わが師・戸田城聖先生は、一九〇〇年(明治三十三年)の二月十一日、北陸・石川県に誕生されました。平和と人道の信念を貫いて、軍部政府の弾圧による二年間の投獄を勝ち越えた精神の王者です。戦後の大混乱の社会にあって、恩師は私たち青年によく問いかけました。「なぜ、今この時、乱世のなかの乱世に生まれ合わせたのか。君たちは、この事実をどう考えるか」と。過酷な獄中で生命の法理を探究し、人間革命の哲学を打ち立てた恩師の結論は、皆、不幸な人々を救い、幸福と平和の楽土を築きゆくことを、誓い願って躍り出てきたのだということです。その使命と責任を深く自覚すれば、生命に無上の歓喜と光栄が湧き上がってくると励まされました。
 生活苦や病苦などを抱え、不遇な宿命を嘆いていた若人たちを、戦争の悲劇から平和な文化社会を建設しゆく誓願の人生劇の主役へと、一人また一人、蘇生させてくださった恩は計り知れません。この希有の師が、生涯、安穏と繁栄を祈り続けておられたのが、北陸の天地であり、石川なのです。この石川で、私は万感の思いを込めて「誓」という文字を書き留め、深き縁の宝友たちに贈りました。
  
 戸田先生は最晩年、私に「俺の生まれ故郷へ一緒に帰りたいな! 俺が行けなくても、お前が代わりに行ってきてくれ!」と語られていました。このお心を体して、私が最初に石川を訪問したのは、一九五七年(昭和三十二年)の十月です。秋色に染まる自然にも、壮麗な山々にも、雄々しき波濤にも、伝統と文化薫る街並みにも、まるで故郷のような親しさを覚えました。
  
 加賀市塩屋の戸田先生の生家には、杏の木が植えられていました。花言葉は「不屈の精神」です。金沢の懐かしい旧友夫妻は、お子さん方が幼い頃から病弱だったことが、大きな悩みでした。しかし、「心を決めよう。絶対に宿命を転換する! わが子を健康にしてみせる!」と奮起しました。そして、友の幸福のために尽くしつつ、自分で決めた一念を貫いて、不屈の勝利の花を咲かせてきたのです。

戸田先生の生誕地・加賀市内で。ここから石川各地を訪れ、友と語らう。“さあ北陸のために働こう”と(1974年4月)
戸田先生の生誕地・加賀市内で。ここから石川各地を訪れ、友と語らう。“さあ北陸のために働こう”と(1974年4月)
苦難に負けず

 〈石川は古代の玄関口。多様な文化を受け入れてきた。池田先生は、文化とは自他共の生命を輝かせる生き方であり、誰が見ていなくてもその努力は厳然と生命に残りゆくことを述べる〉
  
 風雪に
  耐えて励まし
    高め合う
   心の陽光に
     必ず春が
  
 「能登」は「能く登る」とも読めます。能登・七尾が生んだ絵画の巨匠・長谷川等伯は、法華経を拠り所としながら、苦難に負けず、変化も恐れず、前向きに挑戦の坂を登り、新たな創造の道を開きました。その芸術は、人間や動物から、堂々たる大樹や可憐な草花に至るまで、魂を込めていく作風と讃えられます。
  
 忘れ得ぬ輪島塗の塗師の夫妻は、「堅牢優美」、丈夫で美しい漆器である秘訣は表面からは見えない下地にあると語っていました。心を磨き、心を込めて、百数十回も手作業で漆を塗り重ねてこそ、風格あるつやが生まれ輝くのです。「人の見ていない所の心構えに、その人の真実が発揮されます」と。
 漆自体も、長年かけて生長した木から少量だけとれる、丹精が込められた貴重なものです。
 輪島の学校では、給食に輪島塗の漆器を使用し、食事もお椀も、あらゆる命が協力して成り立つこと、そして、自分たちを支えていることを学んできたと伺いました。

復興への献身

 〈池田先生と対談した作家・井上靖氏ゆかりの内灘町はじめ、海産物で有名な珠洲市、輪島市、能登町、穴水町、七尾市、志賀町や、農産物が魅力のかほく市、宝達志水町、川北町、野々市市、中能登町など、石川県には美しい詩情とそれを育む雄大な自然がある。これまで度々、この豊かな地を襲った震災にも、友は不屈の心で立ち向かってきたことをたたえる〉
  
 二〇〇七年の能登半島地震では、震源に近い門前地域は特に大きな被害が出ました。近年も群発地震が続いています。高齢化のなかで、復興に献身し、勇気の対話を広げてきた友人、青年たちの挑戦を、私も妻も胸を熱くして伺っています。いざという時に、素晴らしい共助の力が発揮されるのも、日頃の信頼と友情の絆が強いからでしょう。その先頭に立ってきた能登の友は、郷土が栄える道を照らす灯台と光っています。農漁業でも、観光業でも、地域の訪問激励や消防団でも、伝統文化の保存活動でも!
 「郷土が、どうなっていくか」ではなく、「郷土のために、どうするのか」。「自分はできない」ではなく、「自分は何ができるのか」。この傍観者ではなく、創造者の生き方を、小松などで友人たちと誓い合ったことが蘇ります。
  
 〈結びに、金沢で1984年に行われた北陸平和文化祭で師弟の精神の継承への思いを込めた舞が披露されたことに触れつつ、その誓いが青年へと受け継がれていくことに期待を寄せる〉
  
 恩師のふるさと石川・富山には、偉大な北陸城を継ぐ青年が躍動しています。ある時は少年と相撲をとり、また、中学生の友に「すばらしき自分の歴史をつくりゆく人は幸なり」と書き贈ったこともあります。さらに、少女とはピアノ演奏をし合うなど思い出を刻みながら、戸田先生のごとく、北風に負けない強い自分になり、民衆のため、社会のために誓いを果たす正義の指導者たれと、エールを送ってきました。
  
 恩師が愛した石川そして北陸が、世界に燦然と新時代を開く、文化の勝利、教育の勝利、平和の勝利の大城と聳えることこそ、わが人生の最大の喜びです。
  
 目を見張る
  城継ぐ友の
    成長を
   恩師はにっこり
     笑顔で誇らむ

 こちらから、月刊誌「パンプキン」に掲載された「石川(2)――城継ぐ人の誓いは強し」の全文をご覧いただけます。

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