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〈Seikyo Gift〉 ALSが教えてくれた宝物〈生きるよろこび 信仰体験〉 2023年7月2日

  • 手が上がらない
  • 言葉でハグする

 【東京都八王子市】徐々に体の自由が奪われていく。そのことを受け入れるのは容易ではない。石谷真喜子さん(61)=支部副女性部長=に、「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の兆しが現れたのは5年前。右手の次は左手、首、右足へと病は進行している。動かなくなる体。その一方で強くなっていくものとは? 未来を見つめ、今を全力で生きている。(5月10日付)

石谷さんが経営する写真スタジオ
石谷さんが経営する写真スタジオ

 願った通りの人生を歩んできた。

 社長を務める写真スタジオは、信頼する約30人の社員・スタッフに支えられ、3店舗を経営。私生活では、明るくて頼もしい夫・浩幸さん(60)=副支部長=と、青春を謳歌する長男・小蒔さん(22)=男子部員=に囲まれ、笑いが絶えなかった。妻として母として経営者として、幸せな日々を送っていた。

 2018年(平成30年)3月のある日の朝、みそ汁をおたまでよそおうとして失敗する。右手に力が入りにくかった。別の日、入浴中に右手を上げようとすると、自分の手ではないような感覚。鏡の前に立つと、右肩周りの筋肉が痩せたように見えた。

仲良し4姉妹(右から、橋本多華子さん、石谷さん、長田佐恵子さん、原田栄美子さん、本人提供)
仲良し4姉妹(右から、橋本多華子さん、石谷さん、長田佐恵子さん、原田栄美子さん、本人提供)

 半年後、病院で握力を測定すると、左手は基準値の「27」。だが右手は「5」。後日、「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」と診断された。神経細胞(運動ニューロン)の異常で、手足・喉・舌などが動かせなくなる厚労省の指定難病。薬で進行を遅らせるしかないという。がくぜんとした。“この後、私はどうなっていくの!?”

 右手が使えないならと、左手で着替えや食事の準備もできるように努力した。1年後、左手にも力が入らなくなる。「ただぶら下がっているだけ」

 できていたことが、できなくなっていく容赦ない現実。もどかしくて、悔しくて泣いた。

 幸せって何? 希望って何? 何もかも分からなくなる。

 4人姉妹の長女で、幼少期は貧乏のどん底。父は自営業で家族を支えていたが、会社の従業員にお金を持ち逃げされ、借金まみれに。小学校時代は給食費を払えず、中学生の時から新聞配達のアルバイトをした。高校卒業後は写真機材メーカーに就職。転職を機に上京し、32歳で写真スタジオを開業した。

 仕事に全精魂を注いだ。信心で苦境を乗り越えた両親に学び、学会活動に励んだ。そして、血のにじむような努力で会社を築いた。家族は“幸せの証し”だった――。それが崩れていく。生き地獄だった。

 治らない病。御本尊の前に座っても、どう祈っていいのか分からない。

 ある時、白樺会(看護に携わる女性部の集い)に所属する先輩に胸の内をぶつけた。先輩はじっと話を聞き、「どんな苦しい状況に追い込まれたとしても、“病に負けない!”と感謝と確信の祈りを貫いた時、克服できる。だから、何があっても祈り抜くこと。私はあなたが乗り越えられるって信じてる」と。

 厳しい。けど温かい。胸の奥底から燃え上がるような何かがあった。

「何でもない、でも、かけがえのない瞬間を写真に残したい」との石谷さんの思いを胸に、社員、スタッフが協力して店を守っている
「何でもない、でも、かけがえのない瞬間を写真に残したい」との石谷さんの思いを胸に、社員、スタッフが協力して店を守っている

 懸命に祈る中で、捉え方が変わった御書がある。

 「南無妙法蓮華経は師子吼のごとし、いかなる病さわりをなすべきや」(新1633・全1124)

 以前は、どんな病気も治ると思っていた。

 「でも、治るという結果ではなく、その人にとって病が障りにはならないと述べられている。病気になったから負けでなく不幸でもなくて、どんな状況でも題目をあげている、その私の心の中に幸せがある。病が、私の祈りを妨げることはできない、私の人生の障害にはならない。何度も目にしている一節が、生命で納得できました」

 縁した一人一人に病に負けない思いを伝えた。その姿に友人が入会した。

パソコンを駆使して、仕事に励む。長男・小蒔さんがセッティングしてくれた
パソコンを駆使して、仕事に励む。長男・小蒔さんがセッティングしてくれた
担当の作業療法士が提案してくれたコントローラーを使って、パソコンを操作する
担当の作業療法士が提案してくれたコントローラーを使って、パソコンを操作する

 ALSが進行すると一つの決断を迫られる。人工呼吸器を付けるかどうか。付ける際、気管切開を行うため、自分の声で話せなくなる。一方で、呼吸困難にさらされる可能性は低くなる。

 声を失うこと。それは生きるための“犠牲”なのか。

 「ALSになって決めたのは、何があっても生き抜くこと。そして、生かされた命を何に使うか。声が出なくなっても、寝たきりになっても、周囲に希望を送っているALSの先輩たちが何人もいらっしゃいます。自分のこと以上に人のために生きています。私は、支えてくださった方々への恩返しをまだまだ果たしていない。果たし切るのが私の使命。それを池田先生に誓ったんです」

外出時、小蒔さんが化粧やスタイリングを手伝ってくれる
外出時、小蒔さんが化粧やスタイリングを手伝ってくれる
首は据わらず、足は少し上がる石谷さん。車いすに乗る前、寄りかかりながら、靴に履き替えるのを小蒔さんが手伝う
首は据わらず、足は少し上がる石谷さん。車いすに乗る前、寄りかかりながら、靴に履き替えるのを小蒔さんが手伝う

 誓願の人生を二人三脚で歩んでくれたのが夫・浩幸さんだった。

 料理や洗濯、洗い物、家事全般を担ってくれた。昨年、浩幸さんは前立腺がんを発症し、左の大腿骨など3カ所に転移があった。さすがに落ち込んだ。そんな夫に石谷さんは、寄り添って抱き締めたかった。

 「でも両手が上がらないんですよ。いつも、私の体をさすって、いたわってくれる夫に何もできないんです。この時ほど、病を憎んだ日はない。でも思ったんです。私は抱き締めることはできない。けれど、言葉で“ハグ”することができる。『一緒に乗り越えよう』って。『いつもありがとう』って。励ましの言葉で包み込もうと決めたんです」

「夫が作ってくれる料理は何でもおいしい。愛情いっぱいだから」と石谷さん
「夫が作ってくれる料理は何でもおいしい。愛情いっぱいだから」と石谷さん

 妻の姿に浩幸さんの表情も明るくなる。

 「妻は、人のことばかり祈っています。悩んでいる人がいたら放っておけない。自分が一番大変なはずなのに、一生懸命に励ます。だから私も負けられない。世界一の妻です」

 その後、浩幸さんはホルモン療法に専念。数値は落ち着き、病を抑え込んでいる。

“世界一の家族”と共に。確信の祈りで石谷さんを支える夫・浩幸さん㊨。長男・小蒔さん㊥は大学の卒業論文で、“ヤングケアラーの幸福”についてまとめた。「母の介護ができて僕は幸せです」と
“世界一の家族”と共に。確信の祈りで石谷さんを支える夫・浩幸さん㊨。長男・小蒔さん㊥は大学の卒業論文で、“ヤングケアラーの幸福”についてまとめた。「母の介護ができて僕は幸せです」と

 現在、石谷さんは頸部の筋力低下が進み、首が据わらない状態。首のサポーターをつけている。上げにくくなった右足と、まだ動く左足を駆使して、パソコンを使う。音声入力機能で文字を打ち込み、オンラインで店長と会議も行い、社長業に励んでいる。

 訪問看護やヘルパーなどを利用し、食事などの介助を受ける。本年3月には、めいの結婚式で沖縄へ。ALSのセミナーや看護学校で講師を務め、自身の思いも語った。新しいことに挑戦できる日々に感謝しかないという。

本年、八王子に移るまで、いつも支え、励ましてくれた府中の同志と(本人提供)
本年、八王子に移るまで、いつも支え、励ましてくれた府中の同志と(本人提供)

 「体が動かなくなれば、失望も絶望もします。一緒に闘ってきた仲間が亡くなって、死を身近に感じもします。でも題目って不思議。唱えるたびに、どんどん希望が湧いてくる。“絶対に治す”“あの人を励ましたい”って、私の使命が見えてくる。病なんかが私の歩みを止めることなんて絶対にできない!」

「今後のことを考えて、胃ろうの造設や人工呼吸器、24時間介護の準備はしています。不安もありますが、ワクワク、ドキドキもあるんです。どんな私になっても、目の前の一人を励ます新しいチャレンジになるから」
「今後のことを考えて、胃ろうの造設や人工呼吸器、24時間介護の準備はしています。不安もありますが、ワクワク、ドキドキもあるんです。どんな私になっても、目の前の一人を励ます新しいチャレンジになるから」

 「人は一人じゃ生きられない。“誰か”のためにと思うと力が湧く。それが私にとっては、家族であり、同志であり、友人や社員、そして池田先生でした。私は一人じゃない。だから幸せなんです!」

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