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〈忘れ得ぬ旅 太陽の心で〉石川(2)――池田先生のエッセー全文 2024年2月11日

  • 城継ぐ人の誓いは強し

 〈月刊誌「パンプキン」誌上で連載された池田大作先生のエッセー「忘れ得ぬ旅 太陽の心で」から、「石川(2)――城継ぐ人の誓いは強し」(2023年11月号)の全文を転載します〉

天空が雲を広げて、夏から秋へ季節の流れを映し出せば、その無窮の空へと、緑の松が枝葉を伸ばす(池田先生撮影、金沢)
天空が雲を広げて、夏から秋へ季節の流れを映し出せば、その無窮の空へと、緑の松が枝葉を伸ばす(池田先生撮影、金沢)

 師の恩に
  応え報いん
    誓いをば
   共に果たせる
     故郷の宝友よ
  
 わが師・戸田城聖先生は、一九〇〇年(明治三十三年)の二月十一日、北陸・石川県に誕生されました。平和と人道の信念を貫いて、軍部政府の弾圧による二年間の投獄を勝ち越えた精神の王者です。
 戦後の大混乱の社会にあって、恩師は私たち青年によく問いかけました。「なぜ、今この時、乱世のなかの乱世に生まれ合わせたのか。君たちは、この事実をどう考えるか」と。過酷な獄中で生命の法理を探究し、人間革命の哲学を打ち立てた恩師の結論は、皆、不幸な人々を救い、幸福と平和の楽土を築きゆくことを、誓い願って躍り出てきたのだということです。その使命と責任を深く自覚すれば、生命に無上の歓喜と光栄が湧き上がってくると励まされました。
 生活苦や病苦などを抱え、不遇な宿命を嘆いていた若人たちを、戦争の悲劇から平和な文化社会を建設しゆく誓願の人生劇の主役へと、一人また一人、蘇生させてくださった恩は計り知れません。この希有の師が、生涯、安穏と繁栄を祈り続けておられたのが、北陸の天地であり、石川なのです。この石川で、私は万感の思いを込めて「誓」という文字を書き留め、深き縁の宝友たちに贈りました。

友人たちの丹精光る庭園と東屋からは、石川の風情ある伝統文化を大切にしながら、未来を語り合う声が聞こえてくるよう(池田先生撮影、金沢)
友人たちの丹精光る庭園と東屋からは、石川の風情ある伝統文化を大切にしながら、未来を語り合う声が聞こえてくるよう(池田先生撮影、金沢)

 戸田先生は最晩年、私に「俺の生まれ故郷へ一緒に帰りたいな! 俺が行けなくても、お前が代わりに行ってきてくれ!」と語られていました。このお心を体して、私が最初に石川を訪問したのは、一九五七年(昭和三十二年)の十月です。秋色に染まる自然にも、壮麗な山々にも、雄々しき波濤にも、伝統と文化薫る街並みにも、まるで故郷のような親しさを覚えました。
 歴史を振り返れば、この地こそ、先駆けて世界に開かれた古代日本の玄関口です。外国使節の送迎を担う能登客院が置かれて、仏教をはじめ最先端の文化を受け入れ、日本の発展の原動力となりました。
 また、この地こそ、戦国の世から太平の世へ、武力から文化力への転換地です。
 戦国時代、能登の“文人大名”と謳われる畠山義総のもとで社会は安定して、文化人も集って文芸が興隆し、法華文化が栄えました。
 そして江戸時代、前田家を救った母・寿福院と共に法華経を尊んだ三代・利常、さらに名君・綱紀など、“文化大名”と讃えられる加賀百万石の藩主たちがリードし、学問、文学、能楽、茶道、美術工芸、和食・和菓子等の創造で「加賀ルネサンス」を起こして、「天下の書府」として聳え立っていきました。
 その文化立国の足跡は、第二次世界大戦後、軍国から文化国へ、画一的な中央集権の時代から各地域の独自性が光る時代を志向するなか、希望の指標として、ひときわ輝いたのです。

戸田先生の生誕地・加賀市内で。ここから石川各地を訪れ、友と語らう。“さあ北陸のために働こう”と(1974年4月)
戸田先生の生誕地・加賀市内で。ここから石川各地を訪れ、友と語らう。“さあ北陸のために働こう”と(1974年4月)

 どこよりも
  命のきずな
    麗しく
    杏の花も
     文化の華も
  
 加賀市塩屋の戸田先生の生家には、杏の木が植えられていました。花言葉は「不屈の精神」です。金沢の懐かしい旧友夫妻は、お子さん方が幼い頃から病弱だったことが、大きな悩みでした。しかし、「心を決めよう。絶対に宿命を転換する! わが子を健康にしてみせる!」と奮起しました。そして、友の幸福のために尽くしつつ、自分で決めた一念を貫いて、不屈の勝利の花を咲かせてきたのです。
 友人たちとは、常に、石川の奥深い歴史と豊かな文化を語らいながら、未来を展望してきました。
 「能楽」は、「加賀では謡が空から降ってくる」と言われるほど、宝生流をはじめ、広く民衆にも愛好されてきた伝統があり、平和への強い願いがあります。
 能登・珠洲ゆかりの、能楽の大成者・世阿弥は、あらゆる人々の心を楽しませ、幸福を増し、長寿にする基となる芸術を目指しました(※1)。
 世阿弥の「鵜飼」では、「法華の教えは舟に似て、/迷いおぼれる世の人を、/助けて悟りの岸に送る」(※2)とも、うたわれます。
 生命が持つ限りない智慧を引き出すことが、幸福を創ります。
 一九七四年(昭和四十九年)の四月、恩師の生誕地・加賀市を訪問し、二十八日には金沢市の石川県産業展示館で、富山の友も一緒に五千人が一堂に会して、北陸の伝統文化祭ならびに記念の集いを行いました。
 この折、私たちは、「一切の根源は“生命”それ自体である。根本として大切にして尊敬を払っていくべきものは、まさに“人間生命”そのものである」と主張しました。各界から五百人の来賓の方々が参加されており、光栄にも多くの共鳴の声をいただいたことが思い出されます。
 文化とは、自他共の生命を輝かせる生き方であり、自分と他者の素晴らしさを発見し、讃え、育んでいくことでしょう。
 この歓喜の道を、わが友人たちは広げてきました。
 中学校での教員経験を生かしつつ、長年、郷土のリーダーとして尽力してきた友人夫妻も語っていました。「子どもも大人も、自己肯定感が重要です。自分の生命を大切に思えることが幸福への第一歩であり、その人は他者も大切にできるからです」と。
 まさしく「加賀」の文字を見れば、「賀」は「よろこぶ」、「加」は「くわえる」を示すように、「喜びを加える」という意義を、いや増して光らせてゆくスクラムです。

地域貢献の友たちを讃えるため、小松を訪問。石川・富山の友人との談笑のひととき(1984年8月)
地域貢献の友たちを讃えるため、小松を訪問。石川・富山の友人との談笑のひととき(1984年8月)

 風雪に
  耐えて励まし
    高め合う
   心の陽光に
     必ず春が
  
 「能登」は「能く登る」とも読めます。能登・七尾が生んだ絵画の巨匠・長谷川等伯は、法華経を拠り所としながら、苦難に負けず、変化も恐れず、前向きに挑戦の坂を登り、新たな創造の道を開きました。その芸術は、人間や動物から、堂々たる大樹や可憐な草花に至るまで、魂を込めていく作風と讃えられます。
 琳派の創始者たちも、法華経に則って善美を尽くして創造し、人々を啓発することに心を砕きつつ、本阿弥光悦は加賀藩に仕え、俵屋宗達の後継者・宗雪も藩の絵師となって、加賀文化の建設に重要な貢献をしていくのです。
 今も、石川の精神の大地に脈打つ瑞々しい創造力は、現実の地道な生活のなかに、生命を慈しみ育む文化を香しく広げています。
 石川の伝統工芸の大きな特徴の一つは、用と美の融合、すなわち、使用するものを美しくするということです。どこまでも、人間の日々の営みから離れず、日常を美しく豊かにすることを目指す。ここに文化の気品があります。
 加賀藩が工芸製作所(御細工所)を創設し、多彩な人材を培ったことを礎に、今日、石川は、能美市等の九谷焼をはじめ、大樋焼、輪島塗、山中漆器、金沢漆器、加賀友禅、加賀繍、金沢箔などの伝統を誇る「美術工芸王国」です。
 忘れ得ぬ輪島塗の塗師の夫妻は、「堅牢優美」、丈夫で美しい漆器である秘訣は表面からは見えない下地にあると語っていました。心を磨き、心を込めて、百数十回も手作業で漆を塗り重ねてこそ、風格あるつやが生まれ輝くのです。「人の見ていない所の心構えに、その人の真実が発揮されます」と。
 漆自体も、長年かけて生長した木から少量だけとれる、丹精が込められた貴重なものです。
 輪島の学校では、給食に輪島塗の漆器を使用し、食事もお椀も、あらゆる命が協力して成り立つこと、そして、自分たちを支えていることを学んできたと伺いました。
 東京・信濃町の私の近所にも、輪島塗の製造本舗を営む誠実な友人がいました。皆が喜ぶ新しいことをと、”漆器の病院”のように、相談や修理を丁寧に行い、深い感謝を寄せられていたのです。
 また、私たちの東京富士美術館が、石川県立美術館、金沢21世紀美術館と手を携え、北陸をはじめ、東洋と西洋の美術の至宝の展覧会を重ねてきたことも、誠に喜ばしいことです。

金沢から小松への道中に見出した、8月末の田園風景。曇りの日も雨の日も晴れの日も、生長するいのちと、慈しみ育てる労作業を偲んで(池田先生撮影)
金沢から小松への道中に見出した、8月末の田園風景。曇りの日も雨の日も晴れの日も、生長するいのちと、慈しみ育てる労作業を偲んで(池田先生撮影)

 大いなる
  自然と文化が
    相和して
   価値の創造
     讃える天地よ
  
 敬愛する作家の井上靖先生と往復書簡のやりとりをした折、学都・金沢の旧制第四高等学校に学ばれた若き日の珠玉の思い出を述懐されました。また、近くの内灘町のことを、「日本海美し 内灘の砂丘美し 波の音聞きて 生きる人の心美し」(※3)と謳われています。
 石川は、詩情を育む、美しい自然があり、豊かな農の営みがあり、清らかな心があります。
 「能登の里山里海」は、世界農業遺産です。
 珠洲市のハタハタ、加能ガニ(ズワイガニ)、輪島市のフグ、能登町のブリ、イカ、穴水町の養殖カキ、七尾市のマアジ、志賀町のニギスなど、なんと豊富な海の恵みでしょうか。能登半島の岩石海岸には日本海の波濤が打ち寄せて「波の花」が舞い散り、県内各地の砂浜海岸では野菜や果実が培われます。かほく市のスイカやブドウ、宝達志水町、川北町のイチジク、野々市市のキウイフルーツも知られ、中能登町はカラー野菜という特産に彩られています。
 米作りは、紀元前一世紀に、能登・羽咋市の湿地帯などが先駆となって、県中央部の津幡町をはじめ各地で盛んです。金沢平野を穀倉地帯として支えるのは、白山に源を持つ手取川です。
 古代の万葉集以来の和歌の数々、近世の加賀俳壇の活況、近代の金沢文芸の隆盛など、詩心の大河も、滔々と流れ通っています。
 金沢出身の詩人・室生犀星は「自分の中に埋められた良き芽は/だんだん試みられて育つ」「私は日に日にすすむ」(※4)と詠いました。

北陸の記念の集いの際、真心こめて飾られた富山の県花チューリップの前で(2001年4月、東京)
北陸の記念の集いの際、真心こめて飾られた富山の県花チューリップの前で(2001年4月、東京)

 二〇〇七年の能登半島地震では、震源に近い門前地域は特に大きな被害が出ました。近年も群発地震が続いています。高齢化のなかで、復興に献身し、勇気の対話を広げてきた友人、青年たちの挑戦を、私も妻も胸を熱くして伺っています。いざという時に、素晴らしい共助の力が発揮されるのも、日頃の信頼と友情の絆が強いからでしょう。その先頭に立ってきた能登の友は、郷土が栄える道を照らす灯台と光っています。農漁業でも、観光業でも、地域の訪問激励や消防団でも、伝統文化の保存活動でも!
 「郷土が、どうなっていくか」ではなく、「郷土のために、どうするのか」。「自分はできない」ではなく、「自分は何ができるのか」。この傍観者ではなく、創造者の生き方を、小松などで友人たちと誓い合ったことが蘇ります。
 最近では羽咋市で、SDGs(持続可能な開発目標)の実現をテーマにする展示を開催し、女性を中心とした環境問題への取り組みに大きな共感が広がったと、嬉しく聞きました。
 また、白山市の友人たちは、わが地域を「心の通う道」にとの願いで、雨の多い石川県で困らないよう、北陸鉄道石川線の鶴来駅等に置き傘を配置し、さらに、防災訓練等のボランティアも活発にしています。
 石川・富山の友が団結して金沢で行った五万人の北陸平和文化祭(八四年)などでは、能楽の名作「石橋」をモチーフに、親から子へ、師から弟子への薫陶、精神の継承を込めた連獅子の舞がありました。風雪を払う黄金の舞で、平和と正義の大道を開こうという、先駆けの誓いを表現したものです。郷土に生きる喜びの継承。郷土を輝かせる誓いの継承。――実に崇高な人生劇です。
 今秋、国民文化祭および全国障害者芸術・文化祭が石川の全十九市町を舞台に開催されています。この「いしかわ百万石文化祭2023」の柱の一つが、次世代への継承・発展です。
 受け継ぐことは、創造することです。現代は、地域が育んできた独自の文化を生かし、より日常の生活や社会へ価値創造しながら、世界へ発信していく青年の力が求められています。

金沢城の前で、青年たちが北陸を担う誓いにあふれて(2018年8月)
金沢城の前で、青年たちが北陸を担う誓いにあふれて(2018年8月)

 恩師のふるさと石川・富山には、偉大な北陸城を継ぐ青年が躍動しています。
 ある時は少年と相撲をとり、また、中学生の友に「すばらしき自分の歴史をつくりゆく人は幸なり」と書き贈ったこともあります。さらに、少女とはピアノ演奏をし合うなど思い出を刻みながら、戸田先生のごとく、北風に負けない強い自分になり、民衆のため、社会のために誓いを果たす正義の指導者たれと、エールを送ってきました。
 少子化のなかで、恩師ゆかりの加賀市の友は、一人一人のお子さんたちを地域全体の宝と育み、恩師が夢に見た創価大学や創価女子短期大学にも英才を送り続けてくれています。
 苦学と闘病を勝ち越えて、南米ペルーに渡り、幸福と平和の園を築いてきたリーダーも、信義に篤き石川出身の友です。
 近年も、青年たちは大きく連帯を広げながら、金沢歌劇座や本多の森北電ホールなどで大会を開催し、心に「限りなく上へ!」「勇気の一歩が世界を変える!」と掲げて、それぞれの職場や地域社会で立派に人間革命の実証を示しています。
 恩師が愛した石川そして北陸が、世界に燦然と新時代を開く、文化の勝利、教育の勝利、平和の勝利の大城と聳えることこそ、わが人生の最大の喜びです。
  
 目を見張る
  城継ぐ友の
    成長を
   恩師はにっこり
     笑顔で誇らむ
  
 ※1 世阿弥著『風姿花伝』表章校注・訳、『連歌論集 能楽論集 俳論集 新編日本古典文学全集88』所収、小学館等を参照
 ※2 榎並左衛門五郎作/世阿弥元清改作「鵜飼」横道万里雄訳、『日本の古典16 能・狂言集』所収、河出書房新社
 ※3 黒田佳子編『伝書鳩 創刊号』井上靖記念文化財団(1993年12月発行) 
 ※4 『室生犀星全詩集 普及版』筑摩書房

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