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みんなの幸せを目指す「年輪経営」――伊那食品工業株式会社最高顧問 塚越寛さんに聞く㊤ 2023年12月7日

  • 〈Switch――共育のまなざし〉

  
 会社経営の目的は「社員を幸せにするため」にある――そう語るのは、寒天メーカーである伊那食品工業株式会社の塚越寛最高顧問。「みんなの幸せ」を目的とした企業活動、人材育成について、上下2回で聞いていきます。
 (聞き手=掛川俊明)
  

■21歳で社長代行に――相場商品だった「寒天」のあり方を変える挑戦

  
 ――寒天メーカーである伊那食品工業株式会社は、長野県伊那市で1958年に創業されました。21歳で社長代行を任され、破綻状態だった会社を、48期連続の増収増益を達成するまでに立て直されました。
  
 当初、私は製材工場に勤務していました。その系列会社が、業務用粉末寒天を作る当社です。私が経営を任された頃の当社は、お金も設備も技術力もない状況でした。真っ先に取り組んだのが、「作業環境の改善」と「生産性の向上」です。
 社長代行として、仕入れ・製造・営業・販売・研究開発と、一人で何役も担って、懸命に働きました。日中の仕事を終えると、夕方からは設備の改良や建物の修繕など、毎日、職場の改善に励みました。
  
 寒天作りは、水仕事です。当時の工場は水浸しで、社員は重い長靴に、大きな前掛け姿。冬場は、足の冷えがひどい状況でした。
  

工場では、寒天パスタやスープ用糸寒天など、さまざまな商品が製造されている(伊那食品工業株式会社提供)
工場では、寒天パスタやスープ用糸寒天など、さまざまな商品が製造されている(伊那食品工業株式会社提供)

  
 社員と話し合う中で、この環境を何とかしたいと「長靴よ、さようなら」という改善運動を始めました。知恵を絞って、製造設備から漏れ出す水を集める仕組みを作ったり、新しい機械を導入して水が落ちないようにしたり。
 快適な作業環境を目指した取り組みを続け、今ではスニーカーで働ける工場になりました。
  
 また、かつて寒天は、農家の冬の副業でした。天候の影響などで、品質にバラつきがあり、価格も安定しない「相場商品」だったのです。これでは、寒天業界全体の未来も危惧せざるを得ません。
 そこで私は、1970年代から世界中を訪ねて良質な原料の輸入・備蓄を始めました。さらに生産設備の合理化や衛生面での改善も進め、供給と価格を安定させることで、お客さまから信頼してもらえる寒天業界を目指しました。
  

約3万坪のアカマツ林を整備した「かんてんぱぱガーデン」(手前)
約3万坪のアカマツ林を整備した「かんてんぱぱガーデン」(手前)

  
 数多くの取り組みを重ねる中で、48期連続で増収増益になりました。けれど、それよりも私が誇りに思っているのは、会社が嫌で辞めた人が30年以上、ゼロだということです。
 そこに誇りを感じるのは、私自身が、会社経営は「みんなの幸せのため」にあり、その第一歩として「社員の幸せのため」に心を砕くべきだと考えているからです。
  

■会社経営は「社員の幸せのため」にある

  
 ――会社が存在する意味は、「社員を幸せにすることを通じて、世の中に貢献していく」ことだと書かれています。そう考えるようになった、きっかけは何でしょうか。
  
 私が子どもの頃は、終戦直後の食糧難の時代でした。わずかな白米を川でといでいた時、近所の方が、そっと私のザルにお米を分けてくれたことがありました。
 本当に困っている時に、人の親切がどれほどうれしいものか。その実体験があります。
  
 また、17歳の時に肺結核を患い、高校を中退して、3年間の療養生活も経験しました。病室の窓から、外を歩いている人を見ては、「あの人たちは幸せだなあ」と。闘病中は生と死について考えざるを得ず、健康な人にとっては当たり前のことが、どれほど幸せなのかを痛感しました。
 こうして苦しんだ体験は、私の原点となり、優しさを身に付ける機会にもなったのです。
  

  
 ただ、お金や社会的地位があれば幸せというわけではありません。平凡でも、健康で、家族や仲間と一緒に一生を過ごせたら、どれほど幸せでしょうか。
 だから、21歳で経営者になった時、会社の業績や規模の拡大よりも、社員の健康と幸せを最優先しようと決めたのです。それ以来、私はずっと、経営者であると同時に、労働組合の委員長にもなったつもりで、社員のために働いてきました。
  
 会社が「社員の幸せ」を考えて動いていれば、社員の誰もが、一生懸命に仕事をしてくれます。
 「幸せになりたい」という願いは、誰だって同じ。そのためには職場環境を快適にして、福利厚生もよくしたい。そうしたら、やっぱり利益も必要だから、みんなで働こう、となります。「幸せ」という理念が共有されれば、誰からも文句は出ません。
  

本社敷地内には、雨が降った際に来訪者が自由に使える傘も設置されている
本社敷地内には、雨が降った際に来訪者が自由に使える傘も設置されている

  
 突き詰めれば、あらゆる組織に共通する究極の目的は、「みんなが幸せに人生を過ごせるように」というものでなければなりません。みんなの幸せを目指し、社会の営みが快適に機能するために、会社も存在しているべきです。
  
 そう考えれば、まずは社員の幸福、そして取引先や関わる人たちの幸福、会社がある地域の人たちの幸福へと広がります。
 当社では、社員の移動用に造った歩道橋を、通学路として地域にも提供しています。道路を広げるために敷地を提供したり、近隣の清掃もしたり。
 「町づくりの一端を担う」のが、会社の役割です。会社の周りは、自分たちが最も使う場所だからこそ、地域に貢献するのは、自分たちにとってもいいことなんです。
  

■木が年輪を増すように、ゆっくりと確実に成長する経営

  
 ――社員の幸福、社会への貢献を実現する方法として、「年輪経営」を提唱されています。これは、どのような経営のあり方でしょうか。
  
 「年輪経営」は、天候などの外部環境の変化のもとでも、樹木が毎年、年輪を増していくように、景気や社会の変化に左右されることなく、確実にゆっくりと成長していくことを目指す経営です。
 今、日本国内では多くが成熟市場です。そうした中では、急成長を求めるのでなく、少しでもいいから確実に伸びることを目指すべきです。
  

  
 2005年の寒天ブームの際も、私は朝礼で「ブームは最大の不幸」と話しました。それでも需要の急増で、注文がたくさん届きます。
 社内の販売部門の要請もあり、皆でシフト制を敷いて、役員も含めて工場の製造ラインに入り、増産に取り組みました。この年の売り上げは、前年比40%増。かつてない急伸に、私は喜びではなく懸念を感じました。
  
 やがて、近隣の方から「最近、社員さんの顔色が悪いよ」と言われました。確かに社員は皆、疲れ切っていました。「これはまずい」と感じ、もう増産はやめようと決めました。
 結果的には、ブームが去った後、在庫も残らず、増産を続けていたら生じたであろう損失もなく済みました。ブームに乗って急成長しようとするより、社員の健康を優先した判断は、間違っていなかったのです。
  

食物繊維が多く含まれる寒天。自社ブランド「かんてんぱぱ」では、バラエティー豊かな関連商品を取りそろえている
食物繊維が多く含まれる寒天。自社ブランド「かんてんぱぱ」では、バラエティー豊かな関連商品を取りそろえている

  
 年輪経営を実践するためには、目先の損得ばかりに注目せず、長期的な視野を持つことが必要です。科学技術の進歩を学び、人間や社会の価値観の変化も考慮に入れ、経営判断をしなければなりません。
 毎年、ゆっくりと確実に成長するのが、年輪経営です。同じ成長率を維持しなくてもいい。それでも、大きくなった分だけ、成長の絶対量は、むしろ増えていくんです。
  
 私は、会社が「生きている証拠」は、売り上げや利益といった、数字だけでなくていいと考えています。「みんなが幸せに」という目的のもと、毎年どこかよくなっているという実感こそが、大切です。
  

■進歩軸とトレンド軸のバランス――遠きをはかる「四方よし」の考え方

  
 ――現代社会は変化が激しく、状況は刻一刻と変わります。移り変わる流行の中で、経営や組織運営は、どのようにあるべきでしょうか。

 「進歩軸」と「トレンド軸」を意識してきました。進歩軸は「みんなの幸せ」という目的に向かって、真っすぐ伸びていく軸です。一方、トレンド軸は、生まれては消える流行のことで、時々、進歩軸と交わります。
 会社を運営する上では、進歩軸に沿って歩みながら、流行を反映したトレンド軸を少しだけ活用することが大切だと考えています。
  
 トレンド軸は、流行を取り入れた「やり方」を示すもの。進歩軸は、みんなの幸せという目的に沿った「あり方」と言ってもいいでしょう。
 両方のバランスを意識していないと、いつの間にか目的を忘れ、流行ばかりに目を奪われてしまいがちです。
  

塚越さんの主な著書
塚越さんの主な著書

  
 近年、「最先端」であることに大きな価値があるかのように言われます。けれど、いつの時代でも変わらない価値は「幸せ」です。最先端や流行だけでなく、人の役に立つか、人を幸せにするか、人のあるべき姿に沿っているかを、自分たちに問うことが大切だと思います。
  
 私が尊敬する二宮尊徳は、「遠きをはかる者は富み、近くをはかる者は貧す」と言いました。“遠きをはかる”とは、遠い将来を考えて行動することで、それには自分や会社を客観的に見ることが含まれます。経営判断をする際、私は「20年後から見ても、自分の考えは正しかったと言えるだろうか」と考えてきました。
  
 有名な近江商人の心得に「三方よし」があります。「売り手」と「買い手」の両方が満足でき、そして「世間」つまり社会の役に立つという、商売のあるべき姿のことです。
 私は、これに“遠きをはかる”という視点から「将来もよし」を加えて、「四方よし」のビジネスを心がけてきました。
  

本社敷地内にあるレストラン。周辺には、来訪者が利用できるショップやギャラリーも設けられている
本社敷地内にあるレストラン。周辺には、来訪者が利用できるショップやギャラリーも設けられている

  
 「将来もよし」とするために、具体的には、私たちのような製造会社なら、「研究開発」に力を入れることです。商社などであれば、シンクタンクのような部門が、これに当たるでしょうか。当社では、常に全社員の1割が、研究開発部門に所属しています。食品メーカーとしては、かなり多いほうだと思いますが、ここから将来の可能性が生まれるんです。
  
 変化の激しい現代ですから、具体的な戦略は、時とともに変わるでしょう。しかし、「みんなの幸福」という目的は、変わってはなりません。その目的に向かって、ゆっくりだけれど確実に、年輪を増すように成長していく。そうした、ぶれない姿勢が大切だと思います。
  
 (インタビューの㊦は明日8日付に掲載予定)
  

【プロフィル】
 つかこし・ひろし 1937年、長野県生まれ。伊那食品工業株式会社最高顧問。21歳で同社の社長代行に就任し、社長、会長を歴任。社員を幸せにし、社会に貢献するとの信念のもと、「年輪経営」を提唱し、48期連続の増収増益を達成。著書に『末広がりのいい会社をつくる』(文屋)、『リストラなしの「年輪経営」』(光文社)など多数。
  

  
【ご感想をお寄せください】
〈メール〉kansou@seikyo-np.jp
〈ファクス〉03-5360-9613
  
  
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