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インタビュー 宇宙飛行士 向井千秋さん――宇宙から地球を見つめる 2021年3月16日

  • 企画連載 私がつくる平和の文化Ⅲ 第3回

 「私がつくる平和の文化Ⅲ」の第3回は、日本人女性初の宇宙飛行士である向井千秋さんです。現在、東京理科大学特任副学長、同大学スペース・コロニー研究センター長を務める向井さんに、研究内容や宇宙開発の展望、そして、宇宙から見た地球の平和について聞きました。(聞き手=木﨑哲郎、歌橋智也)
 
 

「月」が近い時代に

 ――「はやぶさ2」や火星探査機のニュースなど、近年、私たちもわくわくするような宇宙の話題が多いです。「月」にも関心が集まっていますね。
   
 今、「月」がとても近くなっているんですよ。技術的には、一般の人が月への遊覧飛行ができる時代になってきました。片道3日程度です。1週間あれば、月の裏側を回って帰ってくることができます。すごいですよね。私はお金がないので、できれば添乗員として同行させてもらいたいと思っています(笑い)。

 一方、NASA(米航空宇宙局)は現在、「アルテミス計画」を推進し、2024年の月面着陸を目指しています。アルテミスとは、ギリシャ神話に出てくるアポロの双子の妹で、月の女神です。計画では、史上初めて女性が月面に降り立つことが期待されています。さらに28年までに、月面に基地の建設を始めることを目指しています。

 そのために23年からは、月の宇宙ステーションのような「ゲートウェイ」を打ち上げ始めます。月に向かう際に、地球から一旦、ゲートウェイに到着し、そこでひと休みしてから月面に降下していくのです。

 ゆくゆくは、ゲートウェイから火星に出発することも想定されています。このアルテミス計画には日本も参加しています。

「月産月消」を目指す

 ――夢が広がります。向井さんの大学の研究はどのようなものですか。
    
 ひと言で言うと、宇宙で人間が、安心して快適に暮らせるための研究です。宇宙開発と聞くと、ロケットの打ち上げや人工衛星などを思い浮かべますが、今後の長期滞在を考えると、「衣食住」も重要なテーマになるのです。

 例えば、宇宙での野菜の水耕栽培です。水で植物を育てると、どうしても藻が生えて水質が悪くなります。そこで光触媒と水中プラズマの技術を使うことで、藻の発生を抑えて水質を浄化し、空気中の窒素を取り込んだ栄養分の多い水にすることができる。そうして野菜が作れれば、地球から運ばなくてすむ。地産地消ならぬ「月産月消」です(笑い)。

 エネルギーの生産や蓄電も重要です。太陽電池パネルも、現状よりも発電効率が良いものにし、さらに、放射線のダメージを受けても自己修復できるような素材を開発して、耐用年数を伸ばそうとしています。

 飲料用などの水も、現在は地球から宇宙ステーションに運んでいるので、とても貴重です。人間の尿なども再利用していますが、それらをコンパクトに効率良く浄化できる技術を研究しています。

 将来は便も分解して、植物の肥料や火星行きのロケットの燃料にして、ごみを一切、出さないようにする。ゼロエミッション(廃棄物ゼロ)の究極版を宇宙で実現したいのです。

 宇宙でもキーワードは「持続可能性」です。そのために国連でも、宇宙開発で得たものを、いかに地球上に還元するかを考えていますが、そこでもSDGsがベースになっています。

月を周回する有人拠点「ゲートウェイ」(イメージ図)。将来、ここから月面着陸に挑んでいく©NASA Johnson
月を周回する有人拠点「ゲートウェイ」(イメージ図)。将来、ここから月面着陸に挑んでいく©NASA Johnson
地球環境にも生かす

 ――宇宙開発の成果は、地球環境にも生かされるのですね。
   
 私たちは、宇宙滞在の技術を地球での暮らしに役立てようと考えています。宇宙という最も厳しい環境を基準にして「衣食住」を考えれば、性能や安全性が非常に高く、地球に優しいものをつくることになる。それを宇宙に持って行く前から、地上の生活にも応用するのです。デュアルユース研究と呼びますが、いわば一石二鳥です。

 こうした分野は裾野が広いため、産業界と連携することで、さまざまな民間の力を生かすこともできます。何より、宇宙をターゲットにすることで、若い人たちの刺激になると思うんです。

 『下町ロケット』のように、“うちの会社の技術が月で使われる”と思ったら楽しいじゃないですか。それが、空気清浄機かもしれないし、ボールペンかもしれないけど、生活用品が「宇宙仕様」になれば、つくる人も買う人も、わくわくしますよね。宇宙に目を向けることは、結局、地球に目を向けることなんです。

「母なる地球」を見て

 ――宇宙にまで視野を広げると、物の見方が一変します。向井さんは1994年と98年の2度、宇宙に飛び立ちました。
   
 幸運にも、私は宇宙飛行士として、地上400キロと550キロの宇宙から、地球を見ることができました。機中から外を見ると、雲がかかった青い地球が、暗黒の中にぽっかりと浮かんで、ゆっくり回っていました。

 透明感があり、大気の青い層は蛍光色を発していました。「なんて荘厳で気品があるんだろう」。それが最初の印象でした。

 そして、ちょうど日本列島の辺りから朝日が昇る瞬間に出くわした時、「ああ、私はこんなにも素晴らしいところに生まれ育ったんだ」と誇らしくなり、「母なる地球」という言葉が浮かびました。

 地球のことをよく、ブルー・プラネットと言いますが、生命圏というか、まるで一つの生き物のようです。多様な生き物を育んでくれる、母なる天体なんです。

東京理科大が民間企業等と開発した、宇宙滞在技術の実験施設。宇宙に居住空間を作るための技術が活用され、気体を用いて容易に構築できる(同大学提供)
東京理科大が民間企業等と開発した、宇宙滞在技術の実験施設。宇宙に居住空間を作るための技術が活用され、気体を用いて容易に構築できる(同大学提供)
「井の中の蛙」でなく

 ――地球は私たちの生命の源だということを、改めて教えられます。こうしたご経験を踏まえ、今の地球社会をどう見ておられますか。
   
 私はよく地球を「銀河1丁目1番地」だと言っています。地球も宇宙環境の一部であり、皆さんが思っているほど大きくないんです。

 今は衛星写真などもありますから、視野を広げて地球を外から見てほしい。つまり、「井の中の蛙」にならないでほしいのです。

 一度、自分の井戸から出てみると、「あれ、うちの水、ちょっと汚かったかな」と気付くものです。ガガーリンの時代と比べて、今の私たちは、どれだけ地球の資源が枯渇し、美しい自然が汚れてしまったかを、ずっとよく認識できるはずです。
 
 人類は、これまでずっと人間同士で愚かな争いをしてきました。近年では、グローバル化が進展して、その恩恵が届かない人たちもたくさん生まれました。そして、「みんなで手を繋ぐよりは、自分だけが幸せになろう」という風潮が広がってしまった。

 でも今は、そんなことを言っている場合ではありません。コロナをはじめ気候危機もあれば、食糧危機もある。日本には地震もある。一緒になって戦うべき脅威がたくさんあるのです。

 コロナのワクチンだって、自国だけが受けても、世界中に行き渡らない限り、安心して隣の国にも行けないわけです。この狭い地球の中で、いがみ合うのではなく、手を携えて、共通の敵に立ち向かわなければならないのです。

戦後の群馬で育つ

 ――世界が協調して難局を乗り越えなければなりません。こうした向井さんの生き方は、どのように育まれたのですか。
   
 私は群馬・館林の生まれで、戦後の貧しい時代に育ちました。地域では、男性も女性も関係なく、働ける人はみんな働いていて、ご近所同士で仲良く助け合い、年上は年下の面倒を見るのが当たり前の環境で育ちました。だから、みんなで力を合わせて、明るく分け合って生きていくことが自然と身に付いたと思います。

 一番、影響を受けたのは母です。大正生まれで戦争をくぐり抜けてきた母は、刺しゅうの技術を身に付け、かばん屋を開業しながら、4人の子どもを育てました。今も96歳で健在ですが、どんな環境でもたくましく生きる姿、そして、「自分がされて嫌なことは、人にしてはいけない」との言葉は、私の生き方の土台になっています。

 宇宙飛行士を目指したのは31歳の時です。医師として働いていた当直明けの朝、たまたま開いた新聞で募集の記事を目にしたのです。運命的な出あいでした。宇宙飛行士はパイロットや軍人がなるものと思っていたのに、医師でも、女性でもなれる。感激しました。

 試験に合格して、宇宙に飛び立つまでの間、スペースシャトルの爆発事故があり、計画が止まったこともありましたが、諦めずに訓練や研究を重ねました。そして、選出から9年を経た42歳の時、「この目で宇宙を、地球を見たい」という夢がかないました。

初めて宇宙に飛び立つ日を迎えた向井さん(94年7月8日、朝日新聞社提供)
初めて宇宙に飛び立つ日を迎えた向井さん(94年7月8日、朝日新聞社提供)
「違い」を楽しむ

 ――人生を切り開かれた挑戦に勇気をもらいます。私たちが「平和の文化」を築くうえで大切なことは何でしょうか。
  
 一番は「ダイバーシティ(多様性)」だと思います。例えば群馬出身の私は、同郷の人と「上毛かるた」の話をすると盛り上がります(笑い)。でも同じ群馬でも館林と他の地域では文化や風習が違ったりします。そうした違いに出くわした時、「そうなんだ!」と発見があるものです。

 日本人とアジア人も、似ているところ、違うところがありますよね。自分たちが全てと思うのではなく、相手との違いを見つけたら、楽しむこと、学ぶことです。そして共通点を見つけたら、慈しむことです。そうやって、多様性を大事にする中で、包摂的な社会が生まれるのです。学問の世界も同じです。

 私は宇宙飛行士として、職業や性別、国籍など背景の異なる仲間たちと過ごしました。目的は同じでも、考え方の違いで意見がぶつかることもありましたが、相手から学ぶこともたくさんありました。

 自分が「当たり前」と思っていても、相手の「当たり前」とは限らない。そう思って謙虚になることで、互いを尊重し合えるいい関係になります。そうやって、力を合わせてさまざまな仕事を成し遂げることができました。自分の周りにいい仲間を増やせば、いいコミュニティーが生まれます。それは職場だけでなく、家庭や地域社会も同じで、そこに平和が生まれると思うのです。

 地球は皆さんが思っているほど大きくはありません。資源は限られています。同じように私たちの人生も限られています。これからの宇宙の平和利用を考えることは、地球の未来を考えることであり、次の世代のためでもあります。だから、ぜひ宇宙を見つめてほしい。そうすれば、地球への向き合い方、そして、一人一人の生き方はきっと変わるはずです。

 むかい・ちあき 宇宙飛行士。1952年、群馬県生まれ。慶應義塾大学医学部卒。同大卒の女性初の心臓外科医として勤務。その後、宇宙飛行士を目指し、85年に選出され、94年と98年にスペースシャトルに搭乗。宇宙空間で微小重力実験や宇宙医学分野の実験を行う。フランスの国際宇宙大学で客員教授、JAXA(宇宙航空研究開発機構)宇宙医学研究センター長などを歴任。現在、東京理科大学特任副学長兼スペース・コロニー研究センター長を務める。
 
 

【池田先生の写真と箴言】
1990年11月、池田先生撮影
1990年11月、池田先生撮影

 宇宙的視野に立てば、人間は同じ地球の住人であることがわかります。運命共同体であることを知るでしょう。また人間は誰しも、かけがえのない存在だとも気づくでしょう。

 こうした生命観、宇宙観は、私たちに人種や利害を超えた対話を促すのです。
 それは「人間の安全保障」から、さらには「地球生命の安全保障」という視野も開いてくれます。
  
 池田大作
  
(ロナウド・モウラン博士との対談集『天文学と仏法を語る』から)
 
 

 ※感想はこちらまで
 heiwanobunka@seikyo-np.jp

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