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【18時配信・電子版連載】大人と若者の“境界線”を越えよう――認定NPO法人D×P理事長 今井紀明さん 2024年2月15日

  • 〈WITH あなたと〉#Z世代

 Z世代の記者がZ世代をテーマに特集しています。第9回は、「10代の孤立」という社会問題の解決のため、オンラインのチャット相談サービスから、対面で若者が自由に使えるフリーカフェまで、多岐にわたって支援を行う認定NPO法人D×Pの理事長、今井紀明さんに話を聞きました。支援の最前線で若者と触れ合う今井さんに、彼らとのコミュニケーションについて教えてもらいました。(取材=松岡孝伸、菊池優大)

■憎悪から前へ

 ――今井さんは高校生だった2004年、子どもたちの支援のため、当時紛争地域だったイラクへ渡航し、武装勢力に拘束されました。無事に帰国することができたものの、「自己責任」という言葉のもと、日本中からバッシングを浴びることに。
 罵倒の手紙や電話がやまず、今井さんは対人恐怖症になり、2年間の引きこもり生活を送ることになりました。その後なぜ、もう一度社会と向き合い、現在のような活動ができるようになったのでしょうか。


 

 正直、今でも世界を恨んでいる節があると思います。でも、社会に対する憎悪や不信ばかりを募らせて生きていても面白くないじゃないですか。

 ――面白くない?

 はい。社会を憎むことだけに力を割いていても何にもならないと思ったんです。

 引きこもっていた当時、束になって届いていた誹謗中傷の手紙に目を通してみました。「頼むから死んでくれ」「税金泥棒」など、憎悪に満ちた言葉の数々。

 ふと、僕は何を思ったのか、パソコンを開いて、一通一通、文字起こしを始めてみたんです。そのうち、書き手は一体、どんな意図や気持ちで、この手紙を書いたんだろうかと、真意を知りたくなりました。

 そこで、連絡先が明記されていた人に、思い切って返信を書いてみたんです。すると、また返信が来まして、気付けば文通するように。中には直接会った方もいました。

 初めは「消えろ」と罵倒していた人が、いつしか「頑張ってね」と励ましてくれるまでに変わった。人と人は分かり合えない、という人もいるけれど、案外、そんなこともないんだなと学びました。

 あと、実際に話してみると、不登校の娘さんがいらっしゃったり、経済的に苦しかったりと、一人一人何かしらの困難を抱えていました。結局、どこに向けていいか分からない怒りや悲しみを、私という個人を標的にしてぶつけていたのかもしれません。

 ――そうした悲痛な叫びに触れ、自分に何かできないかと考えるようになったのでしょうか。

 すぐに行動に移せたわけではありませんが、社会を少しでもよくしよう、という思いに段々と変換できるようになりました。

 それは決して、私一人の力で成し得たことではありません。周りの人たちの助けがあったからです。社会から否定された自分を、否定せずに受け入れてくれた友人がいました。彼らのおかげで、私は自分と向き合い、少しずつ苦しみを乗り越えることができたんです。本当に運が良かったとしか言いようがありません。

 ただ、さまざまな困難を抱える人と出会い、「自分は幸運だった」で終わらせずに、同じように苦しんでいる人、特に若い人たちの力になりたいと思えるようになったんです。

■“一人の人間として”

 ――創価学会でも、若い世代とのコミュニケーションを大切にしています。今井さんたち「D×P」は昨年、若者が集まる、大阪ミナミの通称「グリ下」(道頓堀グリコサインの下)近くに「第三の場所」となるユースセンターを開設しました。
 38歳となった今井さんも、若者と直接触れ合うことがあるかと思いますが、難しいと感じる場面はないでしょうか。


 先日、ユースセンターに来てくれた子がスタッフに言った「ここってちゃんとした大人がやってると思ってた」という言葉が印象的だったんです。

 

グリ下近くに開設されたユースセンター
グリ下近くに開設されたユースセンター

 「ちゃんとしていないんかい!」というツッコミはいったん置いておいて、彼らの多くは過去、家庭や学校、警察、行政などで嫌な思いや経験をしているため、大人への拒否感がとても強いです。何か話した時に大人から指導されることや、何か言われてしまう、というような経験が、とても多かったのではないかと思います。

 ――過去を振り返ると、私も嫌な思い出が特別あるわけではありませんが、「大人には分かってもらいづらい」という感覚はあります。

 ですから僕自身は、彼らに安心してもらうために、自分の肩書を降ろして“一人の人間として”フラットに話すことを大切にしています。
 
 例えば、スタッフが僕のことを「ここの代表だ」と紹介したら、若い子たちはみんな引いてしまって、話してくれなくなるでしょう。イラクでの経験も、自分からは話さないようにしています。ただの「今井紀明」として彼らと接します。

 ほかにも細かいところですが、格好に気を付けて、スーツでは会わないようにしています。できれば髪も染めていきたいくらいです。みんなに安心し、信頼してもらうために、みんなと同じ人間だと思ってもらえるようにしています。

 ――フラットな関係といっても、大人になると、どうしてもプライドが邪魔をしてしまいがちですよね。

 そうした方にありがちなのは、すぐにアドバイスをしてしまったり、上から目線でものを言ってしまったりすることです。当然、相手は萎縮してしまいます。

 ユースセンターに話を戻すと、来ている子たちは、さまざまな問題を抱えている場合が多いです。しかし、彼らはあくまでも友達をつくりに来たり、遊びに来たりしているだけで、「問題を解決しよう」としているわけではありません。

 ですから現場では、フラットなコミュニケーションのために、“相談から始めない”ということも大切にしています。何かこちらから“良い答えを言わなくちゃ”と、かしこまるのではなく、あくまでも、趣味などの何げない話から、若者との関係を結べばいいと思います。

■意外な共通点から

 ――私自身は、目上の人と趣味の話が合ったことがなくて。世代が違う人と趣味の話をするのは難しいと感じてしまいます……。

 実は今、若者のカルチャーがものすごく細分化しているんです。まず僕であれば、音楽やゲーム、漫画が好きなので、そうした自分の関心事から話を広げていきます。

 彼らの趣味趣向が多岐に広がっているおかげで、「昔のアーティストが好き」とか、意外なところで共通点が見つかることもあります。また、好きなことでなくても、もしかしたらアルバイトや部活の経験などで盛り上がることもあるかもしれません。

 このように趣味の話などを通して、大人と若者の“境界線”を越えていくことが、彼らとの信頼を築く上で、重要だと感じています。人それぞれだとは思いますが、必ずどこかに超えられるポイント、共通点があるはずです。

 「理解できない」「何を考えているか分からない」と思われてしまうと、不安を抱かれ、距離ができてしまいます。基本は話を聞くことが大切ですが、相手が興味をもってくれるように、自分の情報を少しずつ伝えていくことも必要でしょう。

 ――なぜ、ここまでコミュニケーションを大切にし、活動を続けることができるのでしょうか。

 コミュニケーションスキルのような話をしましたが、“境界線”を越えるために最も大切なのは、目の前のその人自身に興味をもつことではないでしょうか。どんな人間も、それぞれの物語があって面白い。そういう目線で人を捉えられれば、誰とでも心を交わしていくことができると思っているんです。

 「今井くんの考えとは違うけれど、D×Pは応援する」と支援者に言われたことがあります。価値観が一致しなくても協働はできる。ここにコミュニケーションや対話の醍醐味もあると思っています。

【プロフィル】

 いまい・のりあき 1985年、札幌市生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)卒。神戸市在住、ステップファザー。2012年にNPO法人D×Pを設立。孤立しやすい10代が頼れる先をつくるべく、登録者12000人を超えるLINE相談「ユキサキチャット」で全国から相談に応じる。10代の声を聴いて伝えることを使命に、SNSなどで発信を続けている。

※今井さんとユースセンターの写真は本人提供

●最後までお読みいただき、ありがとうございます。ご感想をお寄せください。
メール youth@seikyo-np.jp
ファクス 03-5360-9470

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