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〈スタートライン〉 作家 町田そのこさん 2021年7月4日

  • 「52ヘルツのクジラたち」で本屋大賞を受賞
  • ぬくもりをひとかけらでも、読み手の心に

 全国の書店員が「今、一番売りたい本」を選ぶ「本屋大賞」で本年、『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)が第1位に輝きました。本作を執筆した作家の町田そのこさんに、作品に込めた思いや作家としての原点を聞きました。
  

  
 ――本書のタイトルは、不思議と心に残ります。
  
 「52ヘルツのクジラ」とは、他のクジラが聞き取れない高さの周波数で鳴くクジラで、近くを泳いでいても、他のクジラには声が届かないそうです。だから「世界で最も孤独なクジラ」といわれています。
  
 それをモチーフに、「声なき声」を上げている存在として、虐待児童の問題を取り上げました。私自身、子を持つ母として関心を持っていましたし、このテーマを扱う以上は、中途半端な幸せは書くまいと決めていました。
  
 ――主人公は、親から虐げられ人生を奪われてきた女性・貴瑚。逃げるように移り住んだ海沿いの町で、同じように母親から虐待を受けている少年と出会います。そこから、家族や友人、移住した町の人々など、さまざまな人間模様が描かれていきます。
  
 人と人との「つながり」をすごく書きたかったんです。傷つけるだけの関係もあれば、支え合って助け合うつながりもありますよね。それは家族も同じで、これまでは血のつながりこそ家族だというのがスタンダードで、それ自体は大切なことですが、血のつながりだけで縛ると息苦しくなることもある。
  
 今はどんどん多様化していて、さまざまな家族の形があります。私が考える家族は、離れていても心の支えになる人で、逆に、一緒に暮らしていても、苦しめる存在は家族とは呼べないと思う。
  
 今回、「つながり」について書くうちに、人って最初こそ“もらう側”なんだけど、いつかは人に“与える側”にならないといけない――そんなふうに考えがまとまっていきました。
  
 人によっては、与えることが得意で、もらうことに慣れていない人もいるし、私自身は今でも子どもから“与えてもらっている”と感じる時もあります。一人一人が自分の大切な人たちと、どんなつながりをつくるのか。それを考えることが大事だし、成長することで変わっていくと思う。その時その時に、“もらう側”と“与える側”の役割がちゃんとあって、それを担っていくのが「つながり」なんじゃないかなって感じます。
  

ささやかな気遣い

  
 ――そのつながりを豊かにするためにも、「声なき声」に気付いて、受け止められる人でありたいと思います。大切なことはなんでしょうか。
  
 自分の周りにいる人の様子が、いつもと違うなと感じたら、「だいじょうぶ?」って一声掛けてあげる。そんな視線や、ささやかな気遣いだと思います。救いになるかもしれないし、それが広がれば、社会はもっと生きやすくなるはずです。
  
 今はSNSもあって、世界とのつながりは広がっているのに、近くにいる人への気遣いが減っているんじゃないかと感じたりします。
  
 もちろん、声を掛けたけど、自分一人で解決できないこともありますが、その時は他の誰かに相談することもできますよね。大事なのは、つらい時に誰かが「自分のために動いてくれた」ということだし、多分、それだけで幸せというか、一歩進めるんだと思います。
  
 ――町田さんが作家を志した原点は、小学生の時にいじめられた経験にあると聞きました。
  
 あの時、心の支えになったのは、作家の氷室冴子さんの小説でした。物語や登場人物にすごくパワーをもらっていて、学校に本を持っていっては、教室の隅っこでずっと読んでいました。そうすれば全然寂しくなかったし、幸せだった。おかげで生き延びることができました。
  
 初めて読んで夢中になったのが『クララ白書』という小説です。登場人物がみんな優しくて、でも自分をしっかりと持っている女の子たちばかりなんです。私は学校で嫌なことがあると彼女たちを思い浮かべて、「今ここにいたら、どう言うんだろう」とか想像してました。そうやって物語と対話することで、「彼女たちに恥ずかしくない人生を送りたい」という思いが生まれてきて、そのおかげで、ぶれずに育ってこれたのかなと思います。
  
 いつか作家になって氷室さんにお会いした時に、「あなたに会いたくて作家になりました」ってお礼を言うのが、小学生の時の夢でした。物語って人を生かすことができるすごい力を持っています。
  
 ただ、作家には憧れましたけど、「大学の文学部とかで勉強した都会の人がなるものだから、田舎者で学歴のない自分には無理」って思いこんでいました。それで20代の頃は、理容師や和菓子店員、葬儀関係など、いろんな職業に就きました。でも、どれも長続きせず、何をやっても失敗しちゃう自分がすごく嫌だったんです。
  
 理容師をやっていた時も、全く才能がなくて、ずっと怒られていました。ひげをそればお客さんの顔を傷だらけにしたこともありましたし、シャンプーしても襟元をびしゃびしゃにするし、ヘッドマッサージをしても痛いだけで気持ちよくないと言われて。だから本当に逃げるように辞めちゃったんです。コンプレックスまみれの人生でしたね。
  
 転機は28歳の時でした。氷室さんが亡くなられ、それを知った時、今までうっすらと抱いていた不安とか空虚さとか、自分に対するあきれ果てたような気持ちが、ばっとはじけちゃって、「私、今まで何してたんだろう。夢があったのに追うこともせず、何だらだら生きてたんだろう」って思ったら、情けなくて、悔しくて。そこから一念発起して小説を書き始めました。
  
 ――小説を書く中で、そういったご自身の経験は生かされているのでしょうか。
  
 直接的には、たとえば和菓子屋での経験は、「溺れるスイミー」という短編小説で、お菓子工場で働く女性を描いたことにつながっています。葬儀屋で感じたことも、別の小説を書き始める着想になりました。
  
 また今回の物語を書いていく中で、自分がいじめられていた、弱者だった時のことを今でも引きずっているということに気付きました。書いているうちにそういう記憶がよみがえってきたんですよね。だけど、むしろその感情を言葉にしたい、書かないといけないって思うようになっていったんです。自分が感じていた負の感情を文章化することも大事なのかなと。そこと向き合うことで自分の中で整理をつけている部分もありますし、読んでくださる方に「私もこうだったんだよ」って伝えたいんです。
  
 教室でみんなが盛り上がっている中で、一人で本を読んでいた時の思いって、簡単には言い表せないんですよ。私はそれを短い文章で書けないから、何文字もかけて表現して、物語に落とし込んで伝えていきたいんです。
  

「芯」を育てる

  
 ――本作では、少年との出会いによって主人公・貴瑚の人生は動いていきます。人との出会いや別れが、自分を変えるきっかけになると感じさせてくれます。
  
 どんな人と、どんな形で出会うかによって、人はいくらでも「生き直し」ができると思う。年齢も関係ありません。大切なのは、そのチャンスをどのように良い方向に持っていけるかです。
  
 そのためには、自分の中に「芯」を持つことだと思います。たとえそれが、細くて頼りなかったとしても、少しずつ太くしていく努力が大事で、そうすれば、生き直す時の体力になります。
  
 私の「芯」は、小学生の時に感じた物語の力であり、作家になりたいという夢でした。それは、忘れかけていた細い一本の糸のようなものでしたが、作家を目指し始めてから、本を読みあさったり、パソコンを買うためにパートに出たりして育てていきました。いろんな失敗やコンプレックスも寄せ集めて芯の糧にしてきましたし、その劣等感や空虚感とかいうものが今、役に立っている。「私だって、こんな人間なんだよ」っていうことが作品にも出てるんじゃないかと思います。
  
 それを読んでくださった人の芯を強くする手助けができて、心にひとかけらでも何か温かいものが残ればいいですね。そして、長い一生のごく一部分、ほんの数日でも、支えになれたらうれしい。それが、私に生きる力を与えてくれた物語への恩返しになると思っています。

  
 【プロフィル】
 まちだ・そのこ 1980年生まれ。2016年に「カメルーンの青い魚」で第15回「女による女のためのR―18文学賞」大賞を受賞し、翌年、作家デビュー。昨年発刊した初の長編小説『52ヘルツのクジラたち』が、全国の書店員が最も売りたい本を選ぶ「2021年本屋大賞」を受賞。主な著作に『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』『コンビニ兄弟―テンダネス門司港こがね村店―』(新潮社)など。

  
 【記事】近藤翔平、歌橋智也 写真提供:中央公論新社
  
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