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〈Seikyo Gift〉 巨大地震へ「事前の対策を」――関西大学社会安全学部・河田惠昭特別任命教授に聞く〈希望をつくる――災害と“心の復興”〉 2023年8月27日

 災害に向き合う人々の生き方を通し、人生の希望を生み出す方途を探ってきた本企画「希望をつくる――災害と“心の復興”」。今回は「未来への教訓」をテーマに、関西大学社会安全学部の河田惠昭特別任命教授に、「南海トラフ巨大地震」や「首都直下地震」等、未来に想定される大災害で何が起こるのかをはじめ、自身や周囲の命を守るために必要な視点などを聞いた。(聞き手=水呉裕一、村上進 4月24・25日付〈要旨〉)

 〈本年、関東大震災から100年を迎えます。現在、日本では数々の災害の教訓の風化が叫ばれる一方、今後、起こるとされる大災害への危機感が募っています〉
  
 大地震が今後、30年以内に発生する確率は「首都直下地震」で70%、「南海トラフ巨大地震」で70~80%といわれています。これらの地震が起こった場合の犠牲者数は、首都直下地震で2万3000人(政府・中央防災会議想定)、南海トラフ巨大地震で23万1000人(内閣府防災想定)といわれていますが、私は朝の通勤ラッシュ時などの人が混み合う時間帯での発災や、災害関連死による犠牲等を考慮すると、被害者数はさらに増えると考えています。
 
 しかし、こうした危機が迫っているにもかかわらず、多くの人は“他人ごと”だと思っています。この現状を変えたいとの思いから、私は昨年3月からNHKのテレビ番組の制作にかかわってきました。先月(=本年3月)、放映された南海トラフ巨大地震が起きればどうなるかという想定をもとにしたドラマです。東大阪で町工場を営む男性を主人公に、同居する妻や子ども、高知県に住む年老いた両親、東京で働く妹の行動や心境を描き、一人でも多くの視聴者が身近な人や大切な人を思い浮かべられるように工夫しました。
 
 誰だって、自分の近くで災害が起きることなど、想像したくはありません。それでも“自分ごと”として考えていかなければ、いざという時に自分や家族、周囲の人の命を守ることはできません。
 

被害発生の多様性

 〈このドラマでは、「南海トラフ巨大地震」の「半割れ」という現象が紹介されていました〉
  
 「半割れ」というのは、南海トラフの想定震源域を東側と西側に分けたうち、片方だけで地震が発生する現象です。発生しなかったもう片方は、時間差で同規模の地震が発生します。
 
 過去の歴史を見ても、1854年に東側で「安政東海地震」(M8・4)が起き、その32時間後に西側で「安政南海地震」(同)が発生しています。また1944年に「昭和東南海地震」(M7・9)が起きた際は、その2年後に「昭和南海地震」(M8・0)が発生しました。
 
 このように東西の地震のタイムラグは、数時間から数年の幅があります。いつ起こるか分からない地震への不安は募り、災害への備えが一段と必要になることから、先に起きた被災地の復旧・復興支援にも遅れが出てしまうことが想定されます。
 
 また「全割れ」といって、1707年の「宝永地震」(M8・6)のように、東側と西側で同時に地震が発生することもあります。この場合の被害は「半割れ」以上で、想像を絶するものと予測されます。南海トラフ巨大地震といっても、発生の仕方によって対応は異なるため、多様な対策が必要なのです。
 
 しかも、災害は単独で発生するとは限りません。先ほど紹介した安政の東海・南海地震が起きた翌年には、「安政江戸地震」(M6・9)が発生しています。その翌年には「安政江戸暴風雨」が起き、10万人が命を落としました。
 
 こうした複合災害は、南海トラフ巨大地震や首都直下地震の時にも起こる可能性があります。例えば、富士山の噴火などが起これば、国を衰退させる“国難”となることは間違いありません。

内閣府の「防災情報のページ」で公開されている南海トラフ巨大地震の被害想定や対策をまとめた映像。ここでは首都直下地震に関する映像も紹介されている
内閣府の「防災情報のページ」で公開されている南海トラフ巨大地震の被害想定や対策をまとめた映像。ここでは首都直下地震に関する映像も紹介されている

 
こちらから、「防災情報のページ」にアクセスできます。
 

社会現象の相転移

 〈そうした国難級の災害に備えるために、どのような視点が必要なのでしょうか〉
  
 私は事前防災の鍵として、社会現象の「相転移」というものを研究してきました。
 
 相転移とは、もともとは熱力学や統計力学で用いられる言葉で、例えば、水が温度や圧力の変化によって、氷や水蒸気になるように、物理的な性質が異なる状態に変化することです。
 
 これを災害に置き換え、どのような条件によって、多くの被害が生まれてしまうのか、いわば相転移を引き起こしてしまうのかを、過去の大災害から調べたのです。そうした研究を通し、その時々の社会に潜む“課題”や“弱点”が、常に被害拡大の相転移を引き起こしてきたことを突き止めました。
 
 100年前に起きた関東大震災を例に見てみたいと思います。東京や横浜をはじめ10万5000人が犠牲となったこの災害で、「相転移」を引き起こしたのは、都市の人口過密に遠因する広域延焼火災でした。
 
 明治以降、都心の人口が急増したことで住居も増え、街には延焼防止のための空地もなくなっていきました。そこへ地震をきっかけに同時多発的に火災が発生したのです。火災による死者数は全体の約90%ともいわれました。
 
 以来、地震が起こっても火災さえ起きなければ、被害は少ないという先入観から「地震だ、火を消せ」という標語が長年、防災ポスターに使われていくのです。
 
 ところが、28年前に阪神・淡路大震災が起こり、直後に5500人が亡くなりました。そのうち、約5000人は建物の全壊・倒壊が直接的な原因となりました。この時は、古い木造住宅の全壊・倒壊が「相転移」を起こしたのです。
 
 東日本大震災の発災直後には、約1万6000人が命を落としました。想定外の巨大津波が原因で、多くの方が亡くなったと思われるかもしれませんが、実は第1波が最も早く到達した岩手県沿岸部でも、津波が来るまでに約30分の時間があったのです。私はこの時、「相転移」を起こした原因は、住民の約30%が避難しなかったことだと考えています。「沿岸には高い防潮堤があるから大丈夫だ」などという思い込みが、被害を拡大させてしまったのです。
 
 こうした社会に潜む“課題”や“弱点”を事前に把握し、対処することができれば、「相転移」が起こらず、被害を最小限に抑えることができると考えています。

100年前に起きた関東大震災で甚大な被害があった東京の街並み。人口過密に遠因する広域延焼火災が多くの尊い命を奪った ©Library of Congress/Corbis Historical/Getty Images
100年前に起きた関東大震災で甚大な被害があった東京の街並み。人口過密に遠因する広域延焼火災が多くの尊い命を奪った ©Library of Congress/Corbis Historical/Getty Images
 
“弱点”を見つめて

 〈だからこそ、過去の災害の教訓を踏まえつつ、それぞれの地域で何が“課題”となり、“弱点”となっているのかを考え、対策を講じていくことが必要ですね〉
  
 どのような土地で、どのような人々が住んでいるのかによって、「相転移」を引き起こす原因は異なりますし、それは、どのような災害が来るのかによっても変わります。
 
 そうした中で、被害を抑えるためには、そこに住む全員が主体者となって、自分の地域の“弱点”を見つめることが大切ですし、何より必要なのは、一人一人が「事前の対策」を進めていくことです。
 
 私は、防災・減災とともに「縮災(災害レジリエンス)」というものを提唱しています。これは、事前対策を進め、災害後に速やかに復旧・復興に動けるようにすることによって、被害を最小限に抑えることを目的とした発想です。
 
 この縮災の鍵も、どこまでも災害発生前の「事前の対策」です。自治体によっては“もし被災した際に復興事業でどのような街づくりを目指すか”を住民の基本合意をもとに事前に計画をつくっているところもあります。こうすることで、災害直後から復旧・復興への歩みを早くスタートさせることができるのです。
  
  
 〈私たち個人において、どのようなことを意識して「事前の対策」を進めていけばよいのでしょうか〉
  
 生活スタイルが多様化する現代にあって、一様に「これをすれば大丈夫」という答えを出すのは難しいと思いますが、「自宅や職場、学校、出張先などで災害に遭ったら、何が一番困るか」を自分に問いかけてみてください。
 
 私の場合、一番困ることは家族の安否確認が取れないことです。また、所在が分からずに家族を捜し回る中で被害に遭うことも不安です。そうしたことから、私は毎日、自分の1日のスケジュールをダイニングテーブルの上に置いていくようにしています。そこには、訪れる先の連絡先も記載しています。
 
 また、私は仕事柄、上京することが多いのですが、新幹線に乗る時は、必ず飲み物と駅弁を買って乗車します。事故などで新幹線が止まったら、簡単には運転再開しませんから。
 
 先日、20年くらい前に、この私の習慣を伝えた友人から「教えてもらったことが役立った」と感謝されました。話を聞いてみると、お子さんが乗った新幹線が止まってしまい、6時間も滞在する羽目になったというのです。
 
 お子さんには、前からこの習慣を伝えていたこともあり、同行者の分も含めて6人分の弁当とお茶を買っていたそうです。「『初めてお父さんの言うことが役に立った。ありがとう』と言ってくれた」と教えてくれました(笑い)。
 
 こういう習慣は、やり始めた時ではなく、“いつか”時間差で役に立つ時が来ます。
 
 自分に起きると一番困ること、いわば“自分の弱点”は何かを考え、対策を講じていく――その一つ一つの挑戦が、自分や周囲の人を守ることにつながるのです。
 

一人でも多く救う

 〈河田特別任命教授は、地域の災害の教訓や慣習などを踏まえた「災害文化」を、それぞれの地域で育んでいくことも重要だと指摘しています。この災害文化を育む上で、私たちが大切にしなければいけないことは何でしょうか〉
  
 「命ほど大事なものはない」という理念を根底に据えて、一人でも多くの命を救う対策を練っていくことだと思います。
 
 現在、南海トラフ巨大地震による津波被害が想定される地域では、定期的に避難訓練が行われています。
 
 とりわけ最も高い津波が来ると想定されている高知県・黒潮町では、“犠牲者ゼロ”を目指して、避難に助けがいる高齢者や障がい者の支援にも力を入れています。
 
 そこで始めたのが、「玄関先まで避難」です。この目的は、被災しても避難を諦めずに最初の一歩を踏み出す力を養うことです。
 
 津波避難タワーまで逃げ切ることは、足腰の弱った高齢者には大変なことです。しかし、玄関先まで自力で出ることができれば、地域住民の助けを借りて避難できる可能性が高まります。そうしたことから、まずは玄関先まで避難するという文化を育んでいるのです。
 
 しかし、避難訓練を繰り返していく上で、訓練に参加する高齢者の中には、「もう、足が痛いからやめる!」と、避難を諦めてしまう人が出てきました。
 
 「そんなんやったら、死んでしまいますよ」と声をかけるのですが、「私の命をあんたにとやかく言われる筋合いはない」と開き直ってしまう人もいます。
 
 そうした時、私は「お孫さんはいますか」と尋ねます。「あなたはそれでよくても、もしあなたが津波で亡くなってしまったら、お孫さんは一生、『なんで助けられなかったんだろう』と悔やんで生きないかんのですよ」と言うのです。すると、“もう一踏ん張りしよう”と再び避難タワーを目指して歩き始めてくれるのです。
 
 文化といっても、一人一人に根付かせるのは、簡単なことではありません。
 
 通り一遍のルールを設けても、それに対応できない人は必ず出てきます。そうした漏れ出た人たちから犠牲者が出るのが災害の特徴です。どうすれば一人でも多くの命を救えるのかを悩み、実践を繰り返す中で、荒ぶる自然に対処できる災害文化が育まれていくと思います。
 

私から始める防災

 〈一人一人に防災意識を根付かせるためには、何から始めたらいいのでしょうか〉
  
 理想は、地域全体を巻き込んでの大がかりな防災訓練などを定期的に行えたら良いのかもしれません。しかし、防災に興味を持っている人は少ないので、現実は、なかなかうまくいかないのが実情だと思います。
 
 その上で、第一歩として考えられるのは、防災意識を持った一人が災害に関する知識を身に付け、自分が助かるために、どう避難すれば良いかを考えて訓練することです。
 
 その次に、家族や近隣の人を少しずつ巻き込んでいく。
 
 「防災の取り組みをやろう」と意気込む必要はありません。お祭りや子ども会の行事、地域の草野球など、楽しい集まりの中に、少しだけ防災意識を取り入れていく。地道ですが、その繰り返しの中で、必ず地域住民の中に少しずつ防災意識が芽生えていきます。
 
 これまでの災害の人的被害を見てみると、住民の日常生活の延長線上で起きているケースが多い。決して特殊な条件下だったから、被害が発生しているわけではありません。つまり、普段から日常生活の中で少しでも防災の意識を持っておくことが、いざという時の助けになるのです。

学会の清掃ボランティア「かたし隊」が水につかった家財を運び出す(2020年7月、熊本・人吉市内で)
学会の清掃ボランティア「かたし隊」が水につかった家財を運び出す(2020年7月、熊本・人吉市内で)

 
 〈創価学会の会員の中にも、「防災士」の資格に挑戦するなど、防災意識を持った人が増えています。また災害が起きるたびに、「かたし隊」という清掃ボランティア等を発足させ、自分にできる復興支援に取り組んでいます〉
  
 創価学会の復興支援の活動は存じ上げています。
 
 他の宗教団体でも、復興支援のボランティア活動を実践しているところはあります。以前、ある宗派の人から相談を受けたことがあります。「布教目的ではなく、一生懸命にボランティア活動をしようとしているのに、受け入れてくれない地域がある」と。
 
 そこで私は、日常的な活動をしていない地域で、いきなりボランティア活動をしようと思っても、その心を素直に受け入れられないのが被災者の心理だと申し上げました。
 
 宗教は“心の世界”です。やはり、日常的な活動が活発でない所で、いきなり地域のために良いことをしようと思っても、理解を得られることは難しい。反発の方が大きいのではないでしょうか。
 
 私は関西に住んでいるから感じるのですが、日頃から活発に活動をしている創価学会の皆さんが、いざという時に「こういうボランティア活動をやります!」と言った時には、誰も何も言えないのではないでしょうか(笑い)。
 
 だから私は、創価学会全体として「防災の取り組みをしよう」と意気込む必要はないと思います。これからも仏法を基調とした平和・文化・教育の活動をベースにしつつ、その中に防災の取り組みを少し取り入れ、継続していただければ、実効性の高い災害文化を育んでいけるのではないかと思います。
  
 

〈プロフィル〉

 かわた・よしあき 1946年生まれ。京都大学名誉教授、関西大学名誉教授、関西大学社会安全研究センター長、阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター長。専門は防災・減災、危機管理。日本自然災害学会会長や、日本災害情報学会会長などを歴任。2007年に国連SASAKAWA防災賞を受賞。2009年に防災功労者内閣総理大臣表彰を受ける。著書に『津波災害――減災社会を築く』(岩波書店)、『日本水没』(朝日新聞出版)、『災害文化を育てよ、そして大災害に打ち克て――河田惠昭自叙伝』(ミネルヴァ書房)など。
  
  

 インタビューの全文は、こちらから読むことができます。

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認定NPO法人フローレンス会長。2004年にNPO法人フローレンスを設立し、社会課題解決のため、病児保育、保育園、障害児保育、こども宅食、赤ちゃん縁組など数々の福祉・支援事業を運営。厚生労働省「イクメンプロジェクト」推進委員会座長

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