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〈防災――身を守る行動〉 三重・紀宝町の取り組み コミュニティ防災 2024年3月27日

 町を挙げて防災・減災に取り組む三重県・紀宝町。自主防災組織をはじめ、町民の防災意識は高く、コミュニティー(地域)防災が、現実に機能しています。それを可能にしたのが防災行動計画「タイムライン」の活用でした。「防災――身を守る行動」では、2回に分けて同町の取り組みを紹介。今回は水害対策編です(次回は地震・津波対策編、4月10日付予定)。
 

●タイムラインとは●
「いつ」「誰が」「何を」を定める
――自主性を育む行動計画

 タイムラインとは「いつ」「誰が」「何をするのか」を事前に定める防災行動計画。
 台風など自然災害の警戒情報が発表された段階から、時系列に定めた防災行動を起こし、身を守ることにつなげていく。
 予報から発災まで、比較的に時間がある風水害対策のツールとして活用されているが、突発的な災害である地震・津波対策にも活用を始めた自治体がある。
 タイムラインは主に「流域」「自治体」「コミュニティー(自治会・町会など)」「世帯・個人」の4種類がある。
 特長の一つは、防災に関わる専門機関や地域組織が策定に参加することで、組織の垣根を越えた連携・共有が生まれ、漏れと無駄のない防災行動が生み出されること。
 各タイムラインが連動することで、有用性はさらに上がっていく。
 日本でタイムライン防災が始まったきっかけは、アメリカ・ニュージャージー州にあった。2012年にアメリカなどを襲った「ハリケーン・サンディ」は、130人超の犠牲者が出るなどの大水害だった。
 同州も高潮によって約4000世帯の住居が全半壊するなど壊滅的な被害に見舞われたが、住民は早めの避難行動を取り、人的被害はゼロ。そこにタイムラインの原型となる防災行動計画があった。
 調査団の一人として渡米した松尾一郎さん(東京大学大学院客員教授)が日本に持ち込んで10年。激甚化する災害対策に各地でタイムラインが取り入れられている。
 防災・減災につながった事例などから22年には、国や地方公共団体等がタイムライン作成に努めることが、国の災害対策の根幹をなす「防災基本計画」に盛り込まれた。
 

●大水害の教訓を胸に●

 海、川、山の風光明媚な景観が広がる三重県・紀宝町。2006年の町村合併を経て誕生した。
 紀伊半島の南東部に位置し熊野灘に面する同町には、半島最大の1級河川「熊野川」が和歌山県との県境に流れ、川の一部は世界遺産にも登録される。温暖多雨な気候を利用したかんきつ類の産地としても有名だ。
 自然の恵みを生かした町づくりを進める一方、自然の脅威も十分に認識し、災害対策に力を注ぐ。
 紀伊半島は日本有数の多雨地帯でもある。熊野川流域では、これまで度々、大水害に見舞われてきた。1959年(昭和34年)の伊勢湾台風では、流域全域で浸水被害が発生し、多数の犠牲者が出た。82、90、94、97年の台風でも流域で床上浸水などの被害が発生した。
 紀宝町に大きな被害をもたらしたのが2011年の紀伊半島大水害(台風12号)だった。県内では8月30日夜に降り始めた雨は9月1日から5日にかけて猛烈な雨となり、同町では熊野川などの河川が氾濫し、土砂崩れが発生。1人が犠牲になり、1人が行方不明に。町内の1004棟の家屋が被害を受け、床上浸水は約200世帯に上った。加えて断水などライフラインも一時停止。町内のほぼ全域で大きな被害に見舞われた。
 同町の防災対策室の堀勝之室長は当時を振り返り、「役場に救助要請などの電話が鳴りやむことはなかった」と悔しさを込める。
 この大水害を教訓に、西田健町長を中心に、町を挙げて、防災・減災対策に力を入れていくことになる。
 

2011年の紀伊半島大水害で海と化した紀宝町(同町提供)
 

●町を挙げた挑戦●

 日本で最初にタイムラインの策定に取りかかったのが紀宝町だった。タイムライン防災の普及に尽力する松尾一郎さんを町の総合防災行政アドバイザーに迎え、14年に作成をスタート。
 役場の担当者だけでなく、国土交通省(河川国道事務所など)や県の行政機関、町の教育機関や社会福祉協議会、医師会に警察署、自主防災組織と消防団、そして電力会社など防災に関わる各機関に参加を呼びかけた。議論を重ね、それぞれの役割を明確にした。台風発生の際に作成中のタイムラインを試用し、課題を抽出。実効性の高いものに仕上げ、15年7月から町タイムラインの運用が始まった。
 しかし、これで終わりではない。町タイムラインは、正確な気象情報に基づいて、的確な避難指示や避難受け入れの準備、各機関の調整を促すもの。実際に避難行動を起こすのは住民であり、災害の危険度や特性も地域ごとに違う。防災が実のあるものになるためには、地域ごとの対策や共助の仕組みが重要だ。
 同町では、町タイムラインの完成以降、行政の各機関と、自主防災組織、民生委員や消防団など地域組織の代表者が顔を合わせ、地区(コミュニティー)タイムラインの作成にも取り組んできた。
 避難行動の課題の一つは要支援者への対応だ。特に1人暮らしの方などは民生委員など、地域コミュニティーの支援が必要となる。
 地区タイムラインの作成では、誰が誰を支援するのかも話し合い、要支援者名簿の作成や推進、確認も行われた。完成度は高まり、自分たちで作った防災行動として、町民に定着し、地域全体の結束力も高まった。
 「タイムラインを通して、災害からの危機感と正しい防災行動を共有できる。同じ情報を持つことでコミュニティー防災が機能していく」と松尾アドバイザーは強調する。
 同町では現に、これまで四十数回にわたって、台風などに対してタイムラインを活用してきた。17年10月の台風21号では大雨によって70軒以上の床上浸水が発生したが、役場には1軒の救助要請もなかったという。
 20年10月の台風14号では、大規模な土砂災害が発生したが、人的被害は免れた。
 堀室長は「自主的に早め、早めに避難行動を起こす。皆さんの意識は格段に上がった」と手応えを口にする。
 そして今、最大11メートルの津波が予想される南海トラフ地震対策にも、タイムラインを活用しようと、議論が重ねられている。(次回詳報)
 

紀宝町鮒田地区のコミュニティータイムラインの概略版。町タイムラインの始動に連動して動き出す。全住民が早めの避難行動を起こせるよう、時系列で役割が明確化されている

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高知県出身。IT企業勤務を経て独立。エンタメから古典文学まで評論や解説を幅広く手がける。新刊『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)発売中。

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