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歌手、教育学博士のアグネス・チャンさんに聞く“学び”の楽しさ 2024年4月11日

  • 〈SDGs✕SEIKYO〉 生涯学習と家庭教育を巡って

 歌手、エッセイスト、さらにはユニセフ・アジア親善大使として、多彩な分野で活躍するアグネス・チャンさん。教育学博士でもあり、大学で教えるほか、著書や講演で、生涯学習や家庭教育の重要性について発信を続けてきました。SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」をテーマに、学び続けることの意義、家庭教育で大切にすべきことなどを語ってもらいました。(取材=澤田清美、木村輝明)

 ――アグネスさんは、歌手として活動をしながら大学を卒業し、1989年にはアメリカの名門スタンフォード大学に留学、94年に教育学博士号を取得しました。結婚・出産を経て、30代半ばで留学を決意されたきっかけは何でしたか。
  
 一番大きなきっかけは、「自分は知識が足りない」と痛感したことです。
 
 1987年、初めての出産後、赤ちゃんだった長男を仕事場(テレビ局のスタジオ)に連れていったことがきっかけで、大きな論争が起きました。
 
 〈いわゆる「アグネス論争」。子連れ出勤の是非を巡り、批判派・擁護派が入り乱れて、さまざまなメディアで賛否両論が繰り広げられた〉
 
 でも当時、私は働く女性、母親が社会の中で自由に生きていくために何が足りないのか、全く分からなかったんです。大学で児童心理学は専攻しましたが、女性差別の問題や歴史、また世界の状況も知りませんでした。
 
 そんな時、たまたまスタンフォード大学の教授とお会いする機会があり、「この論争を無駄にしないためにも、私のもとに来て勉強してはどうか」と誘われたんです。子どももいるし、仕事もしているのに、海外への留学――その上、博士課程なんて、すごく遠い話のように感じました。

アグネスさんが学んだアメリカの名門スタンフォード大学のキャンパス ©アフロ
アグネスさんが学んだアメリカの名門スタンフォード大学のキャンパス ©アフロ

 でも夫から、「落ちると思うけど、とりあえず(試験を)受けたら気が済むんじゃない?」と言われて、大学に応募をしたところ、運良く試験をパスできたんです。ところが、留学の直前になって、今度は次の子がお腹にいることが分かって……。これは無理だなと思ったのですが、教授から「アメリカでは子どもを産んで、大学に通っている人はいっぱいいますから」と言われました。
 
 さらに「この論争を、ただの論争で終わらせるのではなく、後に続く芸能人や、社会で働く女性の道を開くきっかけにするためにも、あなたが頑張らないといけない」と言われたんです。胸に響きました。
 
 実際に大学へ見学に行ったら、妊娠中の学生や、3児の母親という学生もいました。大学内のさまざまな保育施設にも案内され、安心しました。
 
 何より、スタンフォードのような素晴らしい大学で学べるチャンスなんて二度と来ないと思い、勇気を出して留学を決断しました。
  
 ――とはいえ、3歳のお子さんを連れ、赤ちゃんを身ごもった中での留学は大変だったと思います。
  
 妊娠8カ月の状態でアメリカに行きました。向こうで出産をしたんですが、体は回復していない上に、3歳の子どもがいるというのは、本当に大変でした。
 
 まだ母乳をあげていた時期ですから、授業に行く時は子どもを保育所に預け、授業が終わると、走って子どもを迎えに行きます。そして校内の目立たない場所で授乳して、再び子どもを預けて授業に参加するという繰り返しでした。
 
 広いキャンパスを走ってばかりいたので、足に筋肉がすごく付いて、「あなたはアスリートですか?」って言われたりして(笑)。

スタンフォード大学への留学中、親子3人で憩いのひととき ©T&A
スタンフォード大学への留学中、親子3人で憩いのひととき ©T&A

 スタンフォード大学は課題の量がとても多いんです。子どもを寝かしつけてから取りかかりましたが、朝までやっても終わらない。朝になると、またすぐ子どもたちを預けて、学校に行くような毎日でした。ほとんど眠れないような日もあったんですが、アドレナリン全開で、必死に頑張りました。
 
 学生の仲間たちにも助けられました。日曜日には子どもたちを預かってくれて、「その間に図書館に行け」って言うんです。子連れだと、図書館で研究の資料を集めるのは大変ですから。3、4時間で図書館を走り回って資料をコピーして。本当に助かりました。
 
 留学中は夜もほとんど眠れない状態でしたが、つらいとは思いませんでした。せっかくのチャンスをいただいたからこそ、無駄にしたら、日本で待ってくれている人たちに申し訳ない。必ず学位を取って帰らなきゃという気持ちでした。
 
 それに子どもたちがいたから、他の人は経験できないこともたくさんできたし、めげずに最後まで頑張れたんです。
  
 ――「人生100年時代」ともいわれる今、社会人になってから、あるいはシニア世代になってから大学などで学ぶ人も多くいます。「生涯学習」の意義について、どうお考えですか。
  
 私は、学ぶことに“適齢期”なんてないと思います。学びたいと思った時に、学ぶべきだからです。
  
 社会を動かすものは何かというと、やっぱり一人一人の「夢」だと思うんです。やりたいことがあるから頑張る。だから社会が動き、世界が動いていく。
 

創価大学通信教育部の夏期スクーリング。さまざまな世代の学生が参加する(2019年8月、東京・八王子市で)
創価大学通信教育部の夏期スクーリング。さまざまな世代の学生が参加する(2019年8月、東京・八王子市で)

 年を重ねると、夢を諦める人が多いです。生活のために、現実のために、子育てのために、いろいろな苦労をして、自分の思いを抑え込んでしまう。そして「夢」を忘れてしまう。そうなると、一番好きな自分、あるいは、なりたかった自分の姿を思い出すのも大変です。
 
 勉強は本来、好きな自分になるためのものなんです。自分の夢を実現するためにあるんです。小さなことでも、大きいことでもいいんです。とにかく学び続ける。
 
 外国語を勉強して旅行したいという友達が、私の周りにいるんですけど、それもいいと思います。外国に行って言葉が通じた時は、本当にうれしいですから。私も、初めて日本語が通じた時のうれしさは、今でもはっきり覚えていますよ!

人と比べない

 ――3人のお子さんも、スタンフォード大学を卒業しています。アグネスさんは子育てについての書籍も多数執筆されていますが、家庭教育で大切なことは何だと思いますか。
  
 大切なことは、山ほどあって(笑)。本を書いても書いても、まだ書き足りないくらいです。
 
 私は、家庭教育が教育の基本だと考えています。“学校に通い始めたら安心”ではなくて、学校に入ったからこそ、家庭での子どもとの関わりが大切だと思うんです。
 
 互いに心を通じ合い、親が子どもから、信頼できる最高のパートナーだと思ってもらえることが重要です。それに、子どもの「自己肯定力」も大事です。「自己肯定力」を育てるには、絶対に子どもを人と比べないことです。たくさんの愛情をかけることで、強い心、やさしい心が育っていくんです。
 
 子育てって、報われるものなんです。子どもが最初に笑ってくれた時、歩いてくれた時、どんなにうれしいか。子どもを愛しすぎて「バカ」になる――いい意味の「親バカ」くらいで、私はちょうどいいと思います。
 
 反対に「子どもが何かをよくできたら自分の成果」「失敗したら自分の失敗」――そう考えて、「完璧にやらないと」と思うと、息苦しくなります。だからユーモアを持って、子育てをエンジョイすることです。例えば、いたずらをしても“こんな悪さをよく思いついたな。一体誰に似たんだろう?”って(笑)。
 
 子育てで得られる喜びは、人生において貴重なものです。そして子どもたちは、親から受けた愛情や温かな言葉に、ずっと支えられていくのだと思います。

最愛の3人の息子たちと共に ©T&A
最愛の3人の息子たちと共に ©T&A

 ――男性の育児参加が進んでいますが、父親の役割として重要なことは何でしょうか。
  
 私の言うことは、ちょっとハードルが高いんですが、いいですか(笑)。
 例えば、母親が突然、病気で倒れたとします。「それでも大丈夫!」という父親であってほしいと思います。“子どもの下着がどこにあるのか。学校の行事はいつ、どこであるのか、全部分かっている。母親と同じことが100%できる”――そういう父親であれば、母親も安心です。子どもの心にも余裕が生まれてきます。
  
 父親も、100%やるつもりで育児に取り組んだほうが、大きな満足感を味わえます。本当に、毎日がキラキラ輝きますよ!

「誰かのために」

 ――今、世界の各地で紛争が続いています。平和を築くために教育が果たす役割について、考えを教えてください。
   
 教育を通して世界平和を実現するということは、私たち皆の夢ですが、残念ながら現実には、高学歴なのに好戦的だったり、自分のことしか考えられなかったりする人たちもいます。
 
 私は平和を築く上で大切なことの一つは、「見て見ぬふりをしないこと」だと思っています。一番大事なのは、事実を「知る」こと。そして、知ったら、「自分は何ができるのか」を考えてみること。何もできなくても、思いを寄せることはできます。
 
 それぞれの立場や力は違うから、自分ができる最大の努力をすればいいと思います。例えば主婦だったら、子どもに平和の大切さを教えることができる。独身の男性や女性なら、友達や同僚に話すことができる。インターネットで文章を発信する方法もありますよね。
 
 正直なところ、私も自分の無力さを感じることがあります。ユニセフの活動を終えて帰ってくると、現実の壁の厚さに落ち込んだりして……。でも落ち込んでも何も始まらない。“こんな弱い自分でも、誰かのために何かできる”と気持ちを切り替えた瞬間、また力が湧いてくるんです。

平和貢献の世界市民を育成するアメリカ創価大学
平和貢献の世界市民を育成するアメリカ創価大学

 ――アグネスさんは、長年にわたって池田先生と交流を重ねてこられました。
  
 私は、池田先生と2回しかお会いしていません。でも心の中で、今もずっと会っているように感じています。先生は私たちの中で生きているんです。
 
 だから、悲しむのはいいけれど、落ち込んではいけない。私たちは、先生と同じ時代を生きることができたのだから、それを大切にしてほしいと思います。
 
 池田先生が贈ってくださった詩(アグネスさん作曲の「そこには 幸せが もう生まれているから」の歌詞)には、「大空よりも 大きなものがある/それは それは/私の生命」とあります。一番大切なメッセージだと思います。本当に、これより励まされる言葉ってないですよね。
 
 こう見えて私も結構、年なんです(笑)。でも声の続く限り、これからも平和のために歌い続けていきたい――そう思っています。

ユニセフの活動にも尽力してきたアグネスさん。大型サイクロンの被害を受け、フィジーの小学校に設置された仮設教室の前で(2016年3月) ©T&A
ユニセフの活動にも尽力してきたアグネスさん。大型サイクロンの被害を受け、フィジーの小学校に設置された仮設教室の前で(2016年3月) ©T&A

 アグネス・チャン 歌手、エッセイスト、教育学博士。香港生まれ。1972年「ひなげしの花」で日本デビュー。89年、米スタンフォード大学教育学部博士課程に留学し、94年に博士号を取得。長年、日本ユニセフ協会大使を務め、現在、ユニセフ・アジア親善大使。『終わらない「アグネス論争」』(潮新書)、『スタンフォード大に三人の息子を合格させた50の教育法』(朝日新聞出版)など著書多数。

  
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sdgs@seikyo-np.jp
  
●聖教電子版の「SDGs」特集ページが、以下のリンクから閲覧できます。
https://www.seikyoonline.com/summarize/sdgs_seikyo.html
  
●海外識者のインタビューの英語版が「創価学会グローバルサイト」に掲載されています。
https://www.sokaglobal.org/resources/expert-perspectives.html

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高知県出身。IT企業勤務を経て独立。エンタメから古典文学まで評論や解説を幅広く手がける。新刊『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)発売中。

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