もし、「もう考えなくていい人生」を差し出されたら、あなたはそれを受け取るだろうか。『52ヘルツのクジラたち』で、2021年の本屋大賞を受賞した、作家の町田そのこさんが、初のホラー小説『彼女たちは楽園で遊ぶ』(中央公論新社)を出版した。恐怖を描きながら、この物語が真正面から問いかけるのは、「人は何を信じて生きるのか」という至極、根源的なテーマだ。作品に込めた思いを聞いた。
〈あらすじ〉
九州の片田舎で暮らす高校生・凜音は、夏休み前に親友の美央とけんか別れしてしまう。二学期の始業式、美央は姿を見せなかった。やがて凜音は、美央の家族が新興宗教団体「NI求会」に入信し、家を売って宗教施設に移り住んだことを知る。教団では若者の生活や進路が厳しく管理されていた。真相を確かめようとする凜音は、“何でも屋”の青年・ビビと出会い、施設の内側へと近づいていくのだが……。
■「考えることに疲れた」過去の自分
「信じることで救われることもある。でも同時に、危うさや脆さも抱え込む。その両方を書きたかったんです」
作中に登場するのは、ある“教え”を信じることで安心を得る大人たちと、その選択に巻き込まれる子どもたちだ。
「特定の価値観や集団を批評する意図はなくて。信仰の有無に関係なく、人は何かを信じながら生きている。ただ、その中で、いつの間にか自分の人生を誰かに預けてしまう、その搾取の構図自体に関心があったんです」
物語の中で、印象的なせりふがある。
「あたしがここ(NI求会の施設)に来たのは、自分で考えることに疲れたからよ」
この言葉を語る女性教員について、町田さんは「実は、あれは昔の自分でもあります」と明かした。
幼い頃から、小説家になることを夢見ていた町田さん。しかし、周囲から否定され続けた。
「『なれるわけがない』『現実を見なさい』と言われて、だんだん自分で考えることをやめてしまった。親の言う通り、無難な選択をしていれば楽だったんです」
結婚し、家事と育児に追われる日々。「割と充実しているはずなのに、どこかずっと苦しかった。その理由を、環境や他人のせいにしていました」
■物語の“友達”に救われてきた
転機は28歳の時。子どもの頃から敬愛してきた作家の訃報に接した。小学生の頃、いじめを受けていた町田さんを救ってくれたのは、「人ではなく、その作家が書いた物語」だった。
小説の登場人物たちの生きざまに、たくさん勇気をもらったんです。“彼らと友達になりたい。であれば、恥ずかしくない自分でいよう”と、自らに言い聞かせて前を向いてきました」
当時のことを思い起こした町田さんはその夜、決めた。
「売れなくてもいい。評価されなくてもいい。小説だけは書き続けよう」
■片手で子をあやし、もう片方で書く
当時、幼い子どもを育てながら、町田さんは携帯電話で小説を書き続けた。
「片手で子どもをあやして、もう片方でガラケーを握って。今思うとむちゃに近いですが、それしかなかった」
評価も保証もない日々。それでも、書くことだけは手放さなかった。
「信じていたのは、“自分なら書き続けられる”ということだけです」
その決意は一つの“形”になる。『52ヘルツのクジラたち』で本屋大賞を受賞。だが、町田さんは、成功をもって“正解だった”とは語らない。
「結果が出たから良かった、ではないんです。あの時、自分で選び直したこと自体が、私にとっては救いでした」「売れなくても書き続けていれば……なんだったら、作家になれなくても、おばあちゃんになるまで書き続ければ、自分なりに納得できる“何か”は、つかめると思っていました」