第7回「これからのteam論」にご登場いただくのは、シリーズ累計20万部の『最高の戦略教科書 孫子』(日本経済新聞出版)の著者で作家・中国古典研究家の守屋淳さんです。ビル・ゲイツ氏や孫正義氏など多くのビジネスリーダーに絶大な影響を与えている『孫子』。なぜ約2500年前に書かれた兵法書が、今なお読み継がれているのか。守屋さんに聞きました。
〈インタビューまとめ〉
・自己評価は高くなりがち。冷静に自分を見つめよ。
・リーダーはメンバーをわが子のように大事に。いかに「心服」しているかが組織の団結に直結する。
・勝負は勝ち負けだけでなく、その間に「不敗」がある。「不敗」を維持しながら勝機を狙え。
「彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず」 (彼を知り、己を知るならば、絶対に敗れる気づかいはない)
――『孫子』で最も有名な一節の一つですが、なぜ“相手、そして自分を知る”ことの大切さを語っているのでしょうか。
注目すべきは、『孫子』では「敵」という漢字が頻繁に使われているのに、ここでは「彼」と書いてあることです。私は、「彼」は目の前の敵だけでなく、「目の前の敵を含む周囲のライバルすべて」を指していると解釈しています。
当時は、春秋十二列国と呼ばれる強国が覇を競っていた時代。目の前の敵に勝っても、その隙に第三国に攻め込まれたら一瞬で自国が危機的な状況に陥ります。だからこそ“視野を広く、全体を知れ”と訴えているのです。
これは現代のビジネスでも同じです。ライバル1社だけを想定しても現実的ではありません。周囲の企業や世間の動きがどうなっているかを見極め、自分たちがどのポジションにいるのかを知ることで、初めて戦略を立てられます。
一方で、“己を知る”は“彼を知る”以上に難しいことです。友人から聞いた話ですが、ある大企業の人事責任者になったその友人が、数万人の社員の自己評価と上司からの評価をすべて読んだところ、双方の評価が一致した人は一人もいませんでした。全員、自己評価の方が高かったのです。
「己」は知りがたいものです。他者の意見に謙虚に耳を傾けながら、冷静に「自分」を見つめることが大切なのです。
「戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」 (戦わないで敵を屈服させることこそが最善の策なのだ)
――「兵法書」と聞くと“いかに戦うか”に言及しているように思いますが、『孫子』では「戦わないで勝つ」ことを最善としています。
たくさんのライバルがいる中では、戦えば戦うほど生死や国の存否に関わってきます。勝ったとしても、消耗戦ばかりでは疲弊が積み重なり、生き残ることが厳しくなる。だから『孫子』では、百戦百勝するよりも、まずは「戦わずして勝つことを考えよ」「万が一、戦う状況になっても消耗戦はするな」と説いています。
その上で「勝兵は先ず勝ちて而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて而る後に勝ちを求む」(あらかじめ勝利する態勢をととのえてから戦う者が勝利を収め、戦いを始めてから慌てて勝機をつかもうとする者は敗北に追いやられる)との一節もあります。
消耗戦にしないために、「最初から勝てる構造づくり」を徹底的に準備し、勝負が始まった時には“勝っている状態”をつくること。そのためには、あらゆる情報を収集したり、経営資源を最適配置ではなく、大胆に投入したりする勝負勘も求められてくるのです。
また、『孫子』では随所で「不敗の状況をいかにつくるか」に言及しています。勝負は勝ち負けの二分法で考えがちですが、実はその間に「不敗」があると説いているのです。しかも、基本的には不敗の状況は自分で構築・維持できる。そして同時に、ライバルや環境が隙を見せたら果敢に勝ちにいこうと説いています。
個人レベルで考えると、どこまでが不敗で、どこからが負けなのかという境界線は、人生観が出る部分です。“タワマンに住めなければ負け”という人もいれば“死なない限り負けじゃない”という人もいます。一般的に、負けのラインが低いほど、やり直しが利きやすいです。
企業でも、つぶれていない限りは負けではないわけです。裸一貫でやってきた中小企業の創業者などは、「いざとなったら、また一から出直せばいい」くらいの姿勢で、どこまでも負けを知らないので、重大な局面で大胆な決断を下し、状況を打開することも多々あるのです。