CAREER

良い組織は良い個人がつくる。それは幻想です――組織開発専門家 勅使川原真衣さん

〈これからのteam論〉
人を能力で序列化しない。「持ち味」を生かし合う組織づくりを。
「能力主義」「働くこと」とは――社会の当たり前を問い直す

 第11回「これからのteam論」にご登場いただくのは、組織開発専門家の勅使川原真衣さんです。これまで企業や学校などの現場に寄り添い、人と人との関係性をより良くするために伴走してきました。『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)の発刊以降、「能力主義」や「働くこと」など、社会で当たり前に語られてきた概念を問い直し、大きな共感を呼んでいます。互いを認め合うチームづくりについて聞きました。

〈インタビューまとめ〉

・人は置かれた環境で発揮できる力が変わる。"一元的な正しさ"で人を決めつけない。
・組織の改善は、足りないものを探すのではなく、すでに「在る、有る」ものを再認識することから。
・人には本来、主体性が備わっている。「やる気のない人は、やる気をそがれた人」

 ――職場や学校などで「競争」を強いられ、選ばれる側、選ばれない側との選別がつけられる中で、多くの人が傷ついています。

 「リーダーシップ力」「コミュニケーション能力」「生きる力」――現在、社会では本当にたくさんの「能力」が求められています。「新しい時代の新しい能力」などといった言葉もあるくらいです。ですが、「◯◯力」などといった「能力」はどれも抽象的で、人によって捉え方が異なりますよね。誰も見たことがありません。それなのに、この正体不明の「能力」で人を測り、序列をつける社会になっている。これが現代の能力主義です。

 近代化以前の日本では、身分制度で人を序列していた。しかし時代が進む中で、それは「差別」と捉えられるようになった。では何をもって給与や待遇の差をつけるか。その代替案として出てきたのが「能力」による選別でした。

 こうして生まれた能力主義は、本来は揺れ動いているはずの個人の状態を、断定し、他者と比較して、序列化する仕組みです。

 しかし、人は置かれた環境によって発揮できる力が変わりますよね。"あの人がいると会議でうまく話せない""あの人といれば自分らしく取り組める"――そんなことは往々にしてあるものです。そう考えると、環境や状況で変わるはずの状態を、個人の固定的な「能力」だとして評価すること自体、そもそも無理があると思うのです。社会や企業が"一元的な正しさ"で人を決めつけ、不明確な「能力」の獲得を求め、競争させる。そして「選ばれる人」と「選ばれない人」に選別する。その中で、多くの人々が生きづらさを抱えているのです。

 ――能力主義に代わる視点として、「持ち味」や「機能」、そして「組み合わせ」という言葉を使われています。

 前提として、職場や学校などの組織では、一人の人間が全てを動かしているわけではありませんよね。あらゆる組織は分業で成り立っています。だから、「能力」ではなく、「持ち味」や「機能」という観点で人を見ていくことを提唱しています。二つの違いは、良し悪しがついているか、いないかです。

 車に例えると分かりやすいです。「ブレーキの機能っていらないよね」とか「一台の車でハンドルは何個あってもいい」などとはならないわけです。

 組織における個人も同じです。存在自体に良し悪しがあるのではなく、役割の違いがあるだけです。それぞれを「いいね」と受け入れ、「持ち味」の組み合わせの妙によって、どうにか活躍してもらう――これが脱・能力主義の土台となるのです。

 「良い組織」は「良い個人」によってつくられるというのは幻想にすぎません。例えば、レゴブロックでも、個々のブロックに対して、「良い色」「良い形」「良い大きさ」などとは決められないように、組織に良し悪しはあっても、個人にはないのです。ゆえに「個人の能力」から「他者との関係性」に力点を変えていくことが、組織の改善につながっていくのです。

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SEIKYO SHIMBUN