1990年のデビュー以来、直木賞をはじめ数々の文学賞を受賞してきた作家の角田光代さん。現在は同賞の選考委員も務めています。このほど新作『明日、あたらしい歌をうたう』(水鈴社)を発刊。生きづらさを抱える母と息子の人生が、「歌」を通して交差する物語です。新刊に込めた思いや文学の可能性について聞きました。
やっぱり書くことは楽しい
――今作の執筆の経緯は、角田さんにとって、これまでとは違ったそうですね。
今までは、出版社から連載小説の依頼を受けて、それで何年も準備して作品を書いてきました。ですが前作を書いている時、なかなかうまくいかず、とてもつらくて。なんとか書き終えた後、今後は一切、連載小説の依頼は受けないと決めたんです。
人から依頼されたものではなく、自分が書きたいものを自由にのびのびと書いてみよう。そう思って今回、自分が好きな「音楽」をテーマに、好きなミュージシャンのことも入れたりして、原稿用紙150枚くらいを、1、2カ月で一気に書き上げました。それが今作の原型になっています。
今までと真反対のことがやりたくて、資料の調査とか年代の整合性などは、とりあえず抜きにして、短期間でキュッと書く。いつもなら、ためらうような不自然な人物設定も、「まあ、いるとしよう」と大目に見たり(笑)。“誰にも見せない”っていう気持ちで書いたので、気も楽でしたし、筆も軽やかに、スルスルと進みました。“やっぱり書くことは楽しい”って再確認できて、とても幸せでした。
――その気持ちが作品全体にあふれているように感じます。物語では音楽が人を救う力として描かれます。
主人公の一人である母親・くすかは、幼い頃から家庭環境に恵まれず、友達もいない。ただ生きているだけの存在でした。生きる意味を見いだせないそんな人間が、ある時、音楽に出会ったことで、それまで見ていた世界がガラッと変わる。そんな瞬間を書きたかったんです。
人生にはいろんな意味合いの救いがあると思いますが、どんなに小さなことでも、それとの出会いによって、出会う前には戻れないほど世界が変わって見えることがある。「自分はここで生きる意味がある」と思える場所に変わる。そうしたことも一つの救いかなと。
私も高校時代はすごく暗くって(笑)。勉強ができるわけでもなく、未来も見えない。狭い世界に生きていて、それ以外に世界があるなんて思えず、鬱々としていました。
だけど、サザンオールスターズが好きで、ライブに行くと自分以外にもたくさんのファンがいて、みんなで同じ曲を聴いて「わーっ」と熱狂する。終わったら興奮したまま、みんなで帰っていく。そんな光景を目の当たりにして、「やっぱ世界は広いぞ!」と感動して、救われた気がしました。
19歳でRCサクセションのライブに初めて行って、サザンとはまた全然違う「見つけた!」っていう感覚があって、それからRCの音楽を聴きました。
何かうまくいかないとか、悩みがあるとか、フラれたとか(笑)――他人から見たらちっぽけなことでも、RCの歌を一生懸命、聴きながら、「この絶望は、私一人ではない。知ってる人がいてくれる」みたいな錯覚を抱くことで、若き日を助けられた気がします。
今回の作品は、がっつり小説を書いたというよりは、音楽をはじめ、私が出会った全て、例えば旅先で親切にしてくれた人とか、空がきれいと思わせてくれた風景とか、全部ひっくるめて、そのおかげで“ここまで無事に生きて来られたよ”“世界は生きる価値があるって思える場合もあるんだよ”みたいな気持ちの入った本なんです。