CAREER

〈スタートライン〉 一般社団法人 FCNono代表 萩原望さん

"努力は報われる"を当たり前にしたい

 インド・ビハール州。日本から1万キロ離れたこの州で、現地の子どもたちにサッカーを教えている日本人がいる。萩原望さん。彼に活動の理由を尋ねると、そこには根強く残る風習と、その現状を憂い、変えたいという熱い思いがあった。

挫折から始まる

 〈萩原さんは幼い頃からプロを夢見るサッカー少年だった。Jリーグのユース(高校年代)チームにも所属したが、3年次、チームから卒業後のプロ契約は結ばないと伝えられる〉

 この挫折は、僕の人生でとても大きなものでしたが、サッカー以外のことにも目を向けるきっかけになりました。大学時代は教育系のNPO団体に入って、不登校児童の支援に携わりました。父が仏文学の教授、母が英語教師という家庭で育った影響もあり、もともと国際協力に興味がありました。卒業後は自動車会社に就職しますが、もっとダイレクトに途上国の人たちに働きかける仕事がしたいと思い、次のキャリアとして国連職員を目指そうと決意しました。

自分にしかできないこと

 〈退職後は、国連職員の応募条件「関連分野での職務経験」を満たすため日本の国際NGO団体に入り、インド最貧州・ビハール州に赴任。これが萩原さんの人生を大きく変える〉

 主な仕事は、現地の農村で生活や教育のサポートをするというものでした。貧しい村のため娯楽もなく、飲酒も法律で禁止されている。空き時間に何もすることがないので、一人でサッカーボールを蹴るようになりました。すると現地の子どもたちが集まってきたので、サッカーを教えるようになったのです。

 交流を重ねるうちに、彼らの抱える生活や社会的な課題が色濃く見えるようになりました。特にジェンダーの問題。女性は幼い頃から家事や子育てを手伝うため忙しく、さらには高校生くらいの年齢になると親が決めた相手と結婚する、いわゆる「児童婚」も文化として根強くあります。女性が家庭の外で活動する姿を見かけることはほぼなく、サッカーの練習に来るのも男の子ばかりでした。

 話を聞くと、彼らの姉妹も本当は一緒にサッカーをしたいというのです。子どもたちのために何かできないか――。NGOでの活動が満期を迎えた後も、僕は現地に残り、この問題に中長期的に取り組むため、サッカーチームを立ち上げることにしたのです。

 〈目的は強いサッカーチームをつくることではない。サッカーを通じた教育活動だと萩原さんは言う〉

 旧カースト制度の風習が残る地域で最下層に生まれた人たちは、勉強を頑張っても教材は満足に手に入らないし、サッカーを頑張ってもプロになれるチャンスも環境もありません。生まれた性別、国、環境が違うだけで、やりたいことや将来への選択肢が限られる。こんな状況を変えなきゃいけない。「努力した人が報われる」当たり前の社会を築きたい。そのために僕ができるのは、サッカーを通して人々の意識を変えることだと思ったんです。

 メンバーにいつも訴えているのも「挑戦することの大切さ」です。努力しても無駄だといって希望を捨ててほしくないのです。

 なので、家庭に貢献できたメンバーを表彰することや、家事の手伝いを遠征の参加資格にするなど独自の評価基準を設けています。すると女の子も練習に参加しやすくなりました。家族の理解も必要です。親御さんと対話をしたり、遠征に母親を招待したりしたこともあります。そういった取り組みを続けるうちに子どもたちの意識も変わってきました。

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SEIKYO SHIMBUN