CAREER

AI時代に問われるマスメディアの責任

〈オピニオン〉 公的意見(奥論)に導く役割を期待 上智大学 佐藤卓己教授

 生成AI(人工知能)の利活用が近年、格段に広がっています。新聞各紙の報道でもAI関連の記事を目にしない日がない中、生成AIの急速な普及は、メディアの機能や役割を問い直す契機になっています。生成AIは、新聞やテレビなどマスメディアに、どのような影響を及ぼすのか。メディア史を専門とする佐藤卓己・上智大学教授に、マスメディアの課題と併せて語ってもらいました。(聞き手=光澤昭義記者)

「平均的な見方」を提示

 ――各種調査で、新聞やテレビへの信頼度は若い世代ほど低いことが分かっています。一方で、英国の放送局BBCが主導した国際研究(2025年)によれば、ニュースに関する生成AIの回答の約45%に少なくとも一つの「重大な不正確性の問題」が認められたといいます。

 佐藤卓己教授 生成AIが利用者に提供するニュースの特徴は「平均」であること。すなわち、大量の記事・テキストデータを分析し、最も高い確率で現れるパターンや共通の論点を特定することで、「平均的な意見・情報」が抽出される仕組みです。AIは「何が正しいか」ではなく、「確率が高いか低いか」で判断する。AIが取得する情報には極端な議論も多く含まれており、それを平均化した内容が「重大な不確実性」をはらむのは当然かもしれません。

 その一方、新聞、テレビのマスメディアは「客観報道」「公正中立」をうたっていますが、そこに「科学的な客観性」はありえません。マスメディアの報道・論調の大半には、記者、デスクなどの思いや考え方、世界観が反映されている。偏向報道と批判されるゆえんです。その意味では、AIの平均的な見解の方が客観的との見方もできます。

 もちろん、大勢の平均的な意見が公共の価値や優れた見識を示しているわけではありませんが……。

 ――日本メディアの「横並び報道」は長年、批判されてきました。

 佐藤 マスメディアのニュース記事の価値については考え直す必要があるでしょう。政府や企業・団体の発表を要約する形で記事を量産する「発表ジャーナリズム」は、その結果として各社の報道内容を似通ったものにしている。権力に対する批判や監視というジャーナリズム本来の役割を十分に果たせていない。そうした厳しい指摘が続いています。

 ――生成AIやSNSの拡大で情報空間は大きく変容しました。

 佐藤 誰もが情報を発信するようになり、「伝える/伝わる」ことの構造が大きく変化しました。とはいえ、メディア史をさかのぼれば、社会における基軸メディアの交代は何度も起きており、新しいメディアが主要な役割を担うようになっても、古いメディアがなくなるわけではないことは分かっています。例えば、テレビの時代が到来した後も、ラジオや書籍、映画も固有の特長を生かしつつ今日まで存続しています。インターネット時代も同じです

 情報共有のプラットフォームとして、既存のマスメディアは「公的な関心を共有する力」では今なお優位にあります。米国では大統領選挙で候補のテレビ広告に莫大な資金が投入されている。SNS情報の正誤・真偽が明らかではないのに対し、新聞やテレビのニュースには一定の信用があるといえます。

編集過程の透明化重要

 ――日本の新聞メディアには、どんな変化が生まれるのでしょうか。

 佐藤 日本の新聞には大別して二つの起源があります。一つは、江戸時代に広く流通した「瓦版」に代表される、事件や出来事を迅速に伝える情報伝達の系譜です。もう一つは、雑誌文化の影響を受け、社会や政治、思想について知的に論じる言論の場としての伝統です。この二つの系譜を併せ持ちながら、日本の新聞は発展してきました。インターネット、SNSの情報や話題は既に、タブロイド紙(大衆紙)が提供する記事よりも刺激的といえます。新聞メディアは今後、「瓦版」的な夕刊紙よりも、むしろ知的な分析や論考を担う高級紙としての側面が残り続けると推察されます。

 平均的なコンテンツ、速報性はAIやネットに任せ、新聞は独創性や個性を重視するメディアであることに価値を見いだすことになるわけですが、それは数百万の部数を誇る「マス(大衆)向け」ではなくなる可能性が高いでしょう。

 ――欧米の新聞・雑誌は支持政党や思想的立場を鮮明にしています。

 佐藤 日本の新聞もそれに近づくことが想定されますが、そうなると、読者は異なる意見・価値観に出合わない環境に身を置くことになる。偏った意見ばかりに触れることが「分断」の温床になることは、SNSを巡る議論の中でも指摘されています。階級、ジェンダー(性差)、人種をはじめ欧米各国の「分断」は日本以上に深刻です。「他者」が不在のままで提示される論説・見解が知的な分断・対立を煽らないよう、メディアがどう向き合うべきかは重大な課題となるでしょう。

 ――新聞への信頼を回復させる方途について、どう考えますか。

 佐藤 まず、AIについて指摘したいのは、思考のプロセス(過程)が可視化されていない点です。つまり、どのような判断や選択を経て結論に至ったのかが分からないまま、「知」だけが提示されるのです。アルゴリズム(判断や処理を自動化するための規則・仕組み)によって動いていることは理解できても、結論が生まれるまでに、どんな判断の積み重ねがあったかは分からず、私は不気味さを覚えます。

 それとは対照的に、新聞報道は取材・編集方針に基づく営みですので、報道の担い手が、どのような問題意識をもち、どう記事を作成したかの過程を明らかにすることが本来は可能です。しかし、日本のマスメディアは明らかにしないどころか、ブラックボックス化している。権力や企業に情報の公開性を強く求める姿勢と矛盾しています。

 「編集の透明性」「検証責任」などを確保できれば、記事や情報の受け手への信用を高めることができると考えます。

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