【鳥取市】101歳のおばあちゃんが、19歳のひ孫とテレビ電話で向き合っていた。「元気かあ」「元気だよ」。橋口ウメさん(101)=副白ゆり長=は何度もうなずき、東京にいる川戸歩夢さん(19)=学生部員=と、笑顔を行き来させていた。
「ピースサインの卒業生」 川戸歩夢
僕には、愉快なひいばあちゃんがいる。「ばーやん」と呼んでいる。
ばーやんは鳥取の老人ホームで暮らしている。4人部屋だけど、「みんな耳が遠いから、一人部屋みたいなもんやー」と会話の声も遠慮がない。
ベッドの柵には巨人のタオルが掛けてある。施設の人が、1本足打法の王貞治さんのポスターを、ばーやんがごはん食べる席の壁に張ってくれた。だから、食欲もいい。
ばーやんは、つらい話をしない。聞こうとすると「いろいろあったけども、年のせいか、何もかも忘れてしもーた」と笑って終わりにする。
その代わり、うれしいことがあると、「まーる書いて、ちょん」と言って、両手で大きな丸をつくり、最後に両手をそっと合わせる。ばーやんの生き方は、全部そのしぐさに詰まっている。
ばーやんが信心したのは昭和38年(1963年)。大阪で3人の子どもを抱え、「ド」がつくほどの貧乏暮らしだった。
おじいちゃんに「幸せになれる」と信心の話をしてくれる人が来たけど、ばーやんは「帰れー!」と塩をまいたらしい。今のばーやんからは考えられない。
しぶしぶ3カ月やってみたらしい。
「3カ月どころか、今も続いてるでー!」
ばーやんは誇らしげに話してくれる。
「仕事もな、ブルドーザー1台から頑張ってな、40代で花が咲いたんや」
ともかく題目の確信がものすごい。多分だけど、ばーやんの確信は、いろんなものを信心で乗り越えてきた体験があるから、ブレないんだと思う。
「御本尊様を守ったら、守ってくれるんや」
どうやって御本尊様を守ればいいの?
「自分を大事にすることや」
そう言ったばーやんは、まぶしかった。
世の中のお年寄りの“愛車”といえば、だいたい手押し車だと思う。でも、ばーやんは違う。
「救急車や」
そう言って、笑う。80代から病気のオンパレード。病院に運ばれた回数を武勇伝のように数える。酸素マスク、電気ショック、心臓マッサージ。「今夜がヤマです」という場面が何回もあったけれど、「このやまいは仏の御はからいか」(新1963・全1480)のままに、お医者さんや看護師さんに感謝して、不死鳥のごとく生還してくる。それが、ばーやんだ。
ばーやんは題目をあげた後に、家族一人一人のことを御本尊様に祈っている。心の中じゃなくて、口に出すから、毎日聞こえる。
「歩夢は、関西創価高校に入るー」
本当に合格通知が届いた。実は地元の高校に行こうと思っていたけど、ばーやんが喜ぶんだったらと思って、僕は入学を決めた。
関西創価高校での3年間は、胸がいっぱいになる日々だった。何度も実家に帰りたい時もあったけど、テレビ電話でばーやんとつながると、なぜか力が湧いてくる。
「人生いうのはな、上げたり下げたりや。楽しいこともあり、悲しいこともあり、まーる書いて、ちょんじゃー」
寮の仲間、クラスメート、先輩、後輩、担任の先生……みんなのおかげで、人生のどだいができた。
卒業式の次の日、僕は鳥取の老人ホームへ、お母さんと行った。そして、ばーやんの部屋の廊下で、卒業式のガウンを羽織った。
「卒業したよ」
車いすのばーやんは目を細め、「大きゅうなったなー。うれしい、うれしい」と何度もうなずいた。僕はひらめいた。
「ばーやん、ガウン着なよ」