企画・連載

〈教育本部ルポ・つなぐ〉第14回=誰もが「生まれて良かった」と思えるように 2024年11月21日

テーマ:保育・幼児教育③

 その日は、朝のあいさつに「おめでとう!」が加わった。9月20日の午前8時15分。埼玉・越谷市の小規模認可保育園で園長を務める大野凜子さん(副白ゆり長)は、車いすで登園したサヤさんをタッチで迎えた。
  
 母親にも声をかける。「送っていただいた、おうちでのお誕生日会写真。かわいかったー!」

 サヤさんは前日、5歳になったばかり。保育園でもお祝いをしたが、何度でも喜びを伝えたかった。彼女には18トリソミーという先天性疾患がある。生後1年の生存率は10%といわれる病だ。
  
 この園には現在、2人の医療的ケア児が在籍している。医療的ケア児とは、たんの吸引や呼吸管理等が日常的に必要とされる子どものこと。全国に約2万人いるという。

 大野さんが保育園を開園したのは1997年。一貫して、特別支援保育に力を注いできた。その信念は、もともと准看護師をしていた経験からくるものだけではない。幼い頃から学会の庭で育ち、「『全ての子どもに無限の可能性がある』って自分も励まされてきたから」――それを引き出すのが教育者の使命とも学んだ。
  
 長年の実績が市に認められ、2019年から医療的ケア児の保育委託がスタート。サヤさんを迎えたのは、22年の春だった。どうすれば、彼女が安心して楽しく過ごせるか。共に働く職員も、安心と自信をもって保育に当たれるか。大野さんは保護者と対話を重ね、保育士や栄養士、看護師とも対話を重ね、志を同じくするワンチームをつくってきたのである。
  
 小規模保育園の対象は原則2歳児までだが、サヤさんを受け入れる施設が他にないこと、保護者が継続を強く希望したことから、市と協議の末、5歳になった今も特例で保育を続けている。

 他の園児も次々と登園してきた。サヤさんは絵本を読むのも、園庭で遊ぶのも全て皆と一緒。この日に行われた避難訓練も一緒。保育士・看護師たちが連携して、サポートに当たる。
  
 園児たちも「サヤちゃん」と声をかけたり、手を取ったりしている。サヤさんは、あまり言葉を発しない。だがその表情や仕草から、子どもたちは何らかのメッセージを受け取っている。大野さんたちの姿を見て、自然と培われたものなのだろう。

 「人間」を同じ「人間」として見る。障がいの有無にかかわらず、人は支え合わなければ生きてはいけない存在だ。「その視点、その心の土台を築く場所が保育園だと思うんです」(大野さん)

 給食の時刻になった。サヤさんは、この時間がうれしくて仕方ない。
  
 入園当初は、鼻の穴からチューブを挿入して栄養剤を注入する「経管栄養」だった。
  
 調理師の協力のもと、離乳食の要領で給食をペースト状にして、口から食べる挑戦を開始。大野さんは毎食1時間かけ、サヤさんと目を合わせ、笑顔で声をかけながら、スプーンを一口一口、運び続けた。食べる意欲が湧くようにと祈りを込めながら。他の園児も「がんばれ~!」「すごいねえ」と声援を送ってくれた。

 同じ部屋、同じ器で、同じ食べ物を味わう。それがどれほど、サヤさんの「生きる力」を引き出したか。初めて完食した時、保育園中がどんなに幸せでいっぱいになったか。「共に生きる喜び」でつながったか。母親は、「まさかこんな日が来るなんて」と涙した。
  
 「生まれて来て良かった!」「生きるって楽しい!」――誰もが、そう思えた瞬間に違いない。
  
 取材したこの日、サヤさんは30分で完食した。大野さんは、朝と同じくタッチを交わす。サヤさんも満面の笑み。皆で一緒に「ごちそうさま!」。
  
 大野さんの口元から、自然と出た言葉がある。
 「ありがとう」

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※ルポ「つなぐ」の連載まとめは、こちらから。子どもや保護者と心をつなぎ、地域の人と人とをつなぐ教育本部の友を取材しながら、「子どもの幸福」第一の社会へ私たちに何ができるかを考えます。