戦後80年の今、多様な視点から平和の潮流を起こしたい。その思いで聖教新聞では、さまざまな識者のメッセージを掲載しました。抜粋して紹介します。
戦後80年の今、多様な視点から平和の潮流を起こしたい。その思いで聖教新聞では、さまざまな識者のメッセージを掲載しました。抜粋して紹介します。
◆平和運動家 サーロー節子氏
◆平和運動家 サーロー節子氏
平和運動家のサーロー節子氏は、ヒバクシャとして世界中で自身の体験を語り、反核運動を続けてきました。2017年に核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞した際には、被爆者として初めて授賞式で演説。サーロー氏を広島出身の学生記者がインタビューしました。(8月6日付)
平和運動家のサーロー節子氏は、ヒバクシャとして世界中で自身の体験を語り、反核運動を続けてきました。2017年に核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)がノーベル平和賞を受賞した際には、被爆者として初めて授賞式で演説。サーロー氏を広島出身の学生記者がインタビューしました。(8月6日付)
あなたも子どもも孫も生き続けられる社会を
あなたも子どもも孫も生き続けられる社会を
――現在、“相手を殲滅できる強大な核兵器を持つことで、他国に攻撃を思いとどまらせる”という「核抑止論」のもと核軍拡が進む懸念が広がっています。核抑止を主張する人たちに、サーローさんはどのように反論・対話されていますか。
核兵器のボタンを押せば、広島で私がこの目で見たことが、再び現実になります。何百人、何千人、十数万人の死者や瀕死の状態にある人たちを想像した上で、核抑止論を論じることは、道徳的に人間として私にはできません。
そしてまた、道徳的、人道的な議論が通じない人々に対しても、私は核抑止論の欠点を指摘しています。それは核兵器を使用する最終的な意思決定者が、常時、100%、論理的に物事を考え、決断できるのかという問題です。答えはノーです。人間には感情がある。意思決定をする人たちが絶えず論理的に物事を考える人たちであるとは言えません。だから核抑止論というものは、非常に頼りなく、危険なものだと思います。
北米で、被爆した体験を話す中で、身の危険を感じたこともありました。それでも、ただ正直に自分の体験と思いを、周囲の人に遠慮せず、勇気を持って対話してきました。真実を、繰り返し、命の限り語り抜く。核抑止という幻想を打ち破る手段は、それしかないのです。
(中略)
私たちが命を賭して世界に被爆体験を伝えてきたのは、あなたたちの将来のためです。私の命はもう間もなく終わります。だからこそ、あなた自身、あなたの子ども、孫、大切な人たちが存続できるような社会を、「つくらなくてはならないのだ」という使命感、責任感を抱いてください。そして、その責任感をアクションに移してください。
私は広島に生まれ、育ち、故郷・ヒロシマの思いを世界に伝えようと走り続けてきました。あなたたちも、そういう旅路を力強く生きてください。
――現在、“相手を殲滅できる強大な核兵器を持つことで、他国に攻撃を思いとどまらせる”という「核抑止論」のもと核軍拡が進む懸念が広がっています。核抑止を主張する人たちに、サーローさんはどのように反論・対話されていますか。
核兵器のボタンを押せば、広島で私がこの目で見たことが、再び現実になります。何百人、何千人、十数万人の死者や瀕死の状態にある人たちを想像した上で、核抑止論を論じることは、道徳的に人間として私にはできません。
そしてまた、道徳的、人道的な議論が通じない人々に対しても、私は核抑止論の欠点を指摘しています。それは核兵器を使用する最終的な意思決定者が、常時、100%、論理的に物事を考え、決断できるのかという問題です。答えはノーです。人間には感情がある。意思決定をする人たちが絶えず論理的に物事を考える人たちであるとは言えません。だから核抑止論というものは、非常に頼りなく、危険なものだと思います。
北米で、被爆した体験を話す中で、身の危険を感じたこともありました。それでも、ただ正直に自分の体験と思いを、周囲の人に遠慮せず、勇気を持って対話してきました。真実を、繰り返し、命の限り語り抜く。核抑止という幻想を打ち破る手段は、それしかないのです。
(中略)
私たちが命を賭して世界に被爆体験を伝えてきたのは、あなたたちの将来のためです。私の命はもう間もなく終わります。だからこそ、あなた自身、あなたの子ども、孫、大切な人たちが存続できるような社会を、「つくらなくてはならないのだ」という使命感、責任感を抱いてください。そして、その責任感をアクションに移してください。
私は広島に生まれ、育ち、故郷・ヒロシマの思いを世界に伝えようと走り続けてきました。あなたたちも、そういう旅路を力強く生きてください。
インタビュー記事の全文はこちら
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◆作家・佐藤優氏×歴史小説家・安部龍太郎氏
◆作家・佐藤優氏×歴史小説家・安部龍太郎氏
歴史小説家の安部龍太郎氏と、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、対談シリーズ『対決! 日本史』(潮新書)で世界における日本史をひもといてきました。このほど、第6巻「アジア・太平洋戦争篇」が発刊されたことにあわせて、戦争の教訓から何を学ぶべきかを語り合ってもらいました。対談は歴史を学ぶ意義、排外主義の風潮への向き合い方、宗教の役割など多岐にわたりました。(㊤は8月2日付、㊦は8月3日付)
歴史小説家の安部龍太郎氏と、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、対談シリーズ『対決! 日本史』(潮新書)で世界における日本史をひもといてきました。このほど、第6巻「アジア・太平洋戦争篇」が発刊されたことにあわせて、戦争の教訓から何を学ぶべきかを語り合ってもらいました。対談は歴史を学ぶ意義、排外主義の風潮への向き合い方、宗教の役割など多岐にわたりました。(㊤は8月2日付、㊦は8月3日付)
座談と対話こそ平和への直道
座談と対話こそ平和への直道
――平和と共生の姿勢とは対極にあるような、排外主義的な主張が強まる昨今の風潮に、私たちはどう向き合うべきでしょうか。
〈佐藤〉
初代会長の牧口常三郎先生と同時代を生きた人物に、日蓮主義者の田中智学がいます。「八紘一宇」という言葉は田中によって造語されました。その田中を仏教の師と仰いだ石原莞爾は、いつしか日蓮主義をねじ曲げて解釈し、海外侵略を正当化するイデオロギーを生み出しました。
同じく日蓮の思想を深めた牧口会長が、日本の軍国主義に抗して投獄されながらも、平和の信念を貫いた一方で、石原のように極論を唱えた人物もいたのです。
もっとも正しい真理のすぐ横に、もっとも危険なものが潜んでいる。私が信奉するキリスト教でも、そう説きます。しかしそれは、他者の尊厳を踏みにじろうとする勢力が強いのであれば、他者の幸福に尽くす人たちの輪も大きいということです。そう信じて行動することが肝要です。
〈安部〉
対談の中で私は、日本がアジア・太平洋戦争へと破滅の道を突き進んだ要因を、端的に四つ、挙げています。①天皇を理由とした同調圧力、②権威・権力に弱い国民性、③正義を貫く信仰と信念の欠如、④正義を貫く歴史観の欠如です。
これらは現代にも通底するものであり、紛争、温暖化、食糧難、水不足などの地球的危機となって姿を現しています。私たちはまだ、これらを克服する道半ばにいます。
〈佐藤〉
ウクライナ危機が勃発した際、当事国の一方を非難するのではなく、双方の人々の命を守るために、即時停戦を訴えたのが「聖教新聞」「潮」「第三文明」などの新聞や雑誌です。「命は何よりも尊い」という当たり前の真理を、建前ではなく根本の価値観として、創価学会は掲げてきました。
危機の時代には、価値観の転倒が起こります。アジア・太平洋戦争では「平和のために戦争に勝ち抜く」という言説が、真理かのようにまかり通った。それは、人々を高揚させ、扇動するような説法によって広まったわけです。
歴史を学べば、そうした扇動による群衆動員が、極めて危険な方向に向かいがちであることが分かります。
目立たなくとも、座談や対話こそが、平和をつくる法則です。それを地道に広げていくことが、今の時代に求められています。
――平和と共生の姿勢とは対極にあるような、排外主義的な主張が強まる昨今の風潮に、私たちはどう向き合うべきでしょうか。
〈佐藤〉
初代会長の牧口常三郎先生と同時代を生きた人物に、日蓮主義者の田中智学がいます。「八紘一宇」という言葉は田中によって造語されました。その田中を仏教の師と仰いだ石原莞爾は、いつしか日蓮主義をねじ曲げて解釈し、海外侵略を正当化するイデオロギーを生み出しました。
同じく日蓮の思想を深めた牧口会長が、日本の軍国主義に抗して投獄されながらも、平和の信念を貫いた一方で、石原のように極論を唱えた人物もいたのです。
もっとも正しい真理のすぐ横に、もっとも危険なものが潜んでいる。私が信奉するキリスト教でも、そう説きます。しかしそれは、他者の尊厳を踏みにじろうとする勢力が強いのであれば、他者の幸福に尽くす人たちの輪も大きいということです。そう信じて行動することが肝要です。
〈安部〉
対談の中で私は、日本がアジア・太平洋戦争へと破滅の道を突き進んだ要因を、端的に四つ、挙げています。①天皇を理由とした同調圧力、②権威・権力に弱い国民性、③正義を貫く信仰と信念の欠如、④正義を貫く歴史観の欠如です。
これらは現代にも通底するものであり、紛争、温暖化、食糧難、水不足などの地球的危機となって姿を現しています。私たちはまだ、これらを克服する道半ばにいます。
〈佐藤〉
ウクライナ危機が勃発した際、当事国の一方を非難するのではなく、双方の人々の命を守るために、即時停戦を訴えたのが「聖教新聞」「潮」「第三文明」などの新聞や雑誌です。「命は何よりも尊い」という当たり前の真理を、建前ではなく根本の価値観として、創価学会は掲げてきました。
危機の時代には、価値観の転倒が起こります。アジア・太平洋戦争では「平和のために戦争に勝ち抜く」という言説が、真理かのようにまかり通った。それは、人々を高揚させ、扇動するような説法によって広まったわけです。
歴史を学べば、そうした扇動による群衆動員が、極めて危険な方向に向かいがちであることが分かります。
目立たなくとも、座談や対話こそが、平和をつくる法則です。それを地道に広げていくことが、今の時代に求められています。
対談㊤の記事はこちら
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対談㊦の記事はこちら
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◆200回目の「広島学講座」 国連大学学長 チリツィ・マルワラ氏
◆200回目の「広島学講座」 国連大学学長 チリツィ・マルワラ氏
第200回「平和のための広島学講座」が8月5日、国連大学のチリツィ・マルワラ学長(国連事務次長)を講師に迎え、広島池田平和記念会館で行われました。(8月13日付)
第200回「平和のための広島学講座」が8月5日、国連大学のチリツィ・マルワラ学長(国連事務次長)を講師に迎え、広島池田平和記念会館で行われました。(8月13日付)
広島は記憶・勇気・希望の街
広島は記憶・勇気・希望の街
平和とは単に戦争がないことではなく、正義、思いやり、集団的決意が存在することである――この共通の信念のもと、創価学会、SGIは長年にわたり国連と連携してこられました。何十年にも及ぶアドボカシー(政策提言)、教育活動、とりわけ核軍縮分野における国際的な関与を通して、皆さんは「平和の文化」の醸成に取り組んでこられました。その取り組みは私ども国連大学の価値観や使命と共鳴しています。つまり、平和という共通の目的を持って、本日ここに私たちは集い合っているわけです。
80年前の出来事は、世界を永遠に変えてしまいました。想像を絶する力により、広島の街は一瞬にして壊滅的な被害を受けました。何万人もの命が瞬時に失われ、月日の経過とともに、さらに多くの命が失われました。あの日の影響は被爆者の心と体だけでなく、人類全体の倫理的記憶に刻まれています。
しかし、広島は喪失によってのみ語られる街ではありません。記憶の街であり、勇気の街、希望の街であります。被爆80年に私たちが集ったのは単に過去を顧みるためではなく、その教訓に焦点を当て、あの日以来、私たちが築いてきた世界を倫理的に振り返るためであります。そして勇気と謙虚さを持って問いかけるためです。私たちは次の世代にどのような世界を残せるのだろうか――と。
平和とは単に戦争がないことではなく、正義、思いやり、集団的決意が存在することである――この共通の信念のもと、創価学会、SGIは長年にわたり国連と連携してこられました。何十年にも及ぶアドボカシー(政策提言)、教育活動、とりわけ核軍縮分野における国際的な関与を通して、皆さんは「平和の文化」の醸成に取り組んでこられました。その取り組みは私ども国連大学の価値観や使命と共鳴しています。つまり、平和という共通の目的を持って、本日ここに私たちは集い合っているわけです。
80年前の出来事は、世界を永遠に変えてしまいました。想像を絶する力により、広島の街は一瞬にして壊滅的な被害を受けました。何万人もの命が瞬時に失われ、月日の経過とともに、さらに多くの命が失われました。あの日の影響は被爆者の心と体だけでなく、人類全体の倫理的記憶に刻まれています。
しかし、広島は喪失によってのみ語られる街ではありません。記憶の街であり、勇気の街、希望の街であります。被爆80年に私たちが集ったのは単に過去を顧みるためではなく、その教訓に焦点を当て、あの日以来、私たちが築いてきた世界を倫理的に振り返るためであります。そして勇気と謙虚さを持って問いかけるためです。私たちは次の世代にどのような世界を残せるのだろうか――と。
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