企画・連載

〈教育本部ルポ・つなぐ〉第23回=子どもたちの“大切な場”を諦めない 2025年3月26日

テーマ:部活動の地域展開

 楽器の音色が、奏者の視線が、指揮を執る山田恵美子さん(地区副女性部長)に向かっていく。

 フルート、ホルン、トランペット、パーカッション……先月15日の土曜午前、新潟市内の中学校で、吹奏楽部の練習が行われていた。音楽科教諭の山田さんは同部の顧問を務めている。「最後の4章節、もう一回やろうか。1、2、3……」

 やりとりを終始、部屋の一角から見つめる大人のまなざしがある。部員の母親だという。「部活動の地域移行に向けて、輪番の“見守り隊”として来ているんですよ」

 国は中学校の部活動について、地域のスポーツクラブや文化・芸術団体への移行を進めてきた。少子化や教員の働き方改革といった課題に対応するものだ。推進期間は来年度まで。改革の名称も「地域移行」から「地域展開」に変更されるという。単なる地域へのスライドではなく、“地域全体で連携して支える”との理念を示すためである。
 
 山田さんはこの数年間、地域展開の準備に奔走してきた。「大きく変わる」と書いて「大変」と読むが、「本当にそう」と笑いながら言う。「都市部と違って、地方には受け皿となる団体や活動できる場所も少ない。吹奏楽となると、スポーツに比べて、経験のある保護者も多くはなくて……」
 
 山田さんのモットーは「諦めない」。大学時代に仏法と巡り合ってから、培ってきたものという。

 生まれつき足が不自由だった。学校生活でも、進路選びにおいても、諦めてしまうことばかり。その中にあって、中学校の部活動で始めた吹奏楽は、かけがえのない仲間と時間を与えてくれた。
 
 学会に入会し、池田先生の励ましの言葉に触れて気付く。「不自由なのは足ではなく、自分の心だったんだ」。諦めない生き方を、子どもたちに伝えたい――そう決めて中学校教諭になった。
 
 以来36年。「中学校は夢を持つ所、楽しい所だよ」と伝え、事実、そうなるように努めてきた。吹奏楽部が県大会で金賞に輝いたこともある。

 演奏技術の上達の速度は人それぞれ。心配する生徒に山田さんは言う。「大丈夫。ここは競争する場所じゃない。仲間と価値を共に創造する“共創”の場所だよ」
 
 部活動の地域展開も、「諦め」との戦いかもしれない。少子化だから、仕方がない。地方だから、無理だろう……だが山田さんは、保護者と共に進み続けた。「諦めなくて大丈夫!」と。

 「諦める」という言葉は本来、仏教用語で“あきらかに見る”との意味だった。日蓮仏法では、「現実をあきらかに見た」上で、智慧の眼を開き、現状を切り開いていく生き方を示している。
 
 山田さんは保護者や地域の関係者と対話を重ねた。生徒が仲間と成長できる「場」を、好きなことに挑戦できる「時間」を、未来へつなぐために。
 
 どうすれば保護者の負担感を減らせるか。安心して協力できるか。規約作りにも心を尽くした。目指すべきは、学校関係者だけでなく全ての大人が「子どもの幸福を第一に考える」社会をつくることにほかならない。

 取材した日、見守り隊の保護者が笑顔で話してくれた。「最初は不安でしたけど……今はもう大丈夫です!」。伸びゆく生徒たちの力になれることへの、やりがいと責任を感じているという。
 
 吹奏楽部は、地域名を冠した「ウィンドアンサンブル」の団体名で新出発。保護者が会長や副会長などの役員に就いた。技術指導者は保護者からの委託を受ける形だ。

 山田さんの指導に熱がこもる。「いい音が生まれてきたね」。子どもとさまざまな大人たちとの協奏ができた時、新たな共創のハーモニーが地域を彩るに違いない。

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 ※ルポ「つなぐ」の連載まとめは、こちらから。子どもや保護者と心をつなぎ、地域の人と人とをつなぐ教育本部の友を取材しながら、「子どもの幸福」第一の社会へ私たちに何ができるかを考えます。