企画・連載
〈Seikyo Gift〉 「こども食堂」の名付け親 近藤博子さんに聞く 2025年3月29日
経済的に困難な家庭や孤食の子どもらに、無料または安価で食事を提供する「こども食堂」。地域交流を促す場としても注目を集め、その数は今、全国で1万カ所を超えています。2012年に、日本で最初の「こども食堂」を東京都大田区に開設した近藤博子さんは現在、一般社団法人「ともしびatだんだん」の代表理事として、地域の子どもたちと関わっています。SDGsの目標1「貧困をなくそう」をテーマに、日本が抱える課題や、目指すべき地域社会のあり方などを聞きました。(取材=田川さくら、木﨑哲郎、1月22日付)
――近藤さんは「こども食堂」の名付け親といわれています。食堂を始めた、きっかけを教えてください。
私の本職は歯科衛生士です。“歯と食と健康”をテーマに何かがしたいと思っていた頃、知り合いから、週末限定で八百屋をやってみないかと声をかけられました。もちろん未経験でしたが、“何か面白いことができるかもしれない!”と、08年に「気まぐれ八百屋だんだん」を開きました。「だんだん」は、出身地である島根の方言で「ありがとう」という意味です。
八百屋を始めて2年がたったある日、買い物に来ていた近所の小学校の副校長先生から、こんな話を聞きました。“実は、ある児童が食事に困っている。ひとり親である母親が精神的な病を抱えており、母親が食事を作れない日には、学校給食以外をバナナ1本で過ごしている”と。詳しく聞くと、副校長先生がおにぎりを作って、その子に食べさせているとのことでした。
当時は、子どもの貧困が今ほど注目されていない時代です。私も、そうした問題意識はありませんでした。だけど、その子を思うと、自然と涙がこぼれた。何か私にできることはないかと思ったんです。
そうしてひらめいたのが、今のこども食堂です。八百屋を開いた場所は、もともと居酒屋の居抜き物件で、調理場があります。ここで、温かいご飯と、具だくさんのみそ汁だけでも食べることができたら――。翌日、地域の仲間にアイデアを話しました。
――そこから、どのようにして、こども食堂を開いたのですか。
相談した人たちにも、それぞれに仕事や家庭があります。どう運営していこうかと話し合っているうちに、バナナ1本で過ごしていた子どもは児童養護施設に入りました。
何か行動を起こそうと思っていたけれど、結局、何もできなかった――。そんな自分が情けなく、いてもたってもいられなくなりました。とにかく私が食事を作って、みんなには手が空いたら手伝いに来てもらおうと決めたんです。
子どもが一人で入っても怪しまれないように「こども食堂」と名付け、手書きでチラシを作りました。たとえ、一人しか来なくても、それでいい。その一人のためになるのなら、意味がある――。“気になる子がいたら誘ってほしい”と、八百屋に来たお母さんたちにチラシを配りました。初日、20人弱の子どもが来てくれました。
現在は、「だんだんワンコインこども食堂」という名称で活動しています。“お金を払った”という行為が、子どもたちの自己肯定感につながると思い、ワンコイン制にしました。上限は100円で、1円でも5円でも、究極、おもちゃのコインでもいいことにしています。
――普段、子どもたちと関わる中で、心がけていることはありますか。
とにかく自然体で接しています。近所のおばさんと子どもが道端で話すような感じです。「こんにちは」「あら、きょうは暇なの?」など、普通の会話です。こちらが身構えると、それが子どもに伝わって、かえって近寄りがたい存在になってしまいますから。
子どもたちは普段、いろんな話をしてくれます。学校であったことや悩みの相談など、さまざまです。なので、基本的には“聞く”ということを意識しています。それも、根掘り葉掘り聞くのではなく、子どもたちが話しているのを“うんうん”と聞くんです。
年を取ると、いろんな経験があるので、時に教えてあげたいなと思うこともあります。だけど、そんなに簡単に全てを伝えなくてもいいのかなと、あえて黙って聞いています。黙って聞くのは、いろいろと言うより意外と大変です(笑)。
それに、“話を聞いてもらって、すっきりした”と帰っていく子を見ると、“聞く”ことの大切さを感じます。
私はこの場所が、みんなにとって“お守り”のような存在になればいいなと思っています。大変な時、どうしようもなくなった時、“話を聞いてもらえる場所”があるだけで、人は意外と頑張れるものです。
大人、子ども関係なく、“ここに立ち寄って、良かった”“ほっとした”と言ってもらえることが、私の今の一番の喜びとなっています。
――実際、こども食堂に来ていた子どもたちが大人になってから、ボランティアとして戻ってくることもあるそうですね。
こども食堂を始めて10年あまり。社会人になった子も多くいますが、今もなお、つながり続けています。仕事が終わった後や、時間ができた時に手伝いに来てくれます。
また、さまざまな家庭がありますが、身寄りがない子どもたちや、家族や親戚と疎遠になってしまった子どもたちにとっては、こども食堂が“実家”ともなっています。
――日本の子どもの「9人に1人」が相対的貧困の状態にあるといわれています。
「こども食堂」は単なる貧困対策ではありません。“地域活性化の場”だからこそ、ここまで全国に広まってきたのでしょう。
一方で、本質的な問題から目をそらしてはいけません。私は、こども食堂を増やすことよりも、町全体が“人に優しい社会”に変わっていくことの方が大事だと思っています。
例えば、午後6時になったら、みんなが家の前にのれんを出す。“お母さんがいないんだったら、ご飯食べていっていいよ”“お風呂にも入っていいよ”――そういうふうに、互いを助け合う、思いやりあふれる社会になってほしい。
ここ十数年で、給付金や食料配布など、子どもの貧困に取り組むさまざまな政策ができました。だけど、それでも子どもの貧困はなくならない。なぜか――。事の本質は、人間関係の希薄さにあると、私は思います。
近隣同士、手を差し伸べ合えば、苦しむ子どもの数も減っていくはずです。こども食堂がなくても、子どもたちが元気に育つ社会になってほしいんです。
――“大人の心の貧困”が子どもの貧困を生み出しているともいえますね。
例えば、荷物を抱える高齢者がいても、声をかけずに通り過ぎてしまう。子どもが泣きやまず、困っているお母さんがいても、見向きもしない。暴力を振るわれている人がいても、動画を撮影するだけで、助けない。他者へのいたわりや関わりが、あまりに希薄な社会だと感じます。
そうした周囲の大人を、子どもはじっと見ています。子どもは目にしたものから、自然と生き方を吸収し、大人になります。だから、未来のためにも、今の私たちの振る舞いが大事になってきます。人として大切なことは、日々の生活の中で伝えていくしかありません。その伝え手は、決して実の親でなくてもいいんです。
子どもと関わり始めて十数年、これまで多くの課題を目にし、さまざまな人と語り合ってきました。そうした中で、私が行き着いた結論は、全ての課題解決の鍵を握るのは教育だということです。
教科書的な教育ももちろん大事ですが、それ以上に人間性を養う教育が大事だと思います。自分の思いをしっかりと伝えられる力、意見の異なる人とも、とことん話せる力など、子どもたちの人間力を育む教育が、現代社会にはあまりにも少ない。受験や就職など、社会の競争に勝つための教育が多いように感じます。
そうした問題意識もあり、私は現在、こども食堂の活動場所で「教育居酒屋」というイベントを開催しています。学校の先生や教育に関心がある人たちとお酒を飲みながら、教育についてざっくばらんに話す場です。
心を変えるのは、対話しかありません。私なりに、教育の分野で何かお手伝いができたらと思い、活動しています。
――こども食堂の活動拠点では、「だんだん寺子屋」や「学校に行きたくない時カフェ」「産前産後保健室」など、さまざまなイベントが行われていますね。
ひきこもりや不登校など、八百屋に来たお客さんから個人的な相談を受けることがあるのですが、“こんなことをしたらどうか”“あんなことができるんじゃないか”と動いているうちに、活動の幅が広がっていきました。
「だんだん寺子屋」は、子どもの学習を支援する場所です。勉強が嫌いな子、障がいのある子など、さまざまな子どもたちがやって来ます。ボランティアの人が子どもたちの勉強を見ています。
また「学校に行きたくない時カフェ」は、子どもが登校したくない時の居場所がつくれたらと思い、始めました。子どもが来た時は、学校にも連絡した上で、見守っています。
「産前産後保健室」では、産後うつや子育て中のお母さんなどが、ほっと一息つけるよう、一緒におきゅうをしています。
その他にも、多くのイベントを催しています。
――最後に、地域のために何かしたいと思いながらも、一歩を踏み出すのはハードルが高いと感じている人へ、メッセージをお願いします。
“誰かがやっているから、同じようにやってみよう”ではなく、“自分には何ができるか”を考えて、一歩を踏み出すことが大事だと私は思います。その一歩は、あいさつや声かけなど、ほんの小さなことでいいんです。
私も普段、八百屋の前を通る人に向かって「おはようございます」「こんにちは」と声をかけています。初めは、返してくれる人はほとんどいませんが、一度あいさつすると、次回は小さな声でも返してくれるようになります。こういうところから優しい雰囲気が生まれ、互いを助け合う社会に変わっていくのではないでしょうか。
何か大きなことをする必要はありません。ハードルを下げるのは自分自身です。一つできたら、次、何ができるかを考え、行動に移す。その積み重ねが大事だと思います。
<プロフィル>
こんどう・ひろこ 島根県出身。「こども食堂」の名付け親。歯科衛生士として働きながら、2008年に「気まぐれ八百屋だんだん」をオープン。その後、「だんだんワンコインこども食堂」を開く。17年に一般社団法人「ともしびatだんだん」を設立し、代表理事に。これまでの地域貢献活動がたたえられ、「第57回 吉川英治文化賞」などを受賞。
●ご感想をお寄せください。
sdgs@seikyo-np.jp
●聖教電子版の「SDGs」特集ページが、以下のリンクから閲覧できます。
https://www.seikyoonline.com/summarize/sdgs_seikyo.html
●海外識者のインタビューの英語版が「創価学会グローバルサイト」に掲載されています。
https://www.sokaglobal.org/resources/expert-perspectives.html