企画・連載
〈教育本部ルポ・つなぐ〉第18回=尊重し合うことで“命”は磨かれる 2025年1月23日
これが“学校の教室”なのか。都立八王子南特別支援学校のその部屋には、モップやほうき、掃除機などあらゆる清掃用具が並び、トイレ掃除まで体験できる“模擬便器”も設置されている。
知的障がいのある生徒が卒業後の就労に向け、基礎的な能力を身に付けるための職業に関する専門教科が行われる場所という。教員が生徒一人一人の適性を判断し、掃除のほか事務作業や接客などの班に分かれて学習を進める。
同校で主任教諭を務める平沼亨さん(支部長)は、ここで生徒たちと清掃に励んでいる。特別支援教育ひと筋30年の大ベテラン。教員生活のスタートは“体育教師”だったそうだ。
30代前半の頃、当時の校長から言い渡された役割が、清掃教育の担当だった。「体育だけじゃなく、もう一つ、“これだけは誰にも負けない”というものを持つんだ」
“なぜ自分が?”と思った。“掃除なら誰にでもできるだろう”という気持ちもあったかもしれない。それでも祈りを重ねるうち、“どうせやるなら、とことんやろう”との気概が湧いてきた。
ビルメンテナンス協会の講習に参加。企業に出向いて実際の清掃業務にも1カ月、従事した。一つ一つの工程に、きれいにするためのポイントや効率的な方法、清掃者のこだわりがあることを知る。「きれいにする」ことは、こんなにも奥深いものなのか。職場が整然として清潔に保たれていることで、皆がこんなにも元気になり、力を発揮できるのか。清掃教員としての誇りが芽生えた。
学んだ経験と知識をひっさげて学校に戻り、授業に臨んだ。しかし、掃除に対する生徒の意識は後ろ向き。保護者からも“なぜ自分の子どもが掃除班なのか。別の作業班に移してほしい”との声も寄せられる。
ある日の晩、自宅で息子と人気アニメを見ていると、「○○マスター」とのセリフが飛び込んできた。“これだ!”
始めたのが「清掃マスター」の取り組み。作業をクリアした生徒に“テーブル拭きマスター”や“ほうきマスター”等の称号を贈る。清掃の楽しさ、「きれいにする」ことの奥深さと誇りを感じてほしかった。これが奏功し、次第に皆が授業にのめり込んでいく。
平沼さんはさらに、東京都の「清掃技能検定部会」の一員に。「清掃マスター」の取り組みを東京全体に広げたいとの要請を受け、自ら中心となって検定の実施に向けたテキストも作成した。平成19年度から「清掃技能検定」がスタート。今では全国で実施されるまでに。就職や転職で有利に働く資格だ。清掃が“専門性の高い仕事”として認知される力となった。
清掃授業を通して自信を持った生徒たちが、日常生活でも生き生きとしていく姿に、どれほど勇気をもらったか。保護者からも、どれほど多くのことを学んだか。生徒と誰よりも苦楽を共にしてきた保護者のことを、平沼さんは“わが子の専門家”と呼び、尊敬の念を伝えている。保護者もまた、平沼さんたち教員のことを“特別支援の専門家”として信頼し、頼りにしてくれている。
障がいの有無を超え、誰もが、かけがえのない“命”を持っている。その“命”は、互いに尊重し合うことによって磨かれ、ますます輝きを放っていく――それを確信できるようになったのも、「生徒や保護者の皆さまが共に歩んでくれたからです」(平沼さん)。
人生の師匠・池田先生が語った次の言葉を、かみ締めている。「この子らの実像は、断じて『障がい児』などではない、生命の尊さを教えてくれる『世の宝』である」
弟子として、誰もが安心して生きられる社会を築きたい。決して“きれいごと”にはしない。
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※ルポ「つなぐ」の連載まとめは、こちらから。子どもや保護者と心をつなぎ、地域の人と人とをつなぐ教育本部の友を取材しながら、「子どもの幸福」第一の社会へ私たちに何ができるかを考えます。