デジタル企画

〈写真特集〉 文豪ゲーテと歩く「永遠の都・ローマ」 2026年6月27日

 今から240年前――1786年の秋。ドイツの文豪ゲーテは、“永遠の都・ローマ”に第一歩を刻んだ。幼少期から憧れた街に到着した時、「ついにこの世界の首都に到達したのだ!」と、あふれんばかりの感動を書き残している。「ドイツのゲーテ」と「イタリアのローマ」。一見交わることのない二つを結ぶものは一体何か。今回は、ゲーテの足跡をたどりながら、今もなお、世界中の人を引きつけるローマの街並みを紹介する。

■ゲーテ少年とイタリア■

 ゲーテとローマを結ぶ線。その始まりは、彼の幼少期までさかのぼる。ドイツのフランクフルトにあるゲーテの生家。その広間には、父がイタリアから持ち帰った銅版画が今も飾られている。コロッセオ、バチカン、ポポロ広場。父が語る異国の思い出話に目を輝かせるゲーテ少年の姿が思い浮かんでくる。現在、生家には博物館も併設され、1981年5月に池田大作先生も訪れている。

■文豪が抱えた心の闇■

 25歳で『若きウェルテルの悩み』を著したゲーテはヨーロッパ中の青年を熱狂させ、一躍“時の人”となったが、その後の人生は順風満帆ではなかった。行政官としての激務と失恋は、彼を“書く喜び”から遠ざけた。このまま社会の歯車として人生を終えるのかという絶望感。その中で幼少期のイタリアへの憧れが、ゲーテの背中を押した。“魂の蘇生”を懸けてローマへ旅立った。

■魂の復活■

 出発して約2カ月。ついにローマに第一歩を刻んだゲーテは、「わが青春の夢という夢がいま、生き生きと眼の前に見えるのだ」とあふれる喜びをつづった。コロッセオ、パンテオン、ラファエロの「アテネの学堂」など古代の建築物、ルネサンス期の美術品だけにとどまらず、植物や鉱物からも学び取ろうとする情熱。「私がローマに足を踏み入れたその日から、私の第二の誕生日、真の再生が始まっている」とあるように、ローマでの日々がゲーテの魂を復活させたに違いない。事実、ドイツに帰国後、着想から約60年の歳月をかけたといわれる『ファウスト』を完成させている。

■永遠の都の“光”■

 ゲーテ最後の言葉は「もっと光を」だったと言われている。記者が市内を見渡す丘に立ったとき、現地の友人が「何千年も前のローマ人が魂を込めて造り上げたその遺跡の中に街があるんだ」と教えてくれた。現代に生きる人々が、先人たちに寄せる深い尊敬の念。そこから起こる“魂の共鳴”。これこそローマを訪れた人の心を蘇生させてやまない光であり、ローマがこれまでも、そしてこれからも「永遠の都」といわれる所以なのだろう。

【記事・写真】吉橋正勝

〈取材協力=マサコ・カネダさん、ダンテ・マッティアさん〉

※ゲーテの言葉は『ゲーテ全集11』所収「イタリア紀行」高木久雄訳(潮出版社)/『[超訳]ゲーテの言葉』金森誠也・長尾剛訳(PHP研究所)

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