企画・連載
〈教育本部ルポ・つなぐ〉第25回=十人十筆の「書」 その子の輝きを見つけて 2025年4月26日
もう、何枚目だろう。愛知県蟹江町の書道教室で、小学生たちが毛筆を夢中で走らせている。
墨に染まった半紙を指でつまみ、「先生、書けたよ!」と、部屋の前方へ。笑顔で待っているのは講師の中川菜穂子さん(白ゆり長)である。
「“はね”がキレイだね」「勢いがある」「バランスが良くなったよ」。それぞれに、それぞれの褒め言葉。皆、うれしそう。
中川さんは朱を入れつつ、「こうすると『鳥』の字に“飛ぼうとしている感じ”が出るよ」と、アドバイスも忘れない。時に半紙に向かう生徒のそばに立ち、手を添える。「ここは一筆で」「縦の線は強く真っすぐ」
生徒の世代は6歳から70代まで幅広い。取材した日は、一人の女子大学生も、長い画仙紙に黙々と漢詩を書いていた。小学1年の頃から中川さんに教わっているそうだ。技術だけではなく、「『書は人を表す』という考え方も、ですね」と彼女は話す。
性格が十人十色であるように、同じ手本を見て書いても、それは“十人十筆”。人柄や、その時その瞬間の“心のありよう”までもが、にじみ出る。
「だからこそ」と中川さんは言う。「一人一人の違う『良さ』と、その人の中でも『一番良い所』を見つけて、引き出すためにも、私自身が技と心を磨き続けようと決めています」
書の師と出会って、約25年。書道教室を開いて20年。「道」を求める厳しさも豊かさも、五体に染み込ませてきた。とともに、桜梅桃李の庶民が励まし合う創価学会という人間教育の道場で、自他共の可能性を信じ抜く哲学を心肝に染めてきた。
2018年には、日本書道界で最高峰の権威がある「日展」で初入選。書の師匠、そして人生の師・池田先生への「報恩」の誓いを新たにした。
中川さんの感謝は生徒や保護者にも。結婚して30年、子宝には恵まれずとも「教室の子どもたちから、どれほど心の宝をもらい、書の力を教えてもらったでしょう」。
小学校を休みがちだった少女がいる。繊細な心の持ち主ゆえ、人間関係で傷つくことも多かったに違いない。やがて書道を続ける自信まで失ってしまう。
中川さんは毎月渡している「書のお手本」に、“少しでも心が軽く明るくなれば”との願いを託した一言を添えた。少女の名前も丁寧に、世界で一つだけの名を呼ぶように書いた。通じるものがあったのだろう。少女は「高校生のお兄ちゃんも書道を始めてくれれば、頑張れるかも」と稽古に復帰した。兄の“先輩”になれたことが誇らしく、うれしくて仕方がない。
中川さんの教室には、何でも安心して話せる空気がある。その兄妹も、学校や家では語らない話題まで、中川さんには話してくれた。実は高校生の兄も、中学時代に不登校だったという。温かな雰囲気の中で、彼は書の腕を少しずつ上げた。
ある日、中川さんは中国の古典から力強い5文字を見つけた。「彼の個性に合うかもしれない」――用意したのは、普段よりも大きな紙と大きな筆。彼は挑戦を決めた。千変万化の感情の扉が開放されたような、躍動の一書が生み出された。
中川さんが「大きな字、向いてるねえ!」と言うと、彼は興奮気味に「何かスッキリして、打ち込める感じがいい」。なんとその作品が、書道展覧会で「奨励賞」を受賞したのである。この経験が自信につながり、彼は私生活や高校でも活躍の幅を広げていった。
「書は心画なり」ともいう。心は目に見えない。だが真剣に紡がれた肉筆の文字は、巧拙を超えて書き手の心を映し出し、見る人の心を潤し耕す。
「先生、書けたよ!」と作品を持ち寄る子どもたち。中川さんの目には、一人一人の胸中に「希望」の二字が輝き見える。
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