聖教ニュース

第69回「国連女性の地位委員会」に参加して 女性平和委員会ユース会議 川岡美由紀 副議長 2025年5月5日

 第69回「国連女性の地位委員会」(CSW69)が3月10日から21日までニューヨークの国連本部で開催され、女性平和委員会ユース会議の川岡美由紀副議長が参加した。手記を掲載する。

平和を求める声の重み

 CSWは女性の権利向上とジェンダー平等推進のための国連経済社会理事会の機能委員会であり、毎年、世界中から政府代表や市民社会の代表が集まります。

 今年は世界中から1万3000人以上が参加し、政府代表に加えて、5800を超えるNGOも加わりました。澄み渡った青空のもと、世界中から集った参加者が行き交う様子は、まさに「人類の議会」と呼ぶにふさわしい活気と多様性に満ちていました。

 会議の中で、中東の紛争地域から来たパレスチナ人の活動家の言葉が深く心に残りました。「私たちにとって“平和”は、あまりに遠く、口にすることすらためらわれる言葉なのです」と静かに語りかけた彼女の訴えに、言葉を失いました。しかし、「オリーブは私たちの誇りであり、平和の象徴です」と続けた言葉に、どんな戦火にも消せない希望の灯を感じました。

 世界各地で差別や暴力に直面する女性たちの証言に触れ、ジェンダー平等の実現を阻む本質的な障壁は、国家の政治機構や社会に根付いた強大な権力構造にあることを痛感しました。ジェンダー平等は単なる男女の公平さの問題ではなく、何世紀もかけて染みついてきた家父長制的価値観と、社会の隅々に浸透する権力の網目を解きほぐす、システムそのものの変革を求める闘いなのです。

北京+30:重要な節目の年

 2025年は「北京宣言・行動綱領」から30年という大きな節目の年です。1995年の北京女性会議で採択されたこの文書は、女性の権利における国際的な枠組みとして重要な役割を果たしてきました。今回のCSWでは“女性の権利の後退は許さない”という力強いメッセージを込めた政治宣言が、全会一致で採択されました。

 特に印象的だったのは、加盟国が近年浮上した新たな課題を認識し、それに立ち向かう決意を再確認したことでした。また、国連の高位指導層に女性を推薦することを加盟国に求める内容が盛り込まれたことも、非常に注目されるポイントでした。これには、将来的に国連事務総長や総会議長の候補として女性を推薦するよう促す趣旨も含まれており、グローバル・ガバナンスにおけるジェンダー平等の推進に向けた具体的な一歩といえます。

 加えて、今回初めて「ジェンダーに基づく暴力」が明示的に文書に盛り込まれたことも進展として評価されていました。

 世界的な揺り戻し傾向や右傾化の中で、“この30年のジェンダーギャップを減らす努力が一瞬にして無に帰してしまうのでは”という危機感が参加者の間で共有されていました。しかし、内容に課題はあるものの、これ以上の後退を許さないという国際社会の意志が示されたことは、大きな意義があったと考えます。

「平和の文化」:響きあう世代間対話

 期間中、SGIとしては「平和の文化のための世代間運動の活性化」と題する並行行事を開催。ここでは、1999年の「平和の文化に関する宣言及び行動計画」、2000年の国連安保理決議1325号(女性・平和・安全保障)をもとに討議を行いました。

 登壇したアンワルル・チョウドリ元国連事務次長は、「平和の文化とは単に戦争がない状態ではなく、あらゆる差別や暴力の根絶を日々実践していくことだ」と力強く語られ、会場から何度も拍手が寄せられました。

 私自身も創価学会女性平和委員会の活動や、女性部の関根仁美さん、城戸幸恵さんによる地域での取り組みを紹介させていただきました。終了後、「草の根の体験に感動した」「日本での取り組みが具体的で参考になった」という声も寄せられ、足元から平和を広げてこられた先輩方の粘り強い努力に、改めて深い感謝の思いが込み上げました。

信仰とジェンダー平等

 SGIとして他の信仰団体や各国政府と共に開催したイベントでは、「信仰とジェンダー平等」について活発な議論が交わされました。今回の参加を通じて、FBO(信仰を基盤とした団体)の役割として主に次の3点が浮かび上がりました。

 ①世代間の対話と連帯の場であること
 あらゆる世代の人々が立場や価値観の違いを超えて学び合うことで、男女の役割分担や職業選択、家庭内の育児・介護、リーダーシップ、外見や服装、恋愛・結婚観などの固定化された考え方が見直され、ジェンダー平等に対する新たな意識が育まれる土壌が生まれます。

 ②個人の尊厳を出発点にしたボトムアップ型の実践
 統計や制度によるトップダウンの手法ではなく、一人一人の生活に寄り添う取り組みを通じて、「生き方としてのジェンダー平等」を社会に浸透させる力を持っています。

 ③「全ての人が尊厳をもって共に生きられる」という価値観の発信
 「誰かの権利の実現が他者の損失になる」といったゼロサム的な発想ではなく、全ての人が尊厳をもって共に生きられるという「プラスサム」の価値観を広める役割を担っています。たとえば、「女性の活躍=男性の不利益」ではなく、「共に支え合うことで社会全体が豊かになる」といった視点を促すことができます。

 一方で、宗教がジェンダー平等の障壁となりうる現実も率直に指摘されました。聖典の解釈や伝統的な慣習が、しばしば女性の参画を制限することがあります。信仰を持つ私たち一人一人が、自らの倫理観の中にジェンダー平等をどう位置づけるのか――その問いと向き合う必要性を痛感しました。

「フェミニスト」というスティグマを超えて

 日本では、「フェミニスト」という言葉に「少し怖い」といったイメージが付きまとうことがあります。しかし今回、世界中から集まった活動家の方々と対話する中で強く感じたのは「怖さ」ではなく、共に苦しみを知るからこその深い共感力でした。インド独立の父であるマハトマ・ガンジーは、偉大な運動は「無関心」「嘲笑」「非難」「抑圧」そして「尊敬」という五つの段階を経ると語りました。

 かつてCSW開幕式でグテーレス国連事務総長が「私は誇り高きフェミニストです」と宣言されたことを、今でも鮮明に覚えています。日本における「フェミニスト」という言葉にまとわりつく「スティグマ(汚名)」は、決して世界共通の見方ではないのです。むしろ、平等と公正を求める普遍的な価値観を体現する言葉として、誇りをもって使われていました。

多数派と少数派の視点:気づきと共感

 「市民社会ブリーフィング」では、連日、国連関係者と市民による真剣な対話が繰り広げられました。LGBTQ+(性的少数者の総称)コミュニティーや周縁化された人々の声を尊重するよう求める切実な訴えも相次ぎ、若者たちの果敢な発言には心を打たれました。張り詰めた空気の中でも、互いに励まし合う姿や底抜けに明るい笑い声は、希望を感じる瞬間でした。こうした、目には見えず、ニュースにも取り上げられない日々の勇気、友情、そして心の連帯こそが、分断を乗り越え、未来を切り開く真の原動力であると実感しました。

 余談ですが、昨年のCSWには男性の同僚が参加し、「参加者の多くが女性の中、自分がいてもいいのかと不安だった」と話していました。その経験を通して、女性が日常的に“男性ばかり”の会議で感じるであろう緊張や孤立に、深く思いをはせていたそうです。

 今回の私は、共通の志を持った女性たちと出会い、どこでも温かく迎えられ、心からエンパワーされる毎日でした。この体験を通して改めて気づいたのは、「多数派」にいるときには、少数派の方々が感じている不自由さや肩身の狭さ、孤独になかなか気づけないという現実です。だからこそ私たちには、誰に対しても「分からないことを前提にしつつも、分かりたい、教えてほしい」と共感と同苦の姿勢で向き合い続ける責任があるのだと、深く心に刻みました。

これからへの一歩:日常からの変革

 かつて池田先生は、「今、必要な『地球人意識』。それは、遠いどこかにあるのではない。コンピューターの画面の中にあるのでもない。人間として人間のために“胸を痛める心”の中にあるのだ。『あなたが苦しんでいるかぎり、私も苦しむ。あなたが、だれであろうと! あなたの悩みが何であろうと!』と」とつづられました。

 また、「どのような国であっても、どのような時代であっても、仏法の『随縁真如の智』には、絶対に行き詰まりがない。異なる文化、異なる社会の中にあっても、見事に調和しながら、人々の幸福のため、国家の繁栄のため、世界の平和のために、最大に貢献していくことができる。これが、大聖人の仏法を持った私たちの信仰の力なのである」と教えてくださいました。

 会議を通じて何度も胸に去来したのは「池田先生なら、今の世界をどうご覧になるだろうか」という問いでした。ジェンダー平等は遠くの誰かの問題ではなく、私たち一人一人の問題です。たとえ小さな一歩でも、それが誰かの心を動かし、変化の連鎖を生み出していきます。

 まずは隣の人との対話から「固定観念」という見えない壁を越えて、一歩一歩行動していきたいと思います。その積み重ねこそが、ジェンダー平等という大きな理想を現実へと近づけていくのだと信じています。