健康・介護

〈Seikyo Gift〉 ラスカー賞を受賞した筑波大学・柳沢正史教授が語る最新研究「睡眠の謎」㊤〈医療〉 2026年10月31日

徹夜した脳は“酩酊”と同じ
〈今日のポイント〉“黄金時間”は存在しない

 医学分野で高い権威を誇る米ラスカー賞の受賞者が本年9月に発表され、基礎医学部門で、睡眠をつかさどる脳の神経伝達物質「オレキシン」を発見した筑波大学の柳沢正史教授(66歳)が選ばれました。日本人の受賞は12年ぶり。ノーベル生理学・医学賞受賞者の山中伸弥京都大学教授や利根川進氏(故人)を含め、これまで日本の7人が受賞し、ノーベル賞への登竜門といわれています。読者の要望に応え、柳沢教授が昨年登場した紙面(2025年1月13日付)を再掲します。

 人生の3分の1の時間を費やし、日々の健康に直結する睡眠。ノーベル賞級といわれる、睡眠に関わる物質(オレキシン)を発見した医師・柳沢正史教授(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構長)に、最先端の睡眠学を語ってもらいました。

レム睡眠も深い眠り

 睡眠は、現代神経科学最大のブラックボックスの一つです。「脳を持つ生物は、外敵に気付きにくくなる“意識のオフライン化”を、なぜ毎日行うのか」「何が動物の“眠気”をもたらし、制御するのか。そもそも眠気の実体とは?」といった根源的なことも、いまだ謎なのです。
 例えば、身体運動を行うと、よく眠れることは皆さんご存じでしょう。この理由も、いまだ解明されていません。
 なお、年を重ねるほど、深い眠りができにくくなることは自然です。高齢者で「深く眠れなくなった」ことをおかしいと悩むことは、かえって不安で眠りが悪くなりかねず、睡眠障害の入り口に立つことになります。
 寝入ってすぐ訪れる「ノンレム睡眠」は眠りが深く、夜の後半に増え鮮明な夢を見る「レム睡眠」は眠りが浅い、とよくいわれます。しかし実際には、レム睡眠も深い眠りで、心身の健康のために重要であることが分かっています。
 睡眠に「ゴールデンタイム」はないのです。

悪い夢は見た方が良い?

 夢の中身は、ストレスの大きい内容が多いといわれます。
 一方、それは現実に起こってしまった時の“耐性”を付けている可能性も指摘されています。
 悪い夢を見た時は“予行演習”ができたと捉えて、「見ておいてよかった!」と思いましょう。

夜の光は有害

 体内時計を調節するのは、目の奥にある網膜神経節細胞です。その細胞が光(ブルーライト)を検知すると、脳は朝だと捉えて体内時計をリセットします。夜に目に入る明るい光は、睡眠学的には“有害”でしかありません。
 夜のホルモンといわれ、眠りを誘うメラトニン。その分泌中に眠れば深い眠りになりますが、日中は、ほぼ分泌されません。また、眠りを誘う“深部体温”の降下も日中はありません。
 残念ながら、夜勤の人がぐっすり眠ることは、生物学的には困難と言わざるを得ません。

日本人は最も寝ない国民

 経済協力開発機構(OECD)の統計では、日本人の睡眠時間は、欧米の平均より1時間以上も短く、最も少ない7時間20分程度。“世界で最も寝不足な国民”といえます。日本人は“昼間の眠気”は普通だと捉えますが、欧州では、体調不良の兆候と認識されます。
 国民1人当たりの国内総生産(GDP)の値と睡眠時間との関係を調べると、生産性の高い国は、おしなべて睡眠時間が多い。一方、日本人は1人当たりのGDPの値もそれほど高くなく、睡眠時間が極端に少ない。
 睡眠を削って働いても、経済的な豊かさにつながっていないのです。
 なお、昔から日本人の睡眠が少なかったわけではありません。平均時間は、1960年の調査では、今より約1時間多かった。しかも平均就寝時刻が早く、今よりずっと“早寝”の国民でした。
 働く世代の睡眠時間が絶対的に短い現代の日本社会では、睡眠の質を論ずる前に、睡眠時間の確保が最優先です。

性格も悪化する?

 睡眠が減ると“性格”も悪くなります。
 アメリカでは、冬時間から夏時間(サマータイム)に移行する一日は、国民全体の睡眠時間が1時間減る日です。
 実は、その一日は、「ドネーション(寄付)」の金額が毎年減っているという研究があります。人間という生物の“利他的行為”が抑制される日だといえます。
 また、社員のどのような要素に問題があると、企業の“損失コスト”が高くなるかを推計した、経済産業省の研究があります。
 それによると、「肥満」「運動」より、「睡眠」に問題があった場合が、損失コストが約10倍も高くなりました。睡眠に問題があると、仕事のモチベーションが下がったり、ストレスで人間関係が悪化したりするからだと推測されています。
 さらには“社員が睡眠時間を長く取れている企業ほど、利益率が高い”という研究も発表されています(慶應義塾大学商学部・山本勲教授の研究)。

睡眠が短いと病みやすい

 睡眠時間が短くなると、病気にかかりやすくなることには強いエビデンスがあり、医学的に確立されています。特に、「うつ病などの精神疾患」「メタボリック症候群」などにかかりやすくなります。睡眠時間が“不規則”になっても、循環器系疾患等のリスクが高まります。また、高齢者を12年追い続けた外国のデータによると、レム睡眠が「5%減るごとに“総死亡率”が13%上昇した」「1%減るごとに、認知症リスクが9%高くなった」と報告されています。
 脳は、睡眠時間が減るほど能力が落ちます。97年に出た有名な論文によると、徹夜明けの脳のパフォーマンスは酩酊状態(血中アルコール濃度が0・1~0・2%)と同程度です。
 慢性的な寝不足は、どうでしょうか。
 20~30代に行った実験研究では「4時間睡眠×6日」「6時間睡眠×10日」は、どちらも徹夜明けと同じ能力に落ちました。

寝ない大人は横に育つ

 「肥満でない男女が、4時間睡眠を2週間続けると、どうなるか」を研究したデータがあります。興味深いことに、1日の摂取カロリーが約300キロカロリー増え、内臓脂肪が11%も増えていました。逆に、肥満気味の人が睡眠を1日1時間増やすごとに、カロリー摂取が1日当たり150キロカロリー減るという報告もあります。
 「寝る子は育つ」ということわざがありますが、「寝ない大人は横に育つ」ということです。太り過ぎの人は、十分な睡眠を取ってください。

 ㊦(2025年1月20日付)の電子版は、こちらから閲覧できます。

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