企画・連載

〈Seikyo Gift〉 特別対談 作家・佐藤優氏×歴史小説家・安部龍太郎氏 2026年1月31日

二度と戦争を起こさせない。
歴史を学び未来への教訓に

 歴史小説家の安部龍太郎氏と、作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏は、対談シリーズ『対決! 日本史』(潮新書)で世界における日本史をひもといてきました。第6巻「アジア・太平洋戦争篇」が発刊されたことにあわせて、戦争の教訓から何を学ぶべきかを語り合ってもらいました。対談は歴史を学ぶ意義、排外主義の風潮への向き合い方、宗教の役割など多岐にわたりました。(昨年8月2日付で㊤、同3日付で㊦を掲載した対談から抜粋)

 ――『対決! 日本史』シリーズの最初の対談が行われたのは、2019年です。6年間にわたって、世界における日本史を振り返ってこられました。改めて、歴史を学ぶ意義はどこにあるとお考えですか。
  
 〈安部龍太郎〉
 「温故知新」という言葉がありますね。「古きをたずねて新しきを知る」、つまり、過去の事例や先人の知恵に学び、目の前の問題の解決に生かしていく姿勢を表す言葉です。
 歴史を学ぶ上でも、出来事や人名をただ暗記するのではなく、現在や未来を考えるための指標を得ようとする姿勢が大事だと思います。
 人間には約37兆の細胞があるとされ、一つ一つの細胞が遺伝子の情報に基づいて機能しています。そして遺伝子の中に、遺伝情報として人類の進化の痕跡が残されている。今を生きている全ての人に親がいて、その親にもまた親がいることを考えれば、私たちには、“人類誕生以来の歴史”が刻み込まれているともいえると思うのです。
 歴史を学ぶことは、自分自身を知り、人類が生きてきた行動原理を理解することでもあると思います。
  
 〈佐藤優〉
 安部さんの歴史観には、歴史を民衆に取り戻すという視点が一貫しています。シリーズを通じて、私はその姿勢に大いに感銘を受けてきました。
 「温故知新」と聞いて思い起こすのは、ドイツの哲学者ユルゲン・ハーバーマス氏が述べた「未来としての過去」という考え方です。
 冷戦後の世界ではそれまでの秩序が崩壊し、理想とすべきモデルが同時代には見当たらない。ゆえに、現代社会が目指すべき未来のモデルを、過去の中から見つけてくればいいと彼は言いました。過去をどう記憶し、解釈し、継承するかによって、未来のあり方は決定づけられるということです。
 ただし、そこには危険性もあることを、ハーバーマス氏は理解しています。過去のナショナリズム的な歴史を選択的に取り入れてしまえば、“われわれは偉大な民族であるが、他の民族によって権利を侵害されてきた”というような排外主義に通ずる物語が、現代によみがえる可能性が高くなるからです。
 そして事実、今日の世界でこうした思想が台頭してしまっていることは、憂うべき事態です。
  
 〈安部〉
 ヒトラーは、偉大なドイツの復活を叫び、純血のアーリア人種の優位性を唱えました。それが、ユダヤ人の大量虐殺につながりました。また、日本では、初代天皇の即位2600年に当たるとされた1940年、記念行事を盛大に行い、天皇のもとに全世界を一つの家とする「八紘一宇」というスローガンが広がりました。
 「神の国・日本が東アジアの盟主になる」との大義名分をつくり出し、それが、悲惨な戦争につながったのです。

根本の価値観

 ――平和と共生の姿勢とは対極にあるような、排外主義的な主張が強まる昨今の風潮に、私たちはどう向き合うべきでしょうか。
  
 〈佐藤〉
 初代会長の牧口常三郎先生と同時代を生きた人物に、日蓮主義者の田中智学(注1)がいます。「八紘一宇」という言葉は田中によって造語されました。その田中を仏教の師と仰いだ石原莞爾(注2)は、いつしか日蓮主義をねじ曲げて解釈し、海外侵略を正当化するイデオロギーを生み出しました。
 同じく日蓮の思想を深めた牧口会長が、日本の軍国主義に抗して投獄されながらも、平和の信念を貫いた一方で、石原のように極論を唱えた人物もいたのです。
 もっとも正しい真理のすぐ横に、もっとも危険なものが潜んでいる。私が信奉するキリスト教でも、そう説きます。しかしそれは、他者の尊厳を踏みにじろうとする勢力が強いのであれば、他者の幸福に尽くす人たちの輪も大きいということです。そう信じて行動することが肝要です。
  
 〈安部〉
 対談の中で私は、日本がアジア・太平洋戦争へと破滅の道を突き進んだ要因を、端的に四つ、挙げています。①天皇を理由とした同調圧力、②権威・権力に弱い国民性、③正義を貫く信仰と信念の欠如、④正義を貫く歴史観の欠如です。
 これらは現代にも通底するものであり、紛争、温暖化、食糧難、水不足などの地球的危機となって姿を現しています。私たちはまだ、これらを克服する道半ばにいます。
  
 〈佐藤〉
 ウクライナ危機が勃発した際、当事国の一方を非難するのではなく、双方の人々の命を守るために、即時停戦を訴えたのが「聖教新聞」「潮」「第三文明」などの新聞や雑誌です。「命は何よりも尊い」という当たり前の真理を、建前ではなく根本の価値観として、創価学会は掲げてきました。
 危機の時代には、価値観の転倒が起こります。アジア・太平洋戦争では「平和のために戦争に勝ち抜く」という言説が、真理かのようにまかり通った。それは、人々を高揚させ、扇動するような説法によって広まったわけです。
 歴史を学べば、そうした扇動による群衆動員が、極めて危険な方向に向かいがちであることが分かります。
 目立たなくとも、座談や対話こそが、平和をつくる法則です。それを地道に広げていくことが、今の時代に求められています。

生命軽視の風潮

 ――シリーズ『対決! 日本史』で、お二人は、「新しい戦前」ともいわれる現代を、「新しい戦中」にしてはならないとの、信念と覚悟を共有されています。
  
 〈安部〉
 そのためにも、アジア・太平洋戦争へと転がり落ちた当時の日本に、どのような思想がまん延していたかを見ておく必要があります。
 日本は1931年の満州事変で中国東北部の満州全域を支配下に収め、さらに37年、中国軍と衝突し、日中戦争を起こします。こうした侵略や戦争の思想的根拠の一つとなったのは、陸軍だった石原莞爾の「世界最終戦論」です。
 彼の考えは、世界各国がトーナメント形式のように戦い、決勝戦となる最終戦争の末に平和が訪れるというものです。石原にとっては、最終戦争に向けた日本の強化のために、資源にあふれた満州の地が必要でした。
  
 〈佐藤〉
 「戦争によって恒久平和を実現する」と言うが、そこには、相手国だけでなく自国にも、深刻な被害がもたらされるというリアリティーが欠如しています。「平和のための戦争」はヒトラーも用いた詭弁ですが、実態は、為政者の都合による「戦争のための戦争」です。
 しかし、ではなぜ、石原にそんな発想が生まれたのか。日蓮主義者であった田中智学を仏教の師と仰いだ石原は、いつしか間違った法華経の読み方をしていました。
  
 〈安部〉
 講演「世界最終戦論」の中で、石原は、“日蓮は、大戦争によって日本を中心に世界が統一されると予言した。その時は仏の神通力によって現れる”と述べ、最終戦争を正当化しています。しかし、そんな理屈が成り立つはずがないのです。

 〈佐藤〉
 それでも、石原の演説は国民の心をかきたて、ファンクラブのようなものができるほどの人気でした。
 平和のためと称して戦争を正当化する根底に横たわるのは、生命軽視の風潮です。日米開戦時に陸軍省軍務局長だった武藤章の理屈は、こうでした。国力の差でアメリカに負けても、戦わずに譲歩しても、満州、朝鮮、台湾はとられてしまう。そうであるならば、最後まで戦い切り、後世の青年に戦後の復興を託そう――と。そこには命の重みが感じられません。

明治維新の反省

 ――挙国一致体制をアジア・太平洋戦争の要因とする見方とは別に、安部さんは、明治維新まで立ち返って考えるべきだとも言われています。
  
 〈安部〉
 明治維新を肯定的にのみ捉えてしまう背景には、学校教育の影響があると思います。明治維新後の近代史にはあまり重きが置かれず、そのため、満州事変以降の10年間に何が起こったのか、石原莞爾の「世界最終戦論」とは何なのかなど、学校では多くを学びません。
 吉田松陰の思想は明治維新を主導したと評価されていますが、一方で、獄中で彼が書いた『幽囚録』には、“朝鮮や満州、ルソン島などを支配すべき”との一文もあります。後のアジア侵攻の思想につながるような内容です。
 さらに、明治維新の「失敗の本質」として見失ってはならない点は、明治政府によって、国家神道(注3)が臣民の慣習であるとされ、事実上の国教の地位を与えられたことです。
 これによって、天皇の神格化が進みました。大日本帝国憲法では天皇のもとに陸軍と海軍を置くという統帥権が定められ、軍国主義化が進められます。
  
 〈佐藤〉
 アジア・太平洋戦争の敗北は、思想の敗北であったともいえるでしょう。
 神道については、池田大作先生とイギリスの歴史家アーノルド・トインビー博士の対談でも話題になりました。東洋と西洋、仏教とキリスト教という異なる背景を持つ二人は、多くのテーマを巡って意見が一致しましたが、トインビー博士の神道観に対しては、池田先生が強く反論しています。
 神道には、他民族に対する閉鎖性や排他性を帯びた、極めてナショナリスティックな一面がある。その思想と結びついた軍部政府が、創価学会の初代会長である牧口先生を獄死させ、第2代会長の戸田先生を同じく獄中で衰弱させた。国家神道の危険性を語ることについては、池田先生には絶対に譲れない信念があったのだと思います。

畏敬の念を育む

 ――現代における宗教の役割については、どう考えておられますか。
  
 〈佐藤〉
 私の友人であるフランスの人口統計学者エマニュエル・トッド氏は、西洋の危機は突き詰めれば宗教の危機だと言っています。キリスト教徒が教会に行かなくなり、それでも自分はキリスト教徒だと自称し、宗教の儀式面だけが残っていく。それを彼は宗教の「ゾンビ化」と呼びます。さらに宗教が力を失った結果、ヨーロッパはニヒリズムに覆われ、今日の混乱の原因になっている、と。
 ドイツのメルケル元首相は、自身のキリスト教信仰を前面に出す指導者でした。ベルリンの壁による分断の苦しみを知る彼女にとって、どれだけ東と西が対立し、相手を批判しようとも、神を信じる点においては東も西もなかった。宗教に支えられたその実感が、生命への畏敬の念を育んだのだと思います。だからこそ、国民の反対に遭おうとも、多くの難民をドイツは受け入れるという決断ができたのではないか。
  
 〈安部〉
 私が長年、小説家としてテーマとしてきたのも、人間はなぜ敵意やエゴイズムを克服できないのかということです。人類学の学説では、敵意とエゴイズムが、人類を今の地位まで押し上げたともいわれますが、今では、それらが弱点になっているのは明確です。体を大きくすることで地球上の王者として君臨した恐竜は、大型化が一つの原因となって滅んだともいわれる。同じルートをたどっているとするならば、人間は今、絶滅の危機に瀕しています。
 人類の存続を脅かす敵意とエゴイズムを、どう克服していくか。その鍵は、信仰にあると私も思います。日本で親しみがあるのは仏教思想ですが、ヨーロッパにおいてはキリスト教やイスラム教かもしれません。
 宗教が力を失ってしまえば、自分の国が一番だ、自分が一番だという情動が、ますます力を得てしまう。そうした風潮に打ち勝つための、見方や考え方、信念を、どのように磨き上げていくのかが問われています。
 
 〈佐藤〉
 いくら素晴らしい学説が出てきても、それだけでは解決策を提示できないことは明白です。自分の頭で考え、価値観をつくっていく。それが未来のモデルとなります。その途上で、AI(人工知能)のあり方はよく考えねばなりません。
  
 〈安部〉
 生来的に日本人は同調するのが好きですよね。「恥」の文化も根深く、他人の評価を気にして生きることに慣れてしまっている。そうした国民性が、アジア・太平洋戦争を無批判に支持してしまった原因でもあります。
 ひるがえって現代は、盛り上がっている事象を見つけてはSNSで「いいね」を押し、そして多くの「いいね」が押されることを、多くの若者が生きがいとしている。これは大変に怖いことです。
 「自分の頭で考える」と、佐藤さんは言われましたが、同調してしまいたい欲求は、人間誰しもあるわけですね。
 ですから、自分にそんな欲求はないなどと切り捨てるよりも、そうした欲求を持つ自分を受け入れて見つめる方がよほど人間的ですし、その地点に立った時に初めて、「自分で考える」ことが可能になるのだと思います。
  
 〈佐藤〉
 ウクライナ危機にあっても、中東情勢においても、創価学会は「生命は何よりも大切である」という価値観がぶれていません。どちらか一方に肩入れするのが容易な風潮の中にあって、自分たちの信念を貫きました。そして、その中道の価値を、公明党を通じて政治の世界でも具現化させてきた。学会員の皆さんは、自分たちの力を過小評価してほしくないと願っています。
  
 〈安部〉
 自分が良ければいい。他者を犠牲にしてもいい。そうした思想に打ち勝つために、宗教が大事な役割を果たす時ですね。
 法華経は「人間はありのままで尊い」という教えから出発した宗教です。私も若い頃から、その考えに親和性を感じていました。歴史的に見ても、紫式部(注4)や長谷川等伯(注5)ら著名な文化人が、法華経に影響を受けて名作を生み出しています。
 私が特に好きなのは「常不軽菩薩」(注6)です。全ての人にかけがえのない仏性を見いだし、どんな人をも軽んじない。その姿には、今の世界で必要とされる、慈悲や平和共存、人間尊重の精神が表れていると思うのです。
 創価学会の皆さんは、誠実に世界平和を追求している方々です。人の命は何より尊いとの仏教思想に基づくからこそ、この国を戦争の方向に向かわせない、“重し”の存在になっています。もちろん、その道を貫き通すことには困難もあるでしょう。
 しかし私も、文筆に人生をかけようと腹が決まったからこそ、あらゆる苦難をむしろ喜びとして捉え、これまで書き続けてきました。同じように、創価学会の皆さんも、自ら決めた平和の道を貫き通してほしいと願っています。

 注1=田中智学 1861年~1939年。日蓮宗(身延派)の寺院で得度するが、後に還俗して立正安国会、国柱会などを組織。日蓮主義の思想を国家主義に結びつけた。『宗門之維新』などの著作は、日蓮系の僧俗に影響を与えた。
 
 注2=石原莞爾 1889年~1949年。軍人。満州事変を主導した。国柱会に入り、田中智学の影響を受ける。著書に『最終戦争論』など。

 注3=国家神道 明治期以降に形成された一種の宗教。神社神道と皇室神道とが結びついて成立した国家の祭祀であり、国民に天皇崇拝と神社信仰を義務づけ、アジア・太平洋戦争中には戦争遂行の精神的支柱となった。戦後、国家神道廃止令によって解体された。
 
 注4=紫式部 生没年未詳。平安中期の女性作家。日本古典の最高峰とされる『源氏物語』、『紫式部日記』などを著した。
 
 注5=長谷川等伯 1539年~1610年。桃山時代の画家。日本独自の水墨画様式を確立。華麗な金碧障壁画も手がけ、狩野派に並ぶ長谷川派を形成した。作品に国宝「松林図屏風」など。
 
 注6=常不軽菩薩 法華経常不軽菩薩品第二十に説かれる菩薩のこと。一切衆生に仏性があるとして、会う人ごとに二十四文字の法華経を唱えて衆生を礼拝した。無知な衆生から、悪口罵詈や杖で打たれるなど迫害に遭うが、実践を貫いた。

【プロフィル】

 さとう・まさる 1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省に入省。在イギリス大使館、在ロシア大使館の勤務を経て、外務省国際情報局で主任分析官として活躍。『国家の罠』『自壊する帝国』など著書多数。
 
 あべ・りゅうたろう 1955年、福岡県生まれ。久留米工業高等専門学校機械工学科卒業。東京都大田区役所に勤務し、図書館司書として働きながら小説を執筆。90年に『血の日本史』で作家デビュー。2013年に『等伯』で直木賞受賞。『ふたりの祖国』など著書多数。

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