企画・連載

〈SDGs×SEIKYO〉 「学ぶ」権利が守られる世界を セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン事務局長 髙井明子さん 2023年4月11日

インタビュー:希望を紡ぐ教育の力

 世界には、紛争、貧困、ジェンダーの問題などによって、学校に通えない6歳から17歳の子どもが、2億4400万人いるといわれています。セーブ・ザ・チルドレンは、民間・非営利の国際組織として、日本を含む約120カ国で、最も弱い立場に置かれる子どもたちを支援してきました。今回は、SDGsの目標4「質の高い教育をみんなに」に焦点を当て、セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの髙井明子事務局長に、国内外における教育の現状や支援の内容を聞きました。(取材=サダブラティまや、樹下智)

 
◆敵と味方の分け隔てなく

 ――「世界の子どもたちを救うことは、もとから不可能なのではありません。私たちが行動をしないことで、不可能にしているだけなのです」――。これは、セーブ・ザ・チルドレンの創設者、エグランタイン・ジェブの言葉です。初めに、貴団体が誕生した経緯を教えてください。
   
 イギリス人女性のジェブは、1919年、第1次世界大戦後の荒廃したヨーロッパで、敵と味方の分け隔てなく、苦しむ子どもたちを支援したいとの思いから、セーブ・ザ・チルドレンを設立しました。

 当時は、栄養不良の子どもたちがあふれており、彼女はまず、食料支援から始めました。特に、深刻な食料難に陥っていたロシアの子どもたち30万人に、食料を届けたという記録があります。

 やがてジェブは、子どもの権利という、より普遍的な視点から支援を広げていきました。その中で、子どもの権利に関する世界初の公式文書とされる「ジュネーブ子どもの権利宣言」を起草します。

 彼女は若くして亡くなりますが、そこに記された理念は生き続け、現在、日本を含む196の国と地域が批准している、「子どもの権利条約」へと引き継がれています。

 私たちの日々の活動も、“一人一人の子どもには権利がある”との精神のもと行っています。
  
 ――この条約に掲げられる重要な権利の一つとして、「子どもが教育を受ける権利」があります。貴団体の活動には、人道支援や医療の提供など、さまざまな分野がありますが、全ての基礎を成す教育支援には、特に力を入れていますね。
  
 そうです。教育について考えるとき、私たちがまず念頭に置いているのは、いかに安心・安全な場所で子どもたちが勉強できるかということです。

 例えば、セーブ・ザ・チルドレンが支援している、インド北部のビハール州は、洪水や干ばつ、地震などの自然災害が多い地域です。それに加え、学校内でのいじめや暴力も起こっています。

 子どもたちをあらゆる危険から守り、安全に教育を継続する体制をつくるには、どうすればいいか。インドで特徴的な取り組みの一つは、子どもたちと一緒に「学校災害対応計画」をつくっていることです。

 教員、保護者、行政の人たちも交えながら、学校の内外に潜むリスクを子どもたちとじっくり話し合って、対策を立てます。緊急事態に備えて一緒に考えることで、彼・彼女たちが本来持っている力を存分に発揮しながら、教育の質だけでなく、環境の改善も目指しているんです。

 
◆学校を攻撃の対象にしない

 ――子どもたちの学びの場が脅かされるという点において、紛争は最たる例です。本来なら安全の象徴である学校が破壊され、軍の拠点として占領されることもあるわけですから……。
   
 自分が住んでいる地域のハザードマップを見たことはあるでしょうか。多くの場合、避難場所に指定されているのは、学校ですよね。頑丈な建物があり、上下水道や調理場も整備されている。そこに逃げれば助かるという認識は、世界共通ではないでしょうか。

 しかし、紛争下では、こうした概念は根底から覆されます。特に中東のシリアでは、2011年の紛争以来、多くの子どもたちが学校に通えなくなりました。

 それまでシリアは、教育の分野において、中東でもリーダー的な役割を担っている国だといわれてきました。子どもたちにとって、学校に行くことは当たり前だったんですね。それが突然できなくなってしまった。学ぶ機会だけでなく、友達に会える場所も奪われました。19年から20年にかけて、たった4カ月間の戦闘で、少なくとも217校が壊されたり、使えなくなったりしました。

 どんなことがあっても、学校だけは破壊の対象にしてはならない――。
 こうした世界の惨劇を広く伝え、行動を起こすために、国連では9月9日を「教育を攻撃から守るための国際デー」と定めています。私たちも、この日に合わせて、青年世代とイベントを開催し、語り合う場を設けてきました。

 
 また、世界的な取り組みとして、「学校保護宣言」があります。紛争下であっても、子どもたちに教育の権利を保障することを、各国政府に約束してもらう国際的な宣言です。署名した国には、学校を意図的に破壊しないことや、軍事利用してはならないことが求められています。
  
 ――最近のことですと、ウクライナ危機や、トルコとシリアを襲った地震でも、多くの子どもたちが教育の機会を失っています。
  
 人道危機や自然災害が起こった時、セーブ・ザ・チルドレンは必ず「こどもひろば」を設置しています。

 ここでは、学校に通えなくなった子どもたちに、仮設の学習センターを設けたり、保健医療などの総合的な支援を行ったりしています。また、子どもたちの心のケアも欠かせません。

 ウクライナの隣国、ルーマニアでは、教員を対象とした研修を実施しています。避難してきた子どもたちと適切に関わるために、「子どものための心理的応急処置(PFA)」について学んでもらいます。

 専門家ではなくても、基礎知識を身に付けた大人がいれば、子どもたちが本来持っている力を発揮する上で、大きな助けになると考えているからです。

 緊急事態が発生するたびに、子どもたちが受ける影響は極めて大きい。その中で、いかに日常性を取り戻し、子どもたちの学ぶ権利を保障できるかは、私たちにとっても、継続して取り組まなければならない課題です。

 ――子どもたちが学校に通えない背景には、国ごとの教育の格差も大きく影響していると感じます。
   
 はい、国ごとの格差もありますが、実は私たちがより深刻な問題だと感じているのが、それぞれの国の中で起きている格差なんです。経済的な事情と直結している場合が多く、子どもの出生地域や家族の社会的地位によって大きく左右されます。

 モンゴルでは、広大な大地に暮らす遊牧民の子どもたちは、町の子どもと比べ、小学校に入る前の学びの場がありません。日本では、幼稚園や保育園に行くことは当たり前となっていますが、世界では必ずしもそうではないんです。

 
 子どもたちが小学校に入ってから、スムーズに学習ができるよう、セーブ・ザ・チルドレンとしては、おもちゃや絵本などの教材を家庭に届け、入学準備の支援をしています。

 教育格差は、国が決めた方針によって生まれる場合もあります。アフガニスタンでは、女子の中学校・高校への進学がおしなべて禁止されています。

 世界には、教育を受けられない6歳から17歳までの女子が、約1億1800万人いるといわれています。つまり、日本の総人口に近い数の女の子が、教育の機会を奪われています。そのうち、約5000万人はサハラ以南アフリカ、次に数が多いのは南アジアです。いずれも、農村部の貧しい地域で男女の格差が顕著なんです。

 
◆国内における格差の問題

 ――一方、日本国内での教育の課題は何でしょう。これまで、どのような支援をされてきましたか。
   
 セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンの活動の大きな一つに、子どもの貧困問題の解決があるのですが、これは教育と密接に関わっている部分です。

 日本では、公立学校の授業料は無償化されています。しかし、制服やかばん、教材などの諸費用って実は意外とかかるんです。負担を感じている保護者は少なくありません。

 そうした状況を少しでも改善するため、私たちはまず、東北地方の子どもたちを対象に、給付金の支援をしてきました。昨年からは全国に拡大し、障がいや病気がある子どもたち、ヤングケアラー、日本の在留資格がない子も対象としています。

 給付金を実施するたびに、利用した子どもや保護者にアンケートをとるのですが、過去の調査では、約40%の子どもが「文具や教材を我慢した経験がある」と回答しています。

 私たちとしては、昨年の春、新入学の中学1年生273人、高校1年生358人に給付金を提供することができました。とはいえ、数に限りがあります。

 子どもたちが勉強することは権利なので、それを保障するためにも、国からの公的な支出がさらに導入される必要があると痛感しています。

 
◆子どもの「心の声」に耳を傾ける

 ――子どもの幸せを一番に考える教育を実現するために、社会や大人はどうあるべきだと考えますか。
   
 私が仕事をする中で、本当に大切だと感じているのは、「子どもの声を聴く」ことです。子どもに関することは、子どもたちが一番よく知っている。セーブ・ザ・チルドレンの特徴は、子どもたちを単に支援の対象と見るのではなく、問題を一緒に解決していくパートナーだと捉えていることだと思います。

 新型コロナウイルスのパンデミックが始まった頃、各国のセーブ・ザ・チルドレンでは、早々に子どもたちへのアンケートを実施しました。“人々の行動が制限され、学校に突然行けなくなったが、どう思いますか”と。その時に上がったのは、“十分な説明をしてもらえなかった”という声でした。

 確かに、緊急時には大人でなければ対応できないことがあります。でも、子どもたちが、その事実をどのように知るかは、とても重要なことだと思うんです。何より、それを聞いた子どもたちは安心します。そして、自分たちなりにできることを考え、行動を起こそうとします。

 また、子どもが幸福であるためには、子どもの権利が保障されていることが大前提です。それでこそ、安心して生活を送り、学ぶことができます。

 セーブ・ザ・チルドレンの使命には、「世界中で、子どもたちとの向き合い方に画期的な変化を起こし、子どもたちの生活に迅速かつ永続的な変化をもたらすこと」がうたわれています。

 それを実現する上で、私たちの願いは、まず日々の中で、多くの人が子どもの権利を含めた、広い意味での「人権」に関心を持つことです。

 もちろん、すでに共感してくださっている方も、たくさんいます。そうした方がさらに増えれば、日本を含む、世界の子どもの権利を推進する大きな力となる。それが結果的に、より多くの子どもたちが幸せを感じられる世界につながっていくと信じています。



※写真は全てSave the Children提供
 
 

 たかい・あきこ 東京都生まれ。米国の大学卒業後、エイズ関連NPOや国連人口基金等での勤務を経て、2011年にセーブ・ザ・チルドレンに入局。東日本大震災緊急・復興支援事業をはじめ、国内緊急支援、海外事業、コンプライアンス推進など組織運営に携わってきた。立教大学特任教員を兼任。23年3月より専務理事・事務局長。
 
 

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sdgs@seikyo-np.jp

●聖教電子版の「SDGs」特集ページが、以下のリンクから閲覧できます。
https://www.seikyoonline.com/summarize/sdgs_seikyo.html

●海外識者のインタビューの英語版が「創価学会グローバルサイト」に掲載されています。
https://www.sokaglobal.org/resources/expert-perspectives.html