企画・連載
“天気のプロ”気象予報士と考える気候変動問題 2025年12月9日
ふと見上げた時の空の色。さまざまな顔を見せる雲の形。自然は時に、感動と思い出を私たちに与えてくれます。長年、テレビで気象予報士・気象キャスターとして活躍してきた井田寛子さんも、そんな自然を愛する一人。だからこそ、自然の秩序を破壊する気候変動の問題に取り組んできました。NPO法人「気象キャスターネットワーク」の理事長を務める井田さんに、SDGsの目標13「気候変動に具体的な対策を」をテーマに話を聞きました。(取材=田川さくら、樹下智)
――この1年を振り返ると、夏は酷暑が続き、突発的な豪雨も頻発しました。近年、異常気象が急増していますね。
私が小さい頃は、30度を超えると猛暑という感覚でしたが、今や35度を超えるのが当たり前です。15年ほど前からは、熱中症で亡くなる方も、ひと夏で1000人を超えることが多くなりました。
また、ここ十数年で雨の強さも増しており、豪雨災害も増えています。2013年には、気象庁も「警報」では足りないと、「特別警報」をつくったほどです。
日本は災害大国ですので、気象の予測精度は非常に高く、年々、的中率も上がっています。しかし、それでもなお、近年は予測しにくい現象が増えています。その背景にあるのが、気候変動です。今、私をはじめ、多くの気象予報士が気候変動に大きな危機感を抱いています。
――実際、井田さんは、気象予報士・気象キャスターらと気候変動について発信しようと、NPO法人「気象キャスターネットワーク」を立ち上げ、講演などもされています。
気象予報士・気象キャスターの一番の使命は、異常気象などによる災害から、皆さんの命を守ることです。より精度の高い気象情報をお届けすることが求められますが、長年この仕事をする中で、ふと思うことがあったんです。それは、異常気象の根底にある気候変動を伝えずして、“皆さんの命を守っている”とは言えないのではないだろうか、と。
一般的に、芸能人や専門家などは、どこか遠い存在に思われがちです。しかし、私たちの場合は少し違います。天気予報は習慣的に見られるためか、視聴者の皆さんに親近感を持っていただけることが多いんです。そうした立場だからこそ、届けられる言葉があると思い、活動しています。
――そもそも、なぜ井田さんは気象予報士・気象キャスターになられたのですか。
私は埼玉県・春日部市で生まれ育ちました。家から一歩外に出ると、田園風景が広がっていて、いつもあぜ道で虫を観察したり、カエルをズボンのポケットに入れて帰ったりしていました(笑)。空が広く、朝焼けや夕焼けもきれいで、ずっと眺めていたこともあります。小さい頃から自然が大好きでした。
メディアの仕事に興味が湧いたのは、自然科学番組をよく見ていたからです。大学卒業後は製薬会社勤務を経て、02年にNHKのキャスター・リポーターとして、静岡県に赴任しました。
自然が好きな私にとって、静岡県はぴったりな所でした。富士山をはじめ、伊豆半島の山々や海が見渡せる――。しかし一方で、静岡県は災害が多い地域でもあったんです。当時、台風の常襲地域は九州から東海地方の太平洋側で、よく台風報道に立ち会ったり、山崩れや洪水の現場に足を運んだりしました。自然の脅威に触れたのは、この時が初めてです。
災害時におけるメディアの使命の大きさを感じ、“命を守る第一線に”と気象予報士を目指すように。2006年、5度目の挑戦で気象予報士試験に合格することができました。
――気象予報士として働き始めて、特に印象に残っている仕事は何ですか。
14年にニューヨークで開かれた国連気候サミットを、現地でリポートできたことでしょうか。一般的に、こうした大きなイベントに気象予報士や気象キャスターが出向くことはないのですが、“気象の専門家として、どうしても参加したい”と上司に訴えたところ、派遣していただけることになりました。
ニューヨークで目にした光景は、今でも忘れることができません。街に出ると、なんと40万人もの市民が、気候変動の解決を求めて、デモ行進をしていたんです。こんなにも多くの人が、気候危機に対して声を上げている――日本との温度差に、驚きを隠せませんでした。
また、サミット開催中は、気象予報士によるワークショップにも参加し、世界中から集った十数人の予報士と、互いが持つ課題意識を共有しました。
どの国でも異常気象が増えていること、放送時間に制限があり、気象予報士の立場では、なかなか気候変動問題まで言及ができないこと……。皆、いろんな葛藤を抱えていました。
しかし、私たちは約し合ったんです。この現状を変えなくてはいけない、私たちが発信しなくては何も変わらない、と。
みなぎる情熱を持って帰国したものの、現実は厳しいものでした。番組制作には多くの人が関わっていますが、周囲の気候変動への意識は低く、なかなか理解が得られない。視聴者が一番知りたい情報は、きょうや明日の気象情報……。10年間ほどは、思うようにできませんでした。
――その「できない」の壁をどう破られたのですか。
まず、私自身がもっと専門性を身に付けようと、21年に東京大学大学院に進学しました。子どもを出産した後だったので、あの頃は毎日が目まぐるしかったです。1歳と3歳の娘を保育園に送り届け、仕事に行き、合間で授業を受け、子どもを迎えに行く……。なかなかのハードスケジュールでした(笑)。
しかし、子どもの純粋な瞳を見た時、ふと思ったんです。“この子たちに残してあげられるものは何だろう”って。
私が感じてきた、自然の美しさを知ってほしい。自然がくれる感動を、全身で受けてほしい。この子たちのために、自然の素晴らしさを未来永遠に残していきたい――そんな思いが、背中を押してくれました。
また、子どもは近くにいる人が何に情熱を燃やしているかを、じっと見ていると思うんです。親の生き方は子ども自身、そして子どもの未来を形づくっていくと感じています。
――そうした中、昨年6月、井田さんを中心とした、気候変動に課題意識を持つ気象予報士・気象キャスター44人が「気候危機に関する気象予報士・気象キャスター共同声明」を発表しました。ここでは、気象予報士・気象キャスターが、天気予報の時間枠に限らず、日常的な気象と気候変動を関連づけて発信することがうたわれています。
アメリカの大手ニュースメディアCNNでは日常的に、気候変動に関するニュースを報じていますが、日本ではそういった報道がほとんど見受けられません。世界の平均気温が観測史上、最も高くなった23年から、“今、メディアが変わらなければ、いつ変わるんだ”と、知り合いの気象予報士や気象キャスターに声をかけ、私たちが気候危機の解決への架け橋になろうと、有志で声明文を作成し、会見を開きました。
発表から1年たった今、少しずつ変化が見られています。会見を見ていた、あるテレビ局は気候変動を可視化する指数を取り上げるようになり、ラジオ局では、私たちが気候変動について言及できるよう、気象予報の時間を増やしてくれました。日によっては数十秒ですが、「野菜の値段高騰は温暖化と深く関わっていますよ!」など、生活とひもづけて伝えています。
また、会見を機に“一緒に気候変動について発信したい”と、美容やアパレル、スポーツ業界など、多方面から声をかけられることが増えました。というのも、どの業界も、自分たちの仕事を継続するには、気候危機と向き合わざるを得なくなってきているからです。
例えば、サッカーはどうでしょうか。異常な暑さが原因で、夏に屋外でサッカーをすることが難しくなってきています。突発的な豪雨のため、試合を中止せざるを得ないこともよくあるそうです。Jリーグのイベントでは、こうした気候変動の影響を感じている選手の皆さんと、未来への行動を呼びかけています。
スポーツ、美容、食べ物――それぞれが大切にする“好き”はどこかで、必ず気候変動の影響を受けています。近年、「異常気象」や「過去最高○○」といった言葉が飛び交い、“災害慣れ”してしまっている向きもありますが、一人一人が「自分事」として捉えられるよう、皆さんの“好き”を入り口に、一緒に気候変動問題と向き合い続けていきたいです。
――井田さんは、気候変動問題に向き合う上で、「教育」も重要であると指摘されていますね。
講演活動を行う中で、“教育が広まるほど、環境が破壊されるのはなぜか”といった質問を受けたことがあります。産業革命以降、教育の普及とともに科学技術が発展し、自然破壊が進んだことは事実です。だからこそ今、「持続可能な開発のための教育」が注目されています。
アメリカの環境教育をリードしてきたアンティオーク大学のデイビッド・ソベル名誉教授は、10歳くらいまでの子どもを対象にした教育には、「心配」や「恐れ」を伝える必要がないと主張しています。つまり、気候変動に即して言えば、地球温暖化がもたらす危機ばかりを伝え、自然の脅威を強調し過ぎない方がいい、ということです。
まずは、大自然で思い切り遊ばせる。そして、世界は美しい不思議に満ちていて、生きるに値する素晴らしい場所であるという感情を、子どもたちに根付かせることが必要なのではないでしょうか。
私は、自然は“希望の塊”だと思っています。落ち込んでいる時、弱っている時、きれいな空や虹を見ると、心が救われますよね。美しい自然に触れて感動する心は、きっと誰しもが持っていると思います。
だからこそ、自然の美しさに気付き、その美しさを大切にできる心を育んでほしい。自然の脅威ばかりに目を向けるのではなく、自然が持つ希望の側面を見てほしい。そうした中で、美しいものが朽ちていくことに悲しさを覚え、それを本気で守りたいと思えるのではないでしょうか。
――創価学会第3代会長の池田先生は、環境問題の規模の大きさに圧倒され、人々が失望してしまうような状況にあっても、「“人間が起こした問題は、人間の手で解決できないはずがない”との希望と勇気を灯すのが『教育』にほかなりません」と訴えました。
近年は災害が相次ぎ、自然の脅威には勝てないという諦めも見られます。そうした意味でも、私たちは非常に厳しい時代を生きています。しかし、変革の時だからこそ厳しいのであって、未来を大きく切り開ける時であるとも思います。
今の子どもたちにとっては、生まれてからずっと記録的猛暑が続いており、気候変動問題に対して大人よりも、危機感を抱いているかもしれません。だからこそ、リスクばかりを強調するのではなく、“時代の分岐点に立つ私たちには、新しい世界を切り開く力があるんだ”と、希望を抱ける教育が求められているのではないでしょうか。
脱炭素社会に向けて取り組む企業や団体も増え、社会も大きく変わりつつあります。若者をはじめ、あらゆる世代の方々が、“自分の小さな行動が気候危機から未来を守る”と思っていただけるよう、気象予報士としてこれからも力を尽くしていきます。
いだ・ひろこ 埼玉県出身。筑波大学第一学群自然学類化学科卒業後、製薬会社勤務を経て、2002年にNHKに入局。NHKの「ニュースウオッチ9」やTBSの「あさチャン!」などで気象情報を担当した。現在は、韓国を拠点としながら、公益財団法人「世界自然保護基金ジャパン」の顧問、NPO法人「気象キャスターネットワーク」の理事長などを務める。
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https://www.seikyoonline.com/intro/form/kansou-input-sdgs.html
●聖教電子版の「SDGs」特集ページが、以下のリンクから閲覧できます。
https://www.seikyoonline.com/summarize/sdgs_seikyo.html
●海外識者のインタビューの英語版が「創価学会グローバルサイト」に掲載されています。
https://www.sokaglobal.org/resources/expert-perspectives.html