企画・連載

〈教育本部ルポ・つなぐ〉第15回=「この園の最大の自慢は先生たちです」 2024年12月16日

テーマ:保育・幼児教育④ 

 東大阪市内にある認定こども園の職員会議は、「ジャンケンポン!」から始まった。それぞれが手にしたカードには「お題」が書かれていて、順番に表情と声だけで演じなければならないゲームだ。「熟年夫婦同士が伝える『好き』」「ごみの詰まった掃除機の『ウィーン』の音」……回答もいちいち面白い。

 「次は誰?」「私やわ!」「頼むで!」。園長の吉岡敏洋さん(県男子部書記長)も一緒に楽しんでいる。これはアイスブレイクのためだけではない。
 
 「園児の表情や声からメッセージをくみ取る力を養いつつ、先生自身の表情や声を豊かにするのも狙いなんです」

 ここは皆の仲がいい。「働きやすい」と評判だ。全国的に保育士不足が叫ばれる中、就職希望者が相次ぐほど。例えば3歳児クラスの園児数34人に対し、保育教諭は6人。国が定めた配置基準より3人も多い。休暇制度も充実している。来年度は、卒園生である2人の女性が保育教諭となって園に帰ってくるという。

 市内の他の園長から「何か秘訣があるんですか」と尋ねられるそうだ。
 
 「そんなのないですよ」と吉岡さんは笑う。「大切な先生一人一人が、どうすれば心のゆとりを持てるか。悩んで祈って動いてきただけです」
 
 実は数年前まで職員間はギクシャクしていたという。この園に限らず、保育の現場では「人間関係が一番の悩み」と語る保育士は少なくない。子どもの命を守る緊張感、人手が足りないことによる負担感……余裕のなさは時に、感情的なすれ違いも生みやすい。

 吉岡さんは2006年に保育教諭となり、その現実に直面した。職員間の空気は良かれ悪しかれ、園児にも保護者にも伝わり、影響を及ぼす。
 
 園児にとって最大の保育環境は保育教諭自身にほかならない。「だったら、まず先生が笑顔で働ける職場にしなければ」。吉岡さんは事務職に転向して経験を積み、4年前に園長に就任。志を同じくする2人のベテラン保育教諭と共に、改革に着手したのである。

 保育教諭たちにとって最大の職場環境は園長だ。「何を話しても大丈夫」と皆が思える「心理的安全性」を高めるため、「僕自身がカッコつけずに、悩んでいることを皆に話したり、相談したりするようにしたんです」。
 
 それだけではない。中堅の保育教諭は語る。「園長はいつも“困ったことない?”って気にかけてくれるし、私たちが何か頑張ったり工夫したりした時には、それを見逃さず、めいっぱい褒めてくれるんです」

 だからだろうか。皆、園長に話を聞いてもらいたがる。時には私生活のうれしかったことや、ちょっとした困りごとさえも――。話を聞く吉岡さんの姿は“兄”のよう。「これが理想の形か、分からないんですが(笑)」
 
 園長は一人一人の表情や声から“メッセージ”をくみ取ろうと真剣。だから保育教諭も、園児や保護者に対して誠実だ。

 園児の欠席・遅刻の連絡は、今も「電話」連絡に限っている。スマホのアプリを活用する園が増えている中、電話にこだわる理由は「声」を通して伝わる“何か”があるから。保護者の声の響きから、言うに言われぬ不安や悩みをキャッチできることがある。保育教諭が発する声のぬくもりで、安心を届けられることもある。その小さな積み重ねが信頼関係を育み、保護者からも「気軽に相談できる」と好評だという。
 
 取材当日、園には、わが子の入園を考える見学者が訪れた。吉岡さんは2組の夫婦を案内して回った後、こう結んだ。「施設や給食にも自信はありますが、最大の自慢は先生たちなんです」
 
 見学に来た母親がうなずいた。「確かに。私も『毎日、会いたい』って思いました」

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※ルポ「つなぐ」の連載まとめは、こちらから。子どもや保護者と心をつなぎ、地域の人と人とをつなぐ教育本部の友を取材しながら、「子どもの幸福」第一の社会へ私たちに何ができるかを考えます。